時間をかけると足したい設定が増える病気。
大地にバリアが溝を穿つ。
掘り起こされた土砂が割れ、飛沫となって、高く散る。
バリアというボードに乗って、船は大地をサーフする。
「くぁああああああ!」
レイドが咆える。
ざっと五キロは溝を掘って進み、ようやく機体は静止した。
バリアを消し、重力制御によって、ゆっくりと艦の底部を接地させる。
ただし、重力制御は解かないままだ。もしも重力圏下で制御を解けば、船は自重で潰れてしまう。
うまく彫り込んだ溝の形と、艦の底の形とが一致していて、船は傾くことなく、落ち着いた。
ふぅっと、レイドは息を吐いた。
ジェルに気泡が混ざる。そのジェルが排出されていく。
「状況報告」
シルフィードが事務的に報告する。
「ダメージコントロールを最優先に設定。生命維持装置には問題なし」
「飛べるか?」
「無理ね。向こう一年は修理に費やしたいところよ」
彼はため息をこぼしつつ、背中を深くシートに預けた。
「そうか……まあ、帰る方向もわからないしな」
「バカンスに向いてるかどうかは、わからないけど……」
レイドは、外の景色をコクピットに映した。
「野生的な世界だな」
「バリア突破時に、軌道上にシーカーを配置しておいたんですけど、見ます?」
「なにかあるのか?」
「見ればわかるとしか……」
「……映してくれ」
そして彼は唖然とした。
「なんだこの世界は……」
そこには、剣を持って、竜と戦う者たちがあった。
竜はシルフィードよりも巨大で、人などその爪の先ほどの大きさでしかないのだが、彼らは魔法と罠と、そして刃によって、竜を巧みに追い詰めて行く。
あるいは、魔法が小さな鬼たちをなぎ払っていた。
イボだらけの、緑色の肌をした、子供ほどの大きさの鬼たちが、堆積した埃に足跡を残しながら、廃墟の中を駆け巡る。
手には粗末な槍やこん棒を持ち、土を固めて作られた、四角い家屋の合間や、時には中を駆け抜けて、逃げ惑うものたちを撹乱している。
建物は、宗教が生まれるような文明レベルの生活圏で、よく発見されるような家屋だった。
海を渡る船が、触手のようなものに引きずり込まれていく。
巨大なガレオン船が、中央部をまたいだ触手に二つに折られ、悲鳴をあげながら沈没していく。
そして、百万人規模の街があった。街は堅牢な城壁によって守られており、中央には城があり、そのベランダには、見目麗しい少女がいた。
そんなわけがないのに、彼は、彼女と目が合ったように思えてしまった。
「なにか?」
「なんでもない」
答えながらも、レイドは、意地の悪いやつだと、内心で悪態をついた。
管理コンピューターであるシルフィードが、パイロットが注視しているものを、把握していないわけがないのだから。
「どういう生態系の世界なんだと、思ってな……」
ありえない、というニュアンスが含まれている一言だった。
高空から捉えられた映像には、人だけではなく、たくさんの、動物や植物と混ざり合ったような容姿の者たちが、映し出されていた。
まるで進化論を否定している。
「おかしいだろ、これ……」
そうですね、と、シルフィードも同意する。
「見た目だけでなく、映像から判断できるだけでも、生物の筋力値が、ありえないものになっています。有機生命体としては異常ってレベルじゃないですね。パワードスーツを着てる人間よりも大きいかも……」
「マジでか……」
「全長十……十二? メートルの竜のような生き物ですが……これも1G下で生存できる形態ではありませんね。自重で潰れない理由がわかりません」
ぼそりと、空を飛んでるのもいますし、と追加する。
「あの魔法っぽいのはなんだ? 特殊能力か? ESPか?」
「不明です……が、大気に大量のウイルスを感知しました」
「なに?」
「ナノマシンの亜種のようです。大気中に酸素と同じ含有率で漂っています」
「それは、呼吸ができないだろ……」
「はい、ですから、この世界の人間は、強化人間であるか、代理人体ではないかと」
そうかと、彼は考え込んだ。
アバターは、そう珍しいものでは無い。
量子通信の可能領域であれば、人はアバターを自分自身として行動させることができる。
これは危険な作業を代行させる以外に、遊興目的でも活用されているものであった。
この惑星で活動している人型知性体の正体がアバターであるのなら、これくらいの遊びは普通であろう。
「それが、あの不可思議な能力の原因か?」
「ナノマシンが事象を構築しているのでしょうね。演出として見せているのかも」
「だからって、対艦砲並みの魔法ってのは……」
「メインプログラムが消失して、リミッターが働いていないのかもしれません」
「暴走してるのか……」
「あるいは、管理者がいなくなってしまったために、拡張プログラムを止める者がいなくなってしまって、走りすぎてしまったのか」
管理者がいなくなった……か、と、レイドは切なそうにこぼした。
「救難信号は、この星からのものだったんだよな……」
「……はい。いまは消失してますが、間違いありませんね。発信源はここです」
「内容の解析は?」
「助けてくれとしか……」
「想像することしかできないか」
「移民船であったのか、商業目的の船だったのか、娯楽使節団だったのか……」
二人で考え込む。
「生きるために、惑星改造をやったんだろうな……」
「ありえますね。船がぶつかったのは、1G環境と有害な宇宙線の反射、吸収、それから大気の流出を防ぐ目的の、惑星規模の防護結界だったのでしょう」
「ウイルスは、環境構築のためのものか」
「その後、この星に根付くために、擬似的な生態系を確保する必要に迫られて、大規模な舞台を設置。キャラクターを配置し、演目を開始。環境を整えさせて、その上位に位置する者として、生活し、滅んでいった……アバターやキャラクターは、活動させるためにかなりのエネルギーが必要になりますから、供給の手間を省くために、ウイルスとして拡散したのかもしれません」
