光 十四
「神原君について何ですけど」
「…おじさん、あのねっ?」
睨む神代にまったく動じずに、まったりと橿原が机に両手を組んで見返す。
「僕が法医学者なのは御存じでしょう?」
「知ってます、…!だからっ、…また、そんな、そういうのはやめてくださいっ!おじさんだって守秘義務があるでしょ?そーいうものの持ち出しは、…―――――!」
さらり、と何かのついでのように橿原がデスクに取り出してみせた書類。――――その見慣れた形式は、神代自身には縁がないが、伯父の橿原の職業である法医学――法医としての仕事に伯父に巻き込まれて触れる機会が出来てしまって、知ることになってしまったものだ。
「…――――――」
無言で、目に入ってしまった、―――わざわざ動かしながら――人の眼が動くものを無意識に追うのを応用している――――書類をこちらに向けて出してデスクに置くのに。
無言で、神代が立ち尽くす。
「そういうことです」
淡々と橿原がいって、書類を仕舞う。
夕暮れの時刻、その書類に印刷された文字は記憶に焼き付いてしまった。一度みれば、忘れることなど出来ない。
「―――――…おじさん」
言葉をうまく選べずに神代が橿原をみる。
「はい」
穏やかに感情のみえない黒瞳が見返すのに、横を向いて大きく息を吐く。
やりきれなかった。
噂には聞いていた。
同じ業界にいるのだから、聞えてくることもある。
だが、…―――――。
検死報告書。
そこにあった名前は。
――――――――神原、…―――
目を閉じて、ぐっと拳を握って。
くちびるを咬んで橿原を睨みつけると、神代は踵を返して院長室を出ていた。
その怒っている背を橿原が感情を覗かせない瞳で見送る。
哀しむのか、嘆くのか。柔らかに淡い微笑みを乗せて、橿原は夕暮れに染まる院長室に一人窓外を眺めていた。
「やっほーう、神代ちゃん、神原ちゃん、何してるの?」
「おまえこそ、何してるんだよ。先に帰ったんじゃなかったのか?」
どうにか着替えて建物の外を歩き始めていたとき。
辰野が後ろから肩を叩くのに神代が眉を寄せて睨み返す。それに、にっ、と笑顔になって。
「もちろーん。待ち合わせしてたんだよん。と、あ!花ちゃん!」
夜空を背景に、しばらく先に待っていた人影をみつけて、辰野がうれしそうに伸びをして手を大きく振って。
走って行って抱きついている辰野の背に、神原が少しばかり圧倒されながら神代に訊ねる。
「…花ちゃん、…奥さんですか?」
「―――そうだ」
難しい顔をして、あきれてみていう神代の隣で。
「じゃあなー!」
辰野が肩に手を廻して、にこにこして手を振って去っていくのに思わず神原が少し笑む。
「…いいですね」
「まあな、暑苦しいけどな、あいつのは」
「いいじゃないですか、――――…どうしたんです?」
難しい顔で手元に持った画面をみてにらんでいるのに。
「―――――いや、」
「もしかして、…道がわからないんですか?」
神原が覗き込んできくのに、神代がくちを結んで顔をあげる。
―――ええと、その。
「そうなんですね?」
つい、微笑んでしまっていう神原に神代がにらむ。
「…―――そうだっ!…連れていってくれ」
向こうをむいて、地図を出した画面をみせていうのに、ついやはり笑ってしまって。
「あ、と、…。すみません。いえ、でも、ご存知のお店ではないんですか?」
「連中がうまいっていってた店なんだが、…―――」
「そうなんですね?ええと、わかりました。こっちですね」
「そうなのか?」
振り向いていう神代に笑む。
「はい。多分、ですが。勧めてくれたのは辰野さん達ですか?」
「―――そうだ。その、ちゃんとうまいらしい」
困った顔でいっている神代をみて笑んで。
「近いですよ、このお店」
「…そうなのか?」
「はい」
歩きながら、ゆっくりと。
神代が迷わないように、案内しながら。
―――懐かしいな、…こんな風に。
「ほら、ここみたいですよ?」
「そうだな。…店の名前が一緒だ。入ろう」
「…はい」
真剣にいう神代に思わず笑んで。それから、――――…。




