長くなったので二分割(2)
ドラゴンレジェンドは、ただのゲームじゃない。
VRMMORPGだ。
それも、高スペックマシンを要求する、最低最悪最強の物理エンジンを搭載した、化け物ゲームだった。
「やるぞ人間!」
「フラグだ! 獣王!」
俺たちは交差した。
体長三メートル……と書くと簡単だ。
しかし間近になると、とんでもない巨体だった。
縦に三メートル。
横に幾つだ?
見上げても、胸筋しか見えない。
巨体で視界が埋められている。
光も陰る。
影に包まれてしまう。
そしてブォンと、俺の頭よりも大きな手が、横なぎにふるわれる。
鎧のために、俺の動きは制限される。素早さが落ちている。
だから動きは最小限にとどめるしかない。
大きい、ということは、その手がふるわれる高さも、高い位置になるということだ。
だから、わずかに身をかがめて、ふるわれた右腕をかいくぐった。
そして通り抜ける際に、横っ腹の毛皮に、逆立つように刃を沿わせた。
血が流れた。
あり得ない防御力の正体が獣毛にあるなら、その下に刃を届かせれば良い。
獣毛を逆ぞりすることで、その下にある肉にまで刃を至らせれば良い。
刃に付いた赤の印象は凄いものだけど、パラメーターで見れば、結局のところダメージは1だ。
位置を入れ替え、身を捻る。
素早く動けない。動きに合わせてスタミナがガリガリと減っていく。
筋力に合っていない鎧のせいだ。
スタミナ切れまで、あと何回避けられる?
互いに回転して、二撃目を放とうとする。
先に回り終えたのは、獣王だった。
右足を軸に、左足で地を蹴り、そのまま左腕を振るってくる。
『左』に剣を持っていた俺を、豪腕が直撃した。
──フラグという、ディーナの悲鳴。
だけど、その俺は吹っ飛ぶことなく、かき消すように滅した。
その三歩下がったところに、右に剣を持った俺が居る。
「幻影か!」
「≪汝の身は戦いを臆す!≫」
防御力低下の弱体魔法を放ち、さらに下がる。
魔法耐性の低い虎種には効果覿面だ。
俺は魔法のエフェクトが収束する様を見ながら、空いた左手で、取り出したアイテムを地に撒いていた。
それは、大量の、クルミのようなものだった。
こしゃくなと、獣王が前に出ようと踏み出した。
その足がクルミを踏む。
「────!?」
光と爆発。
閃光爆弾に相当するアイテムだ。
威力は、使い手ではなく、『作ったプレイヤー』の能力に依存する。
俺に絡んで適用、修正される項目は、成功確率、弾けてくれるかどうかだけだ。
つまり。
「小僧ぉおおおおおおおおおおおおおお!」
さらに逃げるように下がる俺。
獣王は二足を踏ん張り、胸を張り、両腕の拳を引いて、咆吼をあげる。
森の木々が震動する。
虎の足は血だらけになっていた。
ダメージは、1を越えている。
10までは届いていないが、十分だ。
装備を『幻夢の双剣』から、遠距離兵器に換装する。
右の肩に担いだのは、大砲だった。
「まだまだぁ!」
ドンッと、一発。
しかし飛び出したのは砲弾じゃない。
そんなものは、獣王の拳を前にすれば、砕かれるだけだろう。
そもそも、魔法による障壁が当たり前にある世界では、物理兵器なんぞ大して存在感を見せられない。
だから、飛び出したのは、投網だ。
それも、ミスリル製の。
「ケダモノにはお似合いだろう!」
「こんなもので!」
獣王は、身を包んだミスリル製の網を………引きちぎりやがった!?
さすが竜種と並ぶばけもんだな……そりゃ人間くらい挽肉になるわ。
ドンッと、下がり続けていた俺の背中が、木にぶつかった。
両手よりも横幅の太い、立派な木だった。
「──しまっ!?」
逃げ場を無くす。
獣王は、にやりと笑い、身を低くした。
──跳ねるために、足に力をため込んだ。
「フラグぅうううう!」
絶望からのディーナの声。
そうだ、俺が下がりに下がって作ったこの距離。
木を背にして逃げられなくなったこの距離こそが。
潰された不正プレイヤーたちが掴まった距離。
そう。
(やつの間合いだ!)
