タイトル詐欺(二日目じゃねーじゃん!)
ゴブリンが吹っ飛んだ。
いやもう、そう表現する以外になかった。
俺たちを取り囲んで、興奮していたゴブリン共が、ぽんぽんと空中に跳ね上がっていく。
雌虎さんたちの第一陣による突貫だった。
四つ足で、加速をつけたまま突入し、ゴブリンを跳ね飛ばして駆け去って行った。
第二陣は、飛んできた。
跳躍し、押し倒し、引き倒し、押し潰し、噛みつき、砕き、殴り飛ばした。
その一撃ごとに、ゴブリンの肌が裂け、部位が吹っ飛び、体ごと跳ねた。
一方的な蹂躙だった。
なんだこれ?
「つえー……」
やがてその動きは、俺たちと獣王を守る結界を中心として、渦を巻くように回り始めた。
そうやって、外側から内側へと、ゴブリンを屠っていく。
ゴブリンは外周を押さえられて、逃げ場をなくしていた。
雌虎たちの目に怒りが見える。
一匹も逃がさないつもりなのがよくわかる。
この一方的な殺戮は、ゴブリンが全滅するまで続けられた。
……虎って、雄のテリトリーの中にいるけど、その中にも自分たちのテリトリーを持ってて、そこは自分で守ってるんだよな。
弱いわけがないわけで……。
怖かったです(⊃Д`)、
「ふーっはっはっは! 圧倒的じゃないか、我が群は!」
ん? なんかどっかでこの台詞、聞いた覚えがあるな……まあいいや。
あれから一週間たちました。
目前では小虎の集団が、「わー!」って感じで、コボルドたちを追い回している。
場所は獣王のテリトリーだった森の中です。
コボルドは、犬っぽくキツネっぽい頭を持った妖魔で、人よりも貧相で小柄な感じだ。
小狡い印象が強く、実際ずるっこい。
小型の剣と防具は、どっからか盗んできたか、死体を剥いだもんだろうな。
魔法を使うほど頭は良くないけど、道具を扱うくらいには器用だし、コボルド同士なら通じる言葉をもってるくらいには、かしこかったりもする。
小虎たちと大きさはほぼ一緒。
良い遊び相手だろう。
……必死のコボルドたちには悪いけど。
楽しげに遊んでいる小虎たちを眺めていると、その内の一匹が、追っていたのとは違うコボルドに足を引っかけられて転がった。
茂みに隠れていたやつが、仲間が通り過ぎるのを待って、棒を伸ばして引っかけたんだ。
うむ、まだまだだな。
なんてえらそうに、胸の前に腕を組んでふんぞり返ってみる。
ディーナの時には、さりげなく胸を乗っけるみたいにして、強調してみてたんだけど、男だとむなしいなぁ……。
コボルドが使ったのは罠だ。でも、俺が獣王に使った罠とは違う。
俺はあの時、パイクから手を離していた。つまり、罠は純粋にそれ単体での発動状態になっていた。
もし俺がパイクを支持したままだったら、獣王は俺ってプレイヤーキャラに対する防御、回避補正を適用し、罠を回避していたかもしれなかった。
公式じゃ、あんな即席の罠の作り方なんてものは、公開してない。
これはプレイヤー有志で、「こんだけシステムが凝ってるなら、やれるんじゃね?」と、実験して編み出していったものだった。
実際、これは大きな武器になった。強大な敵は堅いだけじゃなく、とにかく攻撃が当たらない。
だから、回避補正を無効にできる、罠を使って戦ったわけだ。
ヘイトを稼げば、敵は集中して突進してくるようになる。
それを利用し、はめるわけだ。
そして戦っている最中には、計算式の中に組み込まれる回避補正も、罠が相手だと適用されない。
つまり、NPC/モンスターとしての、AIの反応速度のみで、回避の合否が行われることになる。
しかし、AIには、そこにあるものがただのオブジェクトなのか、罠なのか、判別できる能力がない。
結果、ハメ放題の図式が出来上がっていた。
まあ、いずれは修正が入るだろうと、みんなが思っていた。
けれど、予想外に、公式はこれをアリだと認めてくれた。
まさに、知恵と勇気を動員した戦いになるし、実際に、モンスターが物体を罠だと認知できるのかどうかという、問題があったからだ。
