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光   作者: 高領 つかさ(TSUKASA・T)


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光 十二




「…――――」

患者を無言で神原が見詰める。

ICUに移された患者が、人工的な多くの管や装置に囲まれている姿を、言葉にできないように。

 ICUは外部から仕切られ、硝子窓の向こうに見える、その患者の様子に。

 言葉も無いまま、意識を取り戻して、生きてここを出られるかもわからない患者を。

 ――――急性心筋梗塞に心臓破裂と呼ばれる、左室破裂を起こした患者が救命される確率は低い。その殆どが、心破裂後に突然死、―――つまり、救急搬送される間もなく、死亡する場合が多い。

 それにしても、何故、この年齢で。

心筋梗塞後に心筋破裂を起こす場合は、高齢の女性が多い。

梗塞後に心筋が耐えられず、裂ける――――つまり、心筋破裂を起こすことは大変まれであり、さらに、男性よりも筋肉量の少ないことが多い女性の方に起きやすいとされている。

 だが、…これは、―――。

 男性で、こうした症状が起きるには、若すぎるといってもいい。

 何か、特殊な要因があるのかもしれない、――――。

 それなら、何か、予期しない合併症が起きる可能性がある。

「…―――基礎データは」

呟くようにいう神原に。

「見るか?患者が通院していた前の病院から取り寄せたデータ、それに術前には基本的な処しかみられなかったが、血液検査や心電図、エコー等のデータがある」

「…はい」

隣にいたことも忘れていた神代がいうのに、茫然と振り向いて。

 真直ぐ見返してくる黒瞳に頷いてから。

「あ、…いえ、一度、中で確認してから」

入っても大丈夫ですか、という神原にICUに視線を向けて。

「少し落ち着いたから、何とかなるだろう。邪魔しすぎないようにしよう」

「…ええ、そうですね」

感染の予防処置を行ってから、神代と神原が静かにICUへと。

 機械音と、無言で静かに動く看護師達に、各種の機器を管理する技師。そして、患者のベッドサイドへ近付いた神代と神原に、麻酔科の医師が顔を上げる。

「神代先生、――」

神代がうなずき、神原が頭を下げる。

「神原です」

「…――――御二人とも、患者さんの状態は」

麻酔科医の説明に耳を傾け、そして患者をみる。

「…――何かありましたら、いってください」

短くいうと、痛ましい視線を隠せずに患者をみつめて、神原が目を閉じて言葉を切る。

 神代がその神原をしずかにみる。

「術後管理チームに任せて、少し休まれてください」

「…――」

麻酔医からの言葉に返せない神原に気付いて、神代が肩に手を置く。

「俺達は、これから患者のデータを検討する。後を頼む」

「はい、神代先生」

麻酔科医が頷き、神代が神原を促して。






「―――神代先生」

「何だ」

廊下を歩きながら、少し俯いて神原が呼び掛けるのに、神代がその前を歩きながら応える。

「いえ、――――そういえば、先に、僕が初めて先生の助手をしたとき」

「ああ、…なんだ?」

「いえ、あのとき、二件同時に手術があるはずでしたが、そのもう一件は、行わなかったんですね。…確か、胃切除の。延期された」

「ああ、…そうだ。――――どうも、あやしかったからな。当日問診して、検査してからにした。心臓カテーテルを先にしてから、手術することになったんだ。…それがどうした?」

不思議そうに振り向く神代に、浅く苦いように微笑む。

「どうして、あやしいと思ったんですか?確か、ホルター心電図にも異常はなく、それまでの病歴に心疾患はなかったときいてますが」

手術前には一般的に患者に心電図を二十四時間記録する為の器具を付けてもらう。そうして計測されたホルター心電図によって、手術中に異常を起こす可能性がある心電図の異常がみられないかどうかをチェックするのだが。その心電図にも異常が無く、さらにこれまで心臓に異常があるという病歴もなかった患者の手術に際して、何故あやしいと思えて、手術を中止してカテーテル治療の必要な疾患を先に見つけることができたのか。

 それを問う神原に、いま検討しようとしている患者の事ばかりが頭にあって、神代がしばし頭を切り替える為に難しい顔をして沈黙する。

患者のデータを検討する為にデータが準備された部屋の前に立って、扉を開けながら神代が振り向いて。

「…そうだな。――――何とも、いやな感じがしたんだ」

僅かに思い出すのか顔を顰めていう神代に、神原が疲れたように笑む。

「…そうですか」

「おまえ、先に休むか?データはおれがみる」

訝しむように見つめて、眉を寄せて睨むようにして神代がいうのに、思わず笑んで。

「…おいっ!」

「いえ、…すみません。」

何だか、随分笑えてしまって、つい額に手を置いて笑うのを堪えている神原を睨む。

「あのなっ、…?いいか、おまえ、そこで三十分でいいから横になれ!寝てろ!」

「え?三十分、ですか?」

壁際にCT画像等を確認する為の光を透過させる白いパネルを背に既に幾つかの画像が貼られてある。くわえて、神代がデータの印字された書類を手にしながら、振り向いてテーブルを示していうのに。

「これ、テーブルですよ?」

「おまえの体重くらい耐えられるだろ。床だと踏んだら困る」

「…――――こっちの椅子でもいいですか?」

神代の有無をいわせない視線に、書類と画像への未練を感じながらもいうと。

「よし、許可する。さっさと寝ろ」

「…―――はい」

苦笑して、テーブルの傍に置かれた椅子を引き出して。

 ―――資料はすぐにみたいんですが、…流石に。

自分がかなり疲労しているのはわかる。

そして、椅子に座ってテーブルに突っ伏すと。

「…はやいな。」

神代が目を眇めて睨むようにして云う先で。

すでに、すっかり寝入っている神原に。

それから、視線を資料に向けると、改めて画像を確認して、検査の結果に何か見落としはないか、あるいは、見えていないものがないかと探し始める。




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