──ォオオオオオオオオオオオオ!
獣王が飛んだ。
俺は足がすくんだように腰をかがめた状態のまま……。
──にやりと笑う。
「伏線は張ってたぜ?」
──パイク。
俺は武器を呼び出した。
なにも持っていなかった手に、予兆もなく6メートルはある竿状の武器が現れる。
しかし、そのパイクは、俺には装備できない高等品だ。
俺は、その柄を木の根元に置き……。
「!?」
獣王の目が驚きに見開かれる。
飛びかかった獣王に、回避する術はない。
空中では、方向を変えることも許されない。
そして、穂先が獣王に触れる直前、俺は槍から手を離した。
そうすれば、そこにあるのは、ただのパイクだ。
ただの武器だ。
武器としての命中率や、攻撃力は意味を無くすけど……。
決して折れることのない、レベル150のディーナが愛用する武器の一つ、ミスリル製のパイクは、硬く、鋭い。
十分な凶器だ。
そして必殺の獣王の動き。
その加速もまた、この罠の助けになる。
加速のついた獣王の巨体は、自分から槍へと突き刺さっていく。
獣毛がそれを拒む。
パイクが木と獣王に挟まれて、大きくしなった。
しかし、折れない。
獣王の体が、槍につっかえ、曲がり始める。
均衡は一瞬のことだった。
獣王を跳ね飛ばすだけに終わるかと思った。焦った。
しかし、ミスリル製のパイクは、獣王の腹に突き刺さった。
そして獣王の腹に穴を空けたとたん、パイクはしなりによって溜めに溜めていた力を解放し、一気に深々と貫いた。
ドン、っと……。
バランスを崩した獣王が、腹を貫かれたまま、背中から木にぶつかった。
勢いのすさまじさに、木が折れて吹っ飛んだ。
衝突した獣王は、跳ね飛ばされた格好になって、さらにその向こうへと転がっていった。
地響きを立てて横たわる。起き上がろうとして、どすんと失敗し、ぱたりと尻尾を落として、沈黙した。
その体の下に、赤い血が広がっていく。
「あんたに言ってもわかんないだろうけど」
俺は、緊張から強ばっている体にむち打って、立ち上がった。
「システムの穴を探すのが、廃人って人種なんだよ」
──ヴァーチャルリアリティ。
このシステムは、加速や、荷重といったものさえも、リアルさを追求するために、数値として実装されている。
それは武器に破壊力を与えたり、速度を加味したりと、様々な効果を生んでいる。
そして武器に限らず、道具などは、文字だけの存在ではなく、ちゃんと捨てることも、置くこともできる。
つまり、罠を作れるのだ。
設置された罠は、そこに働いている物理演算の結果をエミュレートして、どの程度の効果があったのかを決定する。
ミスリル製のパイクには、魔法効果はついてない。
だから、ディーナから、倉庫であるフラグに預けていた武器だった。
だけど、レベル150のディーナ用に取っていた武器ではあった。
それは、レベル100程度のキャラクターには、十分すぎる凶器だった。
ごふっと、獣王が血を吹いた。
「……終わってみれば、一撃も、か」
そして、ぐぐっと、無理に頭を持ち上げた。
「見事だ」
そして俺を見て、……笑いやがった。
「なんだよ」
「フラグ……」
ディーナが近寄ってくる。
俺の側に立って、怖がりながら獣王を見る。
ディーナには、不思議だったようだ。
「どうして、あの力で……」
獣毛による、絶対防御。
あの力があれば……と言いたいんだろう。
俺もそれは思った。下手すると即死の傷だ。こんな怪我を負うようなことになっても、あのスキルは使えないのか……。
獣王は語る。
「身を捻れば……と」
「…………」
「槍に、ねじれを生んでやれば、と、な」
しなっている最中にねじられれば、槍は固定から弾かれ、外れた可能性があった。
それは確かにそうかもしれないけど……。
「俺は、けだものではない」
「そうか?」
「だから、技に、焦がれる」
「…………」
「あのような……、意味のわからぬことを口走る姿、力なぞ」
それに……と。
「俺は、置き去りにしたのだ」
「なに……?」
獣王の瞳が潤んでいた。
ふるえている?