おかげで、各上の相手とも戦えるという楽しさが生まれていた。
周到に準備をして、格上のモンスターを狩れば、一気にレベルを上げることができる。
地道に敵を倒して経験値を稼いでいても、まあ、かかる時間は似たようなものだったけど……。
ルーチンワークをこなすよりは、よっぽど楽しい時間だったよ。
仲間を募り、罠のための資金提供を呼びかけて、モンスターの狩り場を決めて……。
罠を設置して、モンスターを誘導して、はめて、それからみんなで、わーっとかかってて。
それはVR以前のMMORPGじゃ味わえない楽しさだった。
もっとも、ドラゴンレジェンドの仕様があって、はじめてできることだったのかもしれなかったけど。
楽しかったなぁ……。
「…………」
ディーナがじーっと見ている。いかん、現実逃避もここまでか。
一応虎種なんだから、コボルドが持った道具による罠は、回避補正で避けて欲しい。
前転気味に転がされた小虎は、そのまま一回転して、またわーっと追っていく。
四つ足になっちゃってるよ。
その手足には鉄製の爪のついた武器がはめられていた。バグナウだ。手っ甲から鋼の爪が三本から四本伸びていて、引っ掻くように敵を斬る武器である。
ただ、獣人のように、よほど筋力に恵まれてないと、切ったときの抵抗で、逆に手首を痛めかねない。
もともと手と爪で戦う虎種には、爪の延長、強化って感じで、実にぴったりの武器だった。
母虎さん──マリアさんの子供の子虎は、俺の首んとこに乗っかり、「おー!」っと仲間の様子を眺めて興奮していた。
ふんふんと鼻を鳴らして、うずうずと体を揺らしている。だけどだめだぞぉ、お前雌だから。これ、雄ッ子の訓練だからなー。
でも油断したら行っちゃいそうだから、肩にある足はつかんでる。
小虎は合わせて十六匹。なんでこんな引率まがいのことになってるのかと言うと、獣王が出奔して、母虎さんを含んだ雌虎さんたち総勢十一匹と子供たちの面倒をおしつけられてしまったからだった。
……どうしてこうなった?
「助かった、というべきなのか」
回復した獣王は、苦笑いを浮かべていた。
座り込み、周囲に立つ雌虎さんたちを見上げて、彼女たちの表情に、ふんと鼻息を吹いた。それから俺を見て、後は頼むと、突然言い出したんだ。
「なにを頼むんだよ」
「俺は負けた。雄に負けた。ならばテリトリーは譲らねばならん」
「いらねっつの」
「こいつらが認めん」
「お前が旦那だろ」
「こいつらも、お前の女になった」
「マジデ!? いってぇ!」
ディーナに尻をつねられた!
「なにすんだよ!?」
ふんってそっぽ向かれた。なに?
「俺の……って言ったくせに」
「なんか言ったか?」
ぷいって、とうとう背中向けられちったよ。なんだよ?
そんなことをやってる間に、獣王は立ち上がっていた。
「では、な」
「どこに行くんだよ?」
「さてな……また、俺のものにできる場所を探す……それだけだ」
虎ってのは、そういう生き物なんだろうけど……ふと、嫌な想像がわき上がった。
(そうやって、放浪して、別の場所にまたコロニーを作って、ゴブリンに襲われて……このイベントを繰り返すってのか?)
俺たちユーザー、プレイヤーのために、と。
そうは思いたくはなかった。ここはゲームの世界じゃないと思うから。
だけど、ゲーム的なあのアナウンスが、耳について離れない。
獣王の口から流されていたメッセージについてもだ。
あんまり、獣王の背中に哀愁が漂っていたものだから……呼び止めることもできずに、見送ってしまって。
俺は、獣王が見えなくなってから、はっと、雌虎さんたちのことを思い出した。
「あんたたちっ、どうすんの!?」
なんだか赤くなってもじもじとされました。
「マジデ?」
こっくりと頷かれた俺の脳裏に、ねえさんの言葉が反響した。
──獣姦もよ、もよ、もよー!
