科学と魔術が交差するとき、大惨事が起こりそうです。
──非常事態につき、スリープモードを解除します。
目覚めたとき、コクピットは激震に襲われていた。
「シルフィード!」
「警告します。次元跳躍後、未登録惑星の重力圏につかまりました。現在降下中です」
「どうして離脱できない!?」
「惑星全体が未知のフィールドによって覆われています。バリアと思われます」
「ぶつかったのか!?」
「突破時にシステムの一部がオーバーロードを起こしました。現在冷却中。復帰まで1860時間」
「フォトンブラスター!」
「レベルは」
「最低出力だ! 大気に穴を開ける程度で良い! 突破口を作る!」
「撃ちます」
艦両脇の副船は、減速のために前後の向きを変えていた。
逆噴射を停止。ぐるりと回転し、向きを正すと、先端部に発光体を形成する。
空に大気を切り裂く光が放たれる。
発光体が大気を貫き遠く走った。
コクピット内の、摩擦により赤くなっていた景色が、青と黒に落ち着いた。
ブラスターによって大気が消失し、数秒の間ではあっても、宇宙と同じ無の空間が誕生していた。
手に入れたわずかな時間を制御に費やす。
機首を上げ、船の腹を落下方向へと修正する。
摩擦対策のために、船首に張っていたバリアを、艦底部に集中させ、船体の巨大さによる抵抗を利用し、減速をかける。
「間に合うか!?」
「成層圏を抜けます」
「スラスターっ、バーニアも! 逆噴射っ、全力だ!」
「了解」
副船が回転、後部を下、やや前方へ向ける。
大気圏内航行用の推進剤に火を付ける。
同時に、艦下方全体で、複数の小型シャッターが開かれた。
こちからからもジェットが火を吹く。
雲海を踏み抜き、突き抜け、それでも落ちる。
「足りません」
「ガジェット放出!」
副船の外側が開き、小型の尖塔型機械が5つ射出される。
それは船の下方に1つ、船の前後左右に4つ位置し、それぞれが光のラインで繋がれた。
そして四角錐のバリアを形成する。
「ショックアブソーバ全開!」
「イナーシャルキャンセラー全開。吸収しきれません。備えてください」
「ぐぅ!」
内蔵が口からまるごとこぼれようとした。
眼球が飛び出し、血が溢れようとした。
非常事態と判断した機能が、コクピットをジェルで満たす。
地表はもう、目前だった。
「警告。落下地点付近に生命体反応複数。内、知的生命体と判断できるものが2から3。不時着の衝撃波に巻き込みます」
「なんとっ……かっ!」
「無理です。落ちます」
「くっそがぁあああああああああ!」
──その日、誰もが空を見上げた。
「星が落ちてくる……」
とある国のとある姫が、王城のベランダから祈っていた。
空を青い光が貫き、それを追うように、光の玉が落ちていく。
それは貫かれた大気が起こした屈折現象と、墜落中の船の姿でしかないのだが、彼女には、空を駆ける天使と、それを追う魔物の姿のように捉えられた。
──一方で、のんきなやつらがここにいた。
「つかまえたぁ!」
じたばたと暴れるコトラン……いやもっと可愛く、ことらんと呼んでやろう!
ことらんを背後から抱き上げる。
うーっと唸ってもだめ! 取らないから! その口にくわえてるの取らないから! むしろ触りたくないくらいだから!
なんかびちびち跳ねてるけど! トカゲの尻尾っぽいけど! やたら太くて長くて気持ち悪いし!
背丈の高い草の原っぱから、虎尾だけひょこんと立たせて、ゆらゆら揺らしてると思ったら。
トカゲっぽいやつが逃げようとするのを、びたっ! びたっ! って、手で押さえて遊んでたんだけども!
獣王と母虎さんからなんでこんな野生児が……野生児っていうか本能まんまだなこいつ。
「おーい」
「ねえさん」
「なんか落ちてくるみたいよー」
「え?」
空を見上げると。
「なんだあれ?」
「隕石じゃない?」
「誰かメテオストライクでも使ったのかな?」
「あれ、国が滅ぶレベルよ?」
「てか、マジデこっちに来てないッスか?」
「うん……みたいね」
平気じゃないです。
二人ともすっげー冷や汗かいてます。
ことらんだけ、手ぇのばしてわきゃわきゃ動いてます。
だめだからね! あんなの抱っこできないからね!