「子孫くらいなら残ってるかな……」
「そうであるのなら、リミッターも、もともと排除していたのかもしれませんね。遊興目的ならユーザーの安全について配慮する必要がありますけど、実際的に入り用であったのなら、かける必要がありませんから」
「そんで、そいつらが、繁栄を続けて増えていってる、か……」
ビーッと、警告音が鳴った。
「なんだ?」
「人が近づいてきます、先ほどの攻撃を行った者たちです」
「無事だったのか……」
「らしいですね」
「呆れたな……。まさに人間じゃないよな、少なくとも生身の……」
どうしますか? と尋ねられて、彼は迷った。
「文明レベルをどう見る?」
「おそらく、未開文明と大差ないかと。科学の発達は認められませんから」
この場合の科学とは、内燃機関、油圧、電子機器の存在であった。
「そいつらについては?」
「わかりません。プログラムに支配されている状態なのか、それとも自律行動しているのかは……」
「自律行動だと厄介だな……生きているのと変わらないから」
生まれ落ちた形が違うだけ、という話になってしまうからだ。
アバターやキャラクターの形状は、遺伝子に紛れ込ませたものが決定しているにしても、それ以外の部分では融通を利かされていて、彼らは子供を作ることすらできるのだ。
しかし、生まれ落ちた子供には、その父母となったオリジナルのようには、管理者権限による強制が働かないという問題があった。
単純に、思考を焼き付けられたタンパク質の人形ではなく、意識を持って生まれ落ちることとなるからである。
「どう考えても、一世代目、二世代目って程度じゃないだろうし、程度を合わせる必要があるだろうな……」
「なら、シナリオD-12はいかがですか? 知的レベルが未開文明と同等なら、神とか勇者には弱いかもしれません」
「そういうの、苦手なんだけどなぁ」
しかたないかと、彼はシートを倒した。
シートのヘッドレストが変形し、彼の後頭部と顔の上部を覆う。
腕と足も、変形したシートに固定された。
「体の安全は頼むぜ、相棒」
「はい。アバターを起動します。あなたは勇者。わたしは精霊で」
「了解だ」
チェニックにマントという、旅装備にチェンジです。
ことらんは肩の上です。後頭部に張り付かせてるのは、あの船のえぐった地面が、どえらい熱を放っているから。
その溝の脇を、燃えようとする木々を鎮火しながら進んでる。
鎮火方法はねえさんの魔法だ。視界を奪うための魔法の1つで、天候操作、雨の魔法。
前にやってたらしい暗殺者のゲームにドはまりしたねえさんは、魔法について、暗殺者が行動するなら……という思考のくせから抜け出せず、補助的なものを多数編み出して隠していた。
隠していたのも……手の内を隠すのは当たり前だという話から。
ちなみに名前を見れば、なんのゲームだか……わかるよな。
ことらんには、黄色いパーカー着せてます。フード付き。
雨靴か長靴も作るかな、今度。
「雨と熱で蒸気が凄いッスね」
「……この距離であの大きさでしょ。宇宙人なのかな。でかい船だわ」
電磁フィールドとかなんだろうか、雨が弾かれて、球状のドームが傘を作っているのがわかる。
「円盤じゃないんスねぇ……」
「これ、イベントだと思う?」
「微妙ー」
ねえさんも、そうよねと顔をしかめた。
運営ならこれくらいのことはやりそうだけど……。
うけ狙いでな!
でも俺には、地形が変わるってのが、引っかかってた。
こうまで地形に変更を加えてしまうと、拡張コンテンツの追加購入や、発生条件を満たしている人間、いない人間で、見える景色に差ができすぎてしまうからだ。
多人数参加型のゲームで、これはないと思えるんだ。
場所だって、そう高いレベルのキャラでなくても、遠征して来られる場所だし、船の大きさも、森の外からでも観測できるものだろう。
なら、これは、ゲームのクエストじゃなくて、この世界での、リアルな事件だって判断した方が、妥当なんじゃなかろうか。
「宇宙船が落ちてくるような世界だったとか……」
「ないわねー……」
剣と魔法じゃなかったのかよ。
「言葉、通じますかね?」
「システムが、通じるようならね」
「システムって、ログウィンドウのことですか?」
「うん、あれって、万能翻訳機みたいなものじゃないかな」
「俺たちと、この世界との仲立ちはしてくれてますけど……宇宙人さんにはどうなんだろ?」
「あたしは、この船の連中が、システムを管理してる奴なんじゃないかって、疑ってるんだけどね」
だったらと思う。
「相手は、神様ッスか?」
近いだろうねと言うのが、ねえさんの見解だった。
メニューにシステム、それにクエスト。どこかにこれらのプログラムを走らせているシステムがあることは間違いないんだから。
「じゃあ、この世界って、宇宙人の箱庭だってことですか?」
「異世界じゃなくて、異星とか……」
「俺たち、転生じゃなくて、アブダクションされたとか!?」
「どうなんだろうねぇ?」
「船の中からは、タコとかイカとか、そんなのが出て来るんですかねぇ」
タコイカと聞いて、ことらんが体をゆすり始めた。
やめて! けっこうぐらつくから! わくわくしないで!
俺としては、グレイが良いかなぁ。タコとイカは、ことらんが狩りそうだから。
……虎って、イカで腰抜かすのかな?
まあ世界の大半が、俺たちと同じ人間型なんだから、この船が無関係でないのなら、あんまり心配する必要はないんだろうけど。
そんなことを思いながら、俺たちは溝に下りて、船の後部、巨大なロケットノズルっぽいやつの下にまで、近づいていった。