そんなわけです、はい。
「ヘンタイ」
ぼそっとディーナ。
「ちゃうよ!? ヘンタイちゃうよ!?」
「母虎さんと寝てた」
「ちゃうからね!? 子虎が寂しがるから母虎さんと一緒に寝てあげてただけだからね!?」
「母虎さんの胸にむねむねしてた」
「だってディーナより大きくてふっくらしててやわらかそうだったんだもん!」
ぶっとばされました。
「ばかぁ!」
怒り肩で帰ってっちゃったよ。
びっくりした小虎たちが、全身の毛を立たせてふっくらしてる。
おーおー、怖かったよなぁ……コボルドたちはその間に逃げてった。
別に依頼を受けてきてるわけじゃないから良いんだけど、こいつらが一人前になってくれないと、獣王の持ってたテリトリーが、他の虎種に取られる可能性があるからなぁ……。
「俺はけだものじゃねーから、テリトリーとか守ってられんし」
はぁーあと、ため息をこぼして、今日は帰るぞーっと集合させた。
「へたれ」
「うぐぅ!」
「YOU! やっちゃいナYO!」
「いやいやいや、ないですから!」
酒場である。
ねえさんを呼び出し、相談中だ。
「んで、雌虎さんたちは?」
「とりあず、ギルドに登録して、宿場に宿を持ってもらいました」
「登録できるんだ」
「その辺、ゲームじゃないってことなんでしょうね」
「ん~~~? それも含めてイベントだったり?」
「まさか……」
「あるいは……群れのリーダーってことで、全員があんたの戦力扱いだとか?」
「なにそれ俺が怖い!」
「あ、あと、虎って、確か別の群れに合流するとき、前の旦那の子って殺しちゃったりとか」
走り出そうとしたらすっころばされた。
「無詠唱で捕縛呪文とかかけないで!」
「あんたその台詞マクロで登録してるでしょ」
「いつものことですから」
「手ぇぬくな。あと冗談だから。モチツケ」
とりあえず座り直した。
「まあ小虎たちも懐いてくれてるし、雌虎さんたちも落ち着いてるし、お金もあるし、特に問題は見当たらないんですけどねぇ」
もちろん俺がパトロン役です。
「お金かぁ」
「ねえさん?」
「ため込んでたのと、同じだけの額のお金があんのよねぇ」
ああ、そのことかと納得した。
プレイ中に、お金はしこたま貯め込んでいた。
なんとこっちの世界でも、その額が維持されていたわけだ。
雌虎さんと小虎たちの生活費……養育費……飼育費? は、そこから出してる。
「ぶっちゃけ、仕事する必要がありませんよねぇ」
「まったくねぇ……」
おそらくだけど、俺と姉さん、二人の所持金を合わせれば、街どころが国が買えるくらいの額になると思う。
俺たちがやり取りする武器や防具ってのは、それでも足りないくらいに高額なものがいくらでもある。
だから、ため込んではいたんだけど……。
「ねえさん、競売とか覗きました?」
「ろくなのがないのよ。前はそうでもなかったみたいだから、お仲間が引っ込めたんじゃないかって思ってるんだけど」
俺たちのような連中が、手元に残すことを選んだってことか。
そりゃそうだよな。ゲームだから、死んでも復活できるから、だから旅や冒険に出られたんだ。
命がけとなると、そんな勇気はわき起こらない。
その上、一生不自由なく生きていけるくらいのお金があるなら、引きこもったって良いんだろう。
「あんたの話だと、RMTやってた連中の動きとかも気になるし」
「潜伏とか闇組織作りですか? そこまでしますかねぇ?」
「不正ログインはともかく、RMTはこの世界じゃ無関係の、あっちでの行為でしょ? んでもって、RMTやってた連中は所持金やアイテムを、全部リアルのお金に換えてたわけでさ」
「こっちでは、ろくな装備も、金も持ってない?」
「だから……ってのが怖いんだけど……。RMTに出せるような、レア装備を集められる高レベルプレイヤーではあるわけだしね」
でも、だからこそって思うんだけどなぁ……。
「この世界、ゴブリン退治をやってるだけでも、食っていけるんですけどねぇ」
好きこのんで闇組織とか作るのかなぁ? って思うんだけど。
「そこは、あんたにぴったりの世界よねぇ」
くくくと笑う。
これは別に皮肉じゃなかった。俺が前からそう言ってただけの話だ。
だって、そうだろう? 人の顔色うかがったり、一生懸命コミュニケーションを取らなくったって、ぶんぶん剣を振ってれば、食って寝て、遊んでいられる。
良い世界じゃないか。
獣王のことを思うと、微妙だけどさ……そういやゴブーマン、どうなったんだろ?
