長くなったので二分割(1)
獣王の口の端がつり上がる。
覗いた牙は、意外なほどに白かった。
(救いがあるとしたら、さっきまでのデストロイモードじゃないってことだな)
恐怖心を、あおられたりはしなかった。
ただ、表情を変えただけだと、わかったからだ。
(笑ってやがる)
負けじと、俺も笑ってやった。
……俺、いま、イケてる?
光ってる?
正直、足がガクブルだ。
さっきのは、狂獣化とでも言うんだろうか?
体毛が膨らむと、毛の質でも変わるのか?
絶対防御とか反則過ぎんだろ。
だけど、いまはそうじゃない。
被ダメ0じゃないってんなら、勝算はあった。
──NPCとしての、虎種のレベルは、100あたりが上限であると推察できる。
これは獣王でも変わらないはずだ。いや、上限に達しているから、獣王なのか?
公式の設定通りなら、プレイヤーと行動を共にしてくれるNPCのレベルは、最大でもプレイヤーの三分の二、つまり100あたりが上限であるはずなんだ。
そう……レベルが100程度ってんなら、なんとかならない相手じゃない。
絶対防御さえ、かわしてやれば、なんとか届く。
普通にやったら、レベル70の俺の攻撃は、獣王には通じない。
だけど、なんにだって、抜け道はある。
ねえさんが、俺に罰ゲームとして、高レベルモンスターの討伐をやらせようとしていたのも、だからこそだ。
やってやれないことはない。
無茶ではあっても、無理ではない。
だから罰ゲームとして成立するんだ。
ディーナが心配している。気配でわかった。
無理だと……無茶だと、手伝おうとしてくれているのかもしれない。
だけど一度、心が折れた以上、すぐに立ち上がることは無理だろう。
(やってやるさ)
獣王へと宣言する。
「小細工させてもらうぜ?」
「その程度で覆せるものなら、やってみるが良い」
「んじゃ、遠慮なく、な」
俺は、ゴブリンの時に使った竜装備へと、チェンジした。
虎種の一撃は脅威だ。紙装甲じゃ話にならない。
獣王の攻撃は前足……手じゃねぇだろ、あれはもう!
その一撃は、問答無用で、半端ない。
例え鎧が耐えられたとしても、中身の方が耐えられない。
上半身と下半身が千切れた男の姿がそれだった。
鎧が上半身ごと吹っ飛ばされた結果だった。
鎧は耐えたが、腰という関節部分は耐えられなかった。
だから、もげたんだ。
俺には、こんな重装甲で、動き回れる力があるわけじゃない。
ならこの重装備は、動きが鈍くなるだけ損だった。
しかし、それでも着ないわけにはいかないんだ。
膝の震えを止めるためには、しかたのないことだった。
──竜虎という言葉がある。
それは明示されてはいない、だけど信じられているという、おかしな具合に広まっている話だった。
竜と虎は相対している。
そして竜虎との言葉通り、竜と虎の咆吼は同等で、だからこの二種の力は、拮抗、または相殺されるような形になっているんじゃないかっていうものだった。
だから、竜に対しては虎の、虎に対しては竜の装備品を身につけていると、恐慌状態のような、ステータス異常を食らいにくくなる、と口にされていた。
これについては、確実な話じゃない。そうじゃないかと噂されている程度のことだ。
公式は認めていないし、そんな隠しパラメーターがあるのかどうか、確かめられたという話もない。
そもそも話の出所は、掲示板での書き込みだった。
竜と戦う際に、虎の装備を付けていた者や、逆に、虎と戦うときに、竜装備を身につけていた者が、ステータス異常を食らいにくかった気がする……って報告したんだ。
俺も俺もと、賛同するプレイヤーの数が結構あったことから、半ば常識、定説として広められていた。
──正直、これからすることを考えると、気休め程度でも助けは欲しい。
それから、武器。
竜の牙は使わない。
ショートソードだ。
それも二本。
──二刀流のスキルは、かなり珍しい部類に入る。
なんでかって、面倒だからだ、育てるのが。
スキルには、右利きと左利き、両方のスキルが設定されている。
このスキル値が高いほど、プログラムが高いクオリティで、動作の補正を行ってくれる。
現実にはなかなかできない、逆利きや、両利きを堪能させるために、作られたプログラムだった。
だけど、実際に育てるとなると、話が違ってくる。
このゲームが、ヴァーチャルリアリティであるからだ。
スキルは、実際に使っていないと、上がらない。
つまり、両利きを実現しようと思うと、本当に逆利きの訓練をしなければならないんだ。
もっとも、習得にかかる時間は、プログラムの補正が働くヴァーチャルの方が、リアルよりも圧倒的に早いんだけどな。
その上、練習のためには、訓練場での地味な特訓とか、格下相手とのつまらない戦いなんかを、長い時間でこなさなくちゃならなくなる。
あげく、両利きになったからって、攻撃の手が倍になるわけじゃない。
よくて1.3倍かなぁ?
右で斬りつけ、左で斬りつける。その間には、姿勢制御、重心の移動などを行わなければならないんだ。
その上、武器を連続で振り回す都合上、振り回されたりしないよう、扱う武器は、自然と軽めのものになる。
つまり、最大攻撃力は、どうやったって、片手装備よりも落ちるんだ。
その上、それだけ派手に動くわけだから、スタミナの切れも早くなる。
どう考えても、お得じゃない。
戦士系にとっては、お呼びじゃない能力だ。
だって、戦士系は、相手の防御力補正を、最大攻撃力で上回って、いくらだって商売だからな。
攻撃力を上げることは考えられても、落とすなんてありえない。
もっとも、盗賊系とか、軽装備を主体にしてるプレイヤーには、重宝される能力だけど。
そして俺は、そんなスキルを身につけている。
ディーナに習得させるか悩んで、練習台として、試していたからだった。
「準備はできたか?」
獣王は、俺が決意を固めるまで、待ってくれていた。
「律儀にありがとよ」
「なぁに、マリアの惚れた男だ。俺よりも良いとした男だ。その目の確かさを知りたいだけだ」
「?」
妙な物言いだなと思ったけど、尋ね返すほどのことでもなくて、俺たちは互いに一歩を踏み出した。
「──フラグ!」
良いね!
命がけの男に叫ぶ少女の声!
そのフラグを回収してやるよ!