怯えているのかと思う。なにに?
その瞳は、俺と、ディーナ、並ぶ二人の姿を捉え……。
「まさか」
母虎さんの言葉を思い出した。
こいつは、母虎さんたちを置いて、他の……。
「お前……!」
ああと、こいつは首肯した。
「突然、よくわからないことがわかるようになった。……そういう気がしただけかもしれない。思っただけかもしれない。だが、結局のところ、俺はリーダーとしての責務を果たさず、ここへ……」
左腕に重み、ディーナだった。
すがってきている。彼女には、なにを言ってるんだかわからないんだろう。
だけど俺には想像のつくことだった。
(管理者に乗っ取られたのか?)
不正規ユーザーを粛正するためのアバターとして、外部からコントロールされたってことなんだろうか。
もしかすると、もともと獣王の中に、そんなプログラムが組まれていたのかもしれないが。
と、そんなことを考えていると、ぱたりと獣王の尻尾が揺れて落ちた。
「俺は、逝く」
ゆっくりと頭を横たえ、目を閉じた。
「待てよ!」
「マリアは、頼む」
「おい! まだ間に合うかもしれないだろ!?」
「…………」
「死ぬな!」
俺は獣王の前に膝を突いた。
刺さったままのパイクを消す。アイテムとして収容する。
抜くと臓器を余計に傷つけそうだった。だから消した。
開いた穴から、どぷりと血があふれ出す。
「フ、フラグ!」
周囲ががさがさと騒がしい。
ゴブリンだった。
その内の一匹が、木を裂いて作った粗末な槍に、俺が置き去りにしてきた男の首を刺して掲げていた。
俺はかまっていられないと、ディーナに告げた。
「なんとかしてくれ」
「なんとかって」
「なんとかだ!」
俺は、ありったけの武器をぶちまけた。
そして秘薬級の回復薬をありったけ取り出し、獣王の傷に振りかけた。
おまけに回復の君を呼び出し、獣王に付ける。
凄い勢いで回復魔法が使用される。
一秒間に五回も六回も……エフェクトが重なりすぎて光りっぱなしだ。
妖精が使える魔法が低レベルな上に、獣王が瀕死だからだろう。
千に届くヒットポイントを、二桁が最高の魔法で回復させようとすれば、連続使用もしかたない。
回復の君は、MPが尽きて消えるだろうけど、獣王の腹の傷がふさがってくれれば十分だ。
「たのむ、たのよ、ちくしょう……」
祈る俺の側で、ディーナがおろおろとしている。
「フ、フラグ……まだ増えるよ……」
周囲を取り巻くゴブリンの数が多すぎた。
アイテムを使って、防御結界を展開する。
でもこの数だ、破られるのもすぐだろう。
俺は竜の牙を持って立ち上がった。
死んだプレイヤーのことよりも、NPCが死にそうになっていることの方が恐ろしいなんて、どうかしてるとも思ったけど。
(NPCじゃなくて、モブでもなくて、生きてるってんだろ?)
それが異世界転生のお約束だ。
だから、プレイヤーも、NPCも、平等だ。
基準を作るなら、どっちが身内に近いかだ。
俺は知らないプレイヤーよりも、親近感のわくこいつを取る!
「母虎さんや、子虎残して、逝くんじゃねぇよ!」
牙をゴブリンへ突きつける。
「もともと、お前らが俺の狙いだ! かかってこいやぁ!」
俺は怒声を張り上げ、気を引いた。
けれど、俺につられたのはゴブリンじゃなくて……。
多くの雌の虎種たちが、森の奥から飛び出してきた。
このお話の大半はみなさまの注意により誤字脱字が修正されていきます(⊃Д`)、ありがとうです