光 五
古い廊下を歩きながら。
「すみません、はっきりものをいうって、よく怒られて」
にっこり、微笑んで事務長に向き直っていう神原に、事務長が額の汗を拭いていう。
「いえ、…いいんですけどね。事実ですから。いま、こちらでは手術は殆ど引き受けていませんから、―――」
困り切った顔でいう事務長に、隣を歩きながら神原が顔を覗き込むようにしていう。
「でも、それじゃ、赤字じゃありませんか?この総合病院の規模で、病床も、――――長期療養病床専門、―――ではないですよね?」
「…はい、まあ、…―――。いまはいずれにしても、ここに入院してる患者さんの数も少ないですが」
「…―――僕がいうのもおかしいんですが、…。新しく外科医を雇う必然性は?大丈夫なんですか?」
首を傾げて問う神原に事務長が詰まる。
「…その点に関しては、―――外科部長である神代先生にきいてください、…――――」
歩きながら、訊き直そうとした神原が気づいて足を留める。
「これが、集中治療室ですか?いま治療中の患者さんは、――」
事務長が何かいう暇もなく中に入って、無人の室内と設備を見廻して険しい顔になる神原に。
「あ、あの、…神原先生?みての通り、いま患者さんはいませんで、―――」
「そうですか。…専任の看護師さんも、先生もいない?」
僅かに眉を寄せて、それまでの笑顔とは違う厳しい表情のまま設備を見廻していう神原の背から、少しばかり脅えたように表情を伺おうとして。
「あ、あの、…神原先生?」
「これで、…今日、手術を?」
険しい表情のままいう神原に、伺うようにしながら事務長が応える。
「いえ、あの、…はい、――先生?」
「患者さんのデータ、みられますか?」
表情を消して振り向いた神原に、事務長が緊張した顔で応える。
「は、はい、――わ、私にはみせられませんが、神代先生にいえば、許可をもらえるとおもいます」
「わかりました。どちらへ伺えば?」
淡々と問う神原の視線に潜んでいる険しさを見て取ったのか。
事務長がごくり、と唾を呑んで、案内をする。
「そ、それでしたら、外科医局に、―――」
「はい。後は、患者さんに会いにいっても?」
「か、構わないと思いますが、―――」
そうですか、と応えて。
神原がもう一度、誰もいない集中治療室の設備を振り返る。
「か、神原先生?」
「…――いきましょうか?」
振り向いて、にっこり微笑んでいう神原に、少しばかり驚いたように事務長がみて。
「は、はい、こっちです」
「迷路みたいですね。…増築を重ねてるのかな?」
「―――ええ、―――そうです。何しろ古い物で、…」
「あちらが手術室ですね?」
案内されながら、神原が手術室の扉を見つめる。
病棟を歩きながら、神代がPHSの着信に不思議そうな顔をして出る。吉原に先に行くように手で合図して。
「…神原先生が?わかった、代わってくれ」
廊下を歩きながら、ふと視線を引かれたように空に向ける。
―――――…。
青空と緑、病院の歴史と共に育った街路樹が造る景色を見つめる。
「…ああ、神原先生?患者のデータをみたいって?」
――はい、午後から手術だと伺って、患者さん御二人共のデータ、見せてもらっても構いませんか?後、できれば見学もしてみたいんですが。――
落ち着いた神原の声に、青空を白い筋雲が渡る景色から意識を戻して、神代が頷く。
「わかった。カルテは事務長にいって、師長に頼んでみせてもらってくれ。見学も好きにしてくれていい」
――ありがとうございます。
「…―――」
感情の伺えない声に、ふと眉を寄せるが。
「吉原先生!」
通話を切り、どうした、と廊下の向こうで手招きしている姿に、声を掛けて歩き出す。
神原が、午後から手術になる二人の患者のカルテ他のデータを、医局に案内されたデスクに積み上げて、読み出していく。