「えっと……逃げます?」
「間に合わないんじゃない?」
「ですよねー」
テレポート系の魔法や道具もありますが、使用開始から効果発動まで、三十秒以上必要になるんです。
あはははっと、笑っていると、ねえさんが、ばっとマントをひるがえした。
ちえー、ぱんつ履いてらー。
「あんたあとでお仕置き」
「なんでばれたし!?」
「ログさんしょう」
「しまった! 設定いじってなかった!?」
全部を一旦ログ化するのはやめて欲しい!
どうも、言葉はメッセージウィンドウを経由して発信されてるらしいんだ。
思考がメッセージウィンドウにテキストを打ち出す。
そのテキストはこの世界の言語として、自動翻訳されてから、外へと発信されている。
逆に、外の言葉は、こっちの言葉として翻訳されてウィンドウに表示され、俺の頭に入ってくる。
これがあるから、通じてる。
虎種みたいに、明らかに人間と違う舌と喉を持ってる人種が相手でも、このシステムを経由しているから、会話が成立しているみたいだった。
今のところ、俺とねえさんだけしか、メッセージウィンドウの存在に気付いてないから、プレイヤーでないと、わかってないことなのかもしれないけどさ。
問題は、さっきも言った、設定だ。
たとえば、普通の会話として話す「SAY」、無制限に叫ぶ「SHOUT」、特定の相手だけに語りかける「TALK」、メモ的に使う「SOLILOQUY」、これらが俺の思考として、ログには流れてるんだけど……。
デフォルトで、独り言がフリーでダダ漏れにされてるのは、「聞こえてるからw」「口に出てるからw」という、お約束のためだった。日本文化に特化しすぎだろう、このゲーム。
最初は全部の機能がオンになっていますので、必要ないものはオフってくださいとか、どっかのOSか、このゲームは。
というわけで、SOLILOQUYを、人から見えないようにオフッとく。
これでねえさんのメッセージウィンドウには流れなくなったはずだった。
……てか、ディーナや他の連中には、考えがばれてなかったし、基本的には、口に出てる言葉以外、伝わってないはずなんだよな?
じゃあ、ねえさんは、メッセ見ながら会話もしてるのかな? 俺はそこまで器用じゃないから、必要なときだけ見てるんだけど。
そんなことを考えてる間にも、ねえさんの準備は整っていた。
やったらでかい魔法を構築してたらしい。結構時間がかかったな。
前にも言ったけど、魔法はイマジネーションによって形成される。
ドラゴンレジェンドの場合は、属性、威力、範囲……他、様々な要素を選択していく形式だ。
思考整理型のエディターというものがある。カードを作り、それをラインで繋げ、関係性を見直していくエディターだ。
ドラゴンレジェンドの魔法は、これと似たものによって、プレイヤーが個々に魔法を編み出していく形式だった。
呪文や呪言、いろんな形でインスピレーションカードを獲得し、それを繋げていく。もちろん、繋がっている順番に魔力が流れて、魔法が形成されていくので、おかしな順に並べていると、思わぬ作用が引き起こされたり、なにも起きなかったりと言うことになる。
我らがハヴォック神様は、この魔法の天才だった。即興で、システムの穴を突く……バグが引き起こされるような形で、魔法陣を組み上げてしまうんだ。
……うん、普通は順にカードを並べてつなげてく位なんだけどね。この人、なんか円になっちゃうんだよ、頭と最後が繋がっちゃうんだ……。
んでもって、破綻することなく、スタートから終了まで連結されたカードは、効果を延々と増大させながら循環させて、無限に威力を高めていって……。
結果、極大と呼ばれる魔法が、行使されることとなります。
「ハヴォック神がお怒りじゃああああああああああ!?」
「…………」
「いやぁあああ! こっちに向けないで! ことらんを巻き込まないでぇえええええ!」
ええ、盾にしますとも。非常時です。みんな自分の命が大事です。
最低とか言わないでください。こらっ、ことらん! 暴れて逃げようとすんな!
本能的に、危機がわかるようです……っていうか、ケダモノ的にも、空から降ってくるもんより、ねえさんの方が怖いんかい……。
「あんた、やっぱ後でしめる」
そう言って、ねえさんは空に向かって魔法を放とうとした。
「どらぐすれ……」
「ねえさんそれやばいからー!」
いやだって、ほら、このゲーム、自分で魔法作れるからさ、自分で魔法に名前付けて、人に式を呪文書、魔法書として売りつけたり、固有呪文として隠したりとかできるからさ。
そこに厨二病患者と、オタクが居れば……あとはどうなるかわかるよな?
とにかく、ねえさんの指先から発射された赤い閃光が、空から落ちてくるものに直撃した。
ちなみにこの魔法も、運営から禁呪とされた魔法です。
人に売ったり教えたら、アカウント削除だそうです。
運営……必死だったな。