光 二十四 ENDE
「本当に、お鍋ですね」
「そうだ。…――神原、すまないな」
真面目に眉を寄せて、二人前がきちんと準備されている鍋をみていう神代に、綺麗に十字の切れ込みまで入ったしいたけに美味しそうな春菊やら何やら盛り合わせた美味しそうな鍋をみて。
微笑む神原に、神代が眉を寄せる。
「これ、――随分と役得ですね、僕は」
「そうか?…ならいいが、」
「火を点けましょう。遣り方、わかります?」
「―――…」
無言で見返す神代に、つい微笑んで。
「じゃあ、座っててください」
「…すまん」
もしかして、この人、一人では鍋食べられなかったんじゃないだろうか、と思いながら。火を入れて準備をして、ふと気づいて。
「あ、そうだ。ちょっとあちらに荷物置いて来ていいですか?服を」
「…ああ?構わん。…これは、このままにしておけばいいのか」
頷いてから、鍋を怖そうにみていう神代に釘を刺す。
「はい。でも、触らないでくださいね?そのままにして待っていてください」
「―――うん」
真剣に火が入って鍋が少しばかり動き始めるのを、疑わしげにみる神代に笑んで、背を向けて。
「お願いしますよ?」
「わかった!何もしない!」
真剣な神代の声に笑んで、寝室へ。
当直室に置くように持ってきていた衣類を、一時的に置かせてもらおうとクローゼットをあけて。
「…もしかして」
丁度、昨日使った半分、神原がいま開けた方のクローゼットに。
どうやら、サイズの合っている着替えに必要な色々が新品の状態で置いてあるのに気がついて。
――ええと、これは、…――――。
至れり尽くせり、というか。
「パジャマまでありますね」
あきれながら、その隣にもってきたシャツ等を掛けて。
―――まあ、いいか。
「…―――神原っ、…鍋が動いてる!」
丁度、片付けた処にその声が響いて。
「はい、―――ちょっとまってください!」
鍋の中身が沸騰するにつれて動き始めたのに、パニックになった神代がいうのに、返事をしてダイニングに戻りながら。
ふと、おかしくなって笑んでいた。
―――まったく、…――。
どうも、いろいろとはめられているようですが。
「神原っ、…これ、どうすればいいんだ?」
動いているしいたけにパニックになって立ち上がっている神代に。
「大丈夫ですよ、…――ほら」
「…――――すごいな、どうやったんだ?」
火を小さくして差し水のかわりに置いてあっただしを足して。あっという間に揺れが小さくなって、吹きこぼれそうな鍋が落ち着くのに、真剣に神代が鍋をにらみつける。
「…―――――」
動き出すのを警戒するように、春菊ととうふとしいたけを見る神代に、つい笑いながら。
「だから、大丈夫ですよ、…これはもう食べられますね。座ってください。しいたけは攻撃しませんから」
「…本当だろうな?」
眉を寄せて、いわれた通り素直に座る神代を前に、鍋から器にとってやって。
「だしが美味しいですね、…しらたき、食べますか?」
「うん」
じっと器に取り分けられた春菊を疑わしげにみてつまんで。
「…―――うまい」
驚いていう神代に、神原が笑む。
「それは、美味しいでしょう。丁寧に作ってくださってあるんですから。ほら、食べましょう。しいたけも美味しいですよ?」
「このしいたけは、…攻撃してきそうな気がする」
「しませんって」
「本当か?…」
しいたけと対決するように睨んでいる神代と。
何だかこうして、鍋を囲んで。
楽しく笑っているなんてことが。
「…―――神原?」
しいたけと対決して睨んでいた神代が、意を決して箸を向けて。
それから、ふと気配に気付いたように視線を向けてくるから。
「…いえ、――――美味しいですね」
微笑んでいう神原に、神代が無言でみつめて。
それから、しいたけに憎々しげに視線を向けて、箸を向けて、はっしとつかむ。
「…神代さん」
あきれてみている神原の前で。
難しい顔でしいたけをぱくりと。
「…――――す、すみません、…」
視線を逸らして、あまりの面白さについ額を押さえて半分突っ伏すようにして笑いを堪えようとする神原に。
「―――――…!」
しいたけをくちにしているので、何も喋れずに抗議できない神代と。
耐えられなくて、やはり笑い出してしまう神原と。
こうして。
笑って、食べて、何かくだらないことを話して、―――。
たったそれだけの。
一度、失った何もかもが。
一度に、失った何もかもが、――――。
真面目に抗議する神代をからかったり。
だから、――――。
「落ち着いて食べてくださいよ」
「だから、…―――あのなっ?」
何だか不思議な気持ちで、こうして普通な会話をしながら。
思っていた。
流れに、乗るのもいいのかもしれませんね、…―――。
「神代さん」
随分と、おそらく、神代本人は知らない、随分とわかりやすい橿原院長と小野さんの陰謀に乗せられてしまっているのだけれど。
「…何だ?」
鍋を突きながら、何でもないことで笑って、話して。
「いえ、…―――おいしいですね」
「――――…ああ、確かに。でも、何でしいたけが動くんだ」
食べながら、眉を寄せて真剣に神代がいうのに。
思わずも吹き出して。
「おいっ、あのな?…――大丈夫か?」
「いえ、…すみません」
吹き出す神原に怒って、それからむせているのに慌てて立って背を落ち着くようになぜて、あきれてみる神代に。
「…どうも、すみませ、―――ああ、でも」
「何だよ?」
くちを尖らせていう神代に、また吹き出すのは何とか堪えて。
「いえ、…温かいですね。鍋は」
「…そうだな、――――神原」
「はい」
神代が、大きく息を吐いて。
「おまえな、…―――此処に、しばらく住むか?」
「…神代さん?」
難しい顔をして、神代が神原をみる。
「…だから、おれも、迷わないですむし」
「ええと、…。シフトが違うときもあると思いますが」
「――――…その頃までには、何とか憶えてだな」
「はい、あの、…――――」
微苦笑を零して、あきれてみながらいう神原に。
構えて、神代が見返して。
「なんだ?」
眉を寄せて見返しているのに。
つい、笑みが零れて。
「いえ、…―――本当に、道順憶えられるんですか?」
「…多分」
視線を逸らしていう神代に。
つい、見つめてしまって。
それから。
「…―――笑うなっ、神原!おいっ!」
「いえ、でも、…それは無理です、…――――そこで真剣に、…―――」
笑ってしまって、身体を二つに折って吹き出すのを堪えている神原と。
それを前に、難しい顔をして立っている神代光。
永遠がないことを知っていても
苦しくても、手を伸ばす。
人は、神様ではなく、――
神様ではないから。
温かな鍋は、ゆったりと湯気を二人の前に。
ことことと、エノキと焼き豆腐に春菊が揺れている。
二人の旅路は、これからまだまだ続くようである。―――
なべて世は、こともなし、――――――
了
この物語はフィクションです。作品中に出てくる病名等は架空のものを含みます。又、実在する個人及び団体との関係はありません。医療関連の情報等は実際と異なる場合がありますので御了承下さい。




