あえて目標を設定するなら、ここはどこかということですかね。
森の中を駆ける。敵は見えない。
竜の武具を取り出した理由の一つがこれ。接敵回避だ。
特定レベル以下のモンスターとの、エンカウントがなくなるやつね。
もっとも、完全回避ってわけじゃない。シリーズの装備数で確率は変動する。
竜と名の付く武具は、どのシリーズにも同じ効果が付いている。
装備すると、竜の気配をまとっているということになるんだ。それは数が多ければ多いほど、気配が強くなると言う扱いになる。
よって非力なモンスターは、自分から逃亡する……という設定だ。
地面には、大勢のゴブリンが、かけっこをして踏み荒らした跡が残されていた。
今はそれをたどり、走っている。
ちらりと肩越しに後ろを見る。
背の低い木の枝が重なっていて、要石の広場はもう見えない。
俺は違和感を覚えていた。
それは置き去りにしてきた男のことだ。
あいつは、ディーナと同じギルドのメンバーだという。
この場合のギルドってのは、気心の知れたもの同士で、身内的につるんでる連中のことだ。
仕事を紹介してくれるギルドとは、また別ものだ。
で、あいつは、すくなくとも、ディーナと一緒にクエストをこなしに来ていたみたいだった。
そして、戦闘もやっていた。
おかしくないか?
ディーナのレベルは150だ。
間違っても、ゴブリンにダメージを食らうようなことはない。
強いゴブリンはもちろん居るけど、ゴブリンの最大レベルは70で、つまり、俺と同じ程度なんだ。
そんなディーナとパーティを組んで、クエストをこなそうって奴が、あの程度の数のゴブリンで泣きを入れるって……どういうことだ?
レベル150と70の間には、越えられない壁がある。
具体的には90くらい?
つまり、二回目のレベルキャップの解放あたりだ。
レベル90以上のキャラに対して、レベル70以下のキャラは、クリティカルが発生したとしても、1以上のダメージを与えることはできなくなるんだ。
闘気とか魔力障壁とか、いろいろ後付け設定が出されていたけど、ほんとのところはシステム上の問題だ。
ダメージ計算上、そうなってしまうだけの話である。
最大レベルが70であったころには、考えられていなかった問題だった。
それからもうひとつ。
ディーナが今受けているクエストだ。
いったいどんなクエストなんだ?
カンスト組のディーナが、パーティを組んで受けなきゃならないクエストってなんだ?
難易度が見えないんだが……。
そんなクエストが、今、この森で発生してる?
虎種が、ゴブリン相手に、きついことになってるらしい、この森で?
いや、ゴブリンのクエストがメインなのか?
そのクエストの演出の一つとして、虎種が巻き込まれてる?
わからん……。
巻き込まれたくないんだが……ディーナの方を探ってからにするべきだろうか?
そう言えば……。
わからんと言えば、マクロのこともあったなぁ……。
もしかして、ステータス画面とか、あれ、俺だけなのか?
ログウィンドウとか……あれも、謎って言えば謎だしな。
いったいどんな仕様で、周囲の会話を文章変換して、ログとして記録してるんだって話だよな。
俺自身に、そういうスキルがパッシブで備わってるんだろうか?
んで、本題のマクロだ。
マクロってのは、いわばプログラムだ。
書式に沿って行動、対象、経過、結果などを記述し、ワンクリックで実行する……というものだ。
たとえば、『装備:主武器:ロングソード』とする。
このマクロを実行すると、自動的に利き手にロングソードが出現するわけだ。
他に、『装備:胴:鉄の鎧』でも良い。
俺は走りながら、ガチャガチャと音を立てる鎧について考えた。
一ミリ秒?
確かにおかしい。
実際には、もうちょっとかかってた。けど、一秒未満だったのは間違いない。
こんなものが、どっからどうやって、一瞬で出て来たっていうんだろうか?
それについては、もう気にしないでおくとしても、一秒に満たない間に、装備が解除され、持ち運び袋の中にしまわれ、別の鎧が出現し、俺の体に装着される。
どういう理屈が働いてるんだ?
着るとか脱ぐとかって問題じゃないよな。
本当に鎧を着ようとすれば、身につけるのに相当の時間と労力を必要とする。
特にこんな、ゲーム仕様のデザイン品なんて、どうやって組み上げられていて、どうすれば体に装着できるのか、想像もできない。
たぶん、労力とか以前に、不可能なんじゃないだろうか?
仮に着込めたとしても、運動できるような形で、体に固定できてるとは思えないんだが……。
「やっぱり、ゲームの中なのか?」
しかもウィンドウとかの特典仕様?
もしかして、俺、主人公属性ついてるの?
マジデ?
じゃあ魔王とか居て、倒すまで終わんないの?
……とか、つい首を捻ってしまう。
「ん~~~……」
だけど、鎧がこすれることによって付いた草の汁の臭いや……。
踏みつけるたびにそれなりに沈む、堆積した腐葉土の感触はあまりにもリアルで……。
「どうも良くわからんのだよなぁ……」
走りながら、俺は自分の頭をかきむしりたくなっていた。
俺、こんなに頭の回転、鈍かったかなぁ?
あ……と、俺は嫌なことを考えついた。
まさか、フラグのINTに影響されてんのか?
青くなる。
次、レベル上がったら、ちょっとポイントの振り分け考えて見よう。
そう思った。
その時だった。
──ガァアアアア!
獣声が、轟いてきた。
一斉に、森の鳥が逃げるために羽ばたいた。
小動物も逃げていく。
すねに何かがぶつかる感触。見下ろせば足をネズミが踏んづけていった。
あまりのことに、俺は足を止めてしまっていた。
はっとして、俺は再び駆け出した。
茂みを抜けて、先へ進む。
やがて聞こえてきたのは、「はぁ!」とか、「やぁ!」っとか、「どうだ!」とか、勇ましい戦いの声と、それに向かい合っている、獣の吠える声だった。
「ちぇーんじ、アサシンモード、すいっちょん」
スピードを落とし、装備を換装する。
布生地をメインにした、音のしないものばかりを選んで着込む。
色は黒だ。さらに顔も頭巾で隠す。
あげく、レアアイテム、姿隠しの外套を取り出して、身に纏う。
効果発動、終了まで3分。
こっそりと隠れて、戦いの場をのぞき込む。
そこではディーナと、その仲間たち……総勢五人が、雄の虎種と戦っていた。