「ねえさんは、これからどうするんスか?」
「ん~~~? とりあえず王都に行ってみるわ」
「王都に?」
「うん。あたしの設定が生きてるなら、城の中でも自由に歩き回れるだろうしね」
城がらみのクエストなら俺もクリアしてるしなぁ……。
「てかなにしに行くんスか?」
「暇だから?」
「…………」
「だってやることないんだもん。暇つぶしくらいは見つけたいしね~」
そんなことを言いながら、くぴくぴと酒に口を付ける。
初めての酒……一応、俺が無事に帰ってきたお祝いらしい。
自分で地獄にやっておいて……。
そんなわけで、ねえさんに付き合い、つきあい……突きあいはしませんでした、はい、いちおうあの人、リアル幼女なんで。
送り狼にならずに送ってきましたよ。
いまその帰り。
夜風が酔った体に気持ち良い。
酔った姉さんは色っぽかった。
ついでに無防備すぎるし胸でけー。
中身は子供でも外見は大人なんだよなー。
もみもみしたかった……したらきっと、自動起動した護衛精霊か魔獣に瞬殺されてただろうけどさ。
でもなー、あの人、この世界じゃ、一応は大人なんだよなぁ……。
ねえさんも、いつかは誰かとしちゃうのかなぁー。
……いかん、その歳で初めて? なんて言われて極大魔法を唱え始めるねえさんの姿が思い浮かんだ。
あの人が組んだ魔法はパネェからなぁ……あんまり酷すぎて地形破壊起こしてポリゴン壊れてポリゴンの裏側の世界に全員が落とされて『ハヴォック神』なんて異名もらったくらいだし。
ハヴォック神がなにかはググってくれ。
ちなみにその魔法は、運営から不許可出ました。
……運営から泣いて頼まれるユーザーってなによ。
そんな具合に、良い感じでふらふらと~~~。
俺もだいぶ酔っていた。
「ただいまぁ~~~」
……って、もう遅いか。
みんな寝ちゃってるし。
宿の中は静かなもんで、しーんと静まりかえってた。
「ディーナ……」
……は、だめだ、起きてる、怖い。
寝てるふりしてる背中からオーラが立ち上ってる。
こそこそと避けよう……。
なんだこの流れ。俺は駄目亭主か。
母虎さんとこは……雌虎さんたちにはそれぞれの宿だけど、子虎が俺から離れないんで、母虎さんだけは、俺んとこに泊まってもらうことになったんだ。
あ~~~、だめだな、子虎と良い感じに眠ってら。
しょうがねぇ、台所で寝るか。
い、椅子があるから、ベッドなんていらないんだからね!
というわけで、ごとごとと一人がけの椅子を並べて寝床を作る。
横になる前に……もうちょっとだけいっとくか。
床下の収納庫から酒瓶を……お、これは?
俺は、おおおおお! っと、それを掲げて広げてしまった。
「H本! いやアダルト本! いやよりここは格調高く、エロ本と呼ぼう!」
えっろ本、えっろ本っと、高々と掲げて踊ってしまった。
ごめんなさい、酔ってたんです。
酒もある。寝床もある。エロ本まである。
「ここがパラダイスか」
それじゃあと、振り向いたら……。
「それで? あんたはそんな本持って、なにするの?」
半眼のディーナと、子虎を抱いた母虎さんがいました。
「……そろぷれいw」
蹴りレベル255の股間蹴りをもらいました。
……最後の一撃は、せつない(T^T)