光 十六
上着を脱いでくつろいで、夜景のみえるソファに座って神原がついおかしくて笑む。
「何を言い出すのかと思ったら、――――」
「すまん、だがな?此処に来たのは、まだ数えるくらいなんだ。それも殆ど、病院を新しくするのに駆け回ってて、―――。中に案内人なしで入ったのは初めてだ」
夜景を望む一面硝子の壁となる窓に向き合うように、直に床に置かれたソファも毛足の長いラグも随分とモデルルームそのままでもあるようにおしゃれだが。
そこに座って、難しい顔で夜景をにらむようにしていう神代に笑う。
「おまえな?」
「はい、…すみません。でも、それでどうして、この部屋を買われたんです?」
「…―――借金のかただ」
「え?」
驚いてみる神原に、一度頷いて夜景をみる。
「銀行に借金するのに、こういう処を持つ必要があるんだそうだ。つまり、おれが病院の借金を返せなくなったら、此処は差し押さえられる」
真面目な顔で振り向いていう神代に。
「あの、つまり、借金、―――差し押さえ用、ですか?」
「そうだ。車もな。運転したことはない」
「…――確かに、神代先生くらい方向音痴だと、運転するのは怖いですが、…」
「―――カーナビついてるんだぞ?」
真顔でいう神代に、神原も真顔で返す。
「カーナビ通りの場所に着いたことがありますか?いままで運転していて」
「…―――っ」
真剣に視線を逸らす神代に、ちょっと微笑いそうになってしまって。
「…――いえ、その、すみません、…。でも、それでわざわざこのマンションを買われたんですか?」
「いざというときの差し押さえ用にな。面倒だから、ついてきた家具もそのまま買った」
「…――――神代先生、…」
それって、と思わず額に手をあてて、つい微苦笑を零してしまって。
「あのな?」
「いえ、…これまではどうしてたんです?これまで住んでいた処は?」
「…―――取り壊しになる」
「え?」
「…―――元の病院の当直室に住み込みしてたんだが」
「それは、――――」
「新しい病院では、やめてくれといわれた」
「そう、でしょうね、…」
沈黙が暫く降って。
思わず、何だか肩から力が抜けて。
―――この人って、本当に、…―――。
夜景をみて、それから。
「明日の朝、病院まで連れて行けばいいんですね?」
「…――そうだ。頼む。この中から出られなくなったりして遅刻でもしたら目も当てられん」
「…――――」
真剣にいう神代に思わず吹き出して身体を二つに折って声もなく笑っている神原に、神代が眉を寄せる。
「おいっ、…!あのな?そりゃ、――――くそっ、…!このやろー!」
いうと、突然後ろから脇をくすぐろうとしてくる神代に。
「ちょっと、まってくださ、…――神代先生!」
「―――…!」
神原が逆襲して、それに神代が対抗して。
大笑いして、そうして。
二人して、天井をみて寝転がって。
夜景が星をこの賑やかな地上にもみせていることに気付いて、神原が目を凝らす。
「星がみえますね、…」
小声でいう神原に。
「…―――星?本当だ。…」
驚いて神代も目を凝らす。
「きれいですね」
「…―――この部屋にも良い処があるな」
「…神代先生、…。本当に、この部屋自体はどうでもよかったんですね」
神原の言葉に神代が考える。
「いや、一応考えたぞ?病院に近い」
「…―――そこだけですか」
思わずも笑む神原に、眉を寄せてから、寝転がっているのを見返って。
「他に何があるんだ?」
真面目に訊いている神代を見返して。
―――本当に、何ていうか、…―――仕事馬鹿というか、他にいいようがないですね。
「おい?」
「いえ、…。処で、寝る処はあるんですか?」
「一応、あったぞ?…着替え、おれのでいいか?」
「構いませんけど、―――サイズは」
「…なんで、おれより背が高いんだよっ」
む、とにらむ神代に笑って。
それから。
「この辺りにあるはずだっ」
「確かに、クローゼットにみえますね」
何とか寝室を探り当て、服があるはずというクローゼットを幾つか開けて。
寝台の傍にある壁を睨んで神代が云う。
「大体、服なんて清潔であればいいんだっ。…どうせ上には白衣を着る!」
「――――まあ、確かにそうですが」
笑いながら、神原がクローゼットを開ける。
「ありましたよ?」
「よし!これが下着の替えだな。おまえ、こっち使え」
「…―――新品ばかりにみえますが、…」
「予備を揃えてくれるよう頼んだからな。いつ不測の事態が発生するかわからん」
「不測って、此処に住まれるんですよね?」
「――――…」
無言で神代が神原を見返す。
真面目に、神原も神代を見返す。
「新しい病院の当直室を占拠するのはダメだと思いますよ?」
「…―――ダメか…」
真剣に気落ちした顔でいう神代に神原が笑む。
「あの、…それは」
「だってな?仕事に行ければそれでいいわけだろう!違うか?大体、何でまた、中まで迷うような造りになってるんだ!」
拳を握る神代に、軽くその拳を叩いて。
「だめですよ、手は」
「…そうだな、…くそっ。古い当直室で不評だったが、丁度良かったんだよ、…――――院内ですぐだしっ。それを何で、新しく建て替えたらダメなんだ。一部屋位、寝られる所があってもいいだろっ。物置とかでもいいんだ」
「――――物置はちょっと」
「ダメか?」
真顔でいう神代にひとつうなずく。
「だめです」
「―――――寝よう」
「そうですね」
―――本当に、困った人だなあ、…。
あきれながらも、何だか。そうして、…―――――。




