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光   作者: 高領 つかさ(TSUKASA・T)


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12/25

光 十一 



「あなたが院長だとは思いもしませんでした」

新しい滝岡総合第一病院の院長室。

 長身の神原良人が静かに微笑んでいう前で、院長室の大きなデスクに座り、両手を前に組んで軽く微笑んで、滝岡総合第一病院の院長橿原が穏やかに神原を見上げる。

「あら、そうでした?僕、いい忘れていたかしら」

おっとりと白髪混じりの品の良い紳士風の面立ちで、いかにも真意がわからない風でいってみせる橿原に、神原が笑む。

「はい。滝岡系の方と理解できるような御言葉はおっしゃっていましたが、院長とはいわれていませんでしたね。それに、他にもいろいろと誤解を招くような言い方をされていたような気がいたしますが」

にこやかに、表面は穏やかに微笑んで対峙しているようにみえる神原に、つい息を呑んで扉の近くに控えていた事務長が腰が引けたような顔をする。

 それに、ちら、と視線を向けて。

「あら、事務長。もう戻ってくれていて構いませんよ?」

「…あ、は、はいっ!では、…私はこれで、―――失礼致します!」

慌てて院長の提案に跳びついて出て行く後ろ姿を、院長がしばしあきれたように見送る。

「あら、あんなに露骨でなくともよろしいのに。神原くん、あなたも、事務長をいじめちゃいけませんよ?あれで、中々に小心者なんですから」

おっとりというと、一応咎めるように視線を向けていう橿原に神原が笑む。

「そうですか?それより、事務長はおそらくあなたが、僕に施設を紹介するときに、嘘でもないけれど、本当でもないことをいわされていたので、あれだけ焦っているのだと思いますが」

「だからですよ。そんなの当然じゃありませんか。ですから、それがばれたらこわい、と相手が思うようでは、きみもまだまだだということです」

一拍置いて、神原が院長をみる。

「まだまだ、…ですか」

「そうですとも」

微苦笑を零して、神原が返す。

「確かに、まだまだですね。事務長の件もですが、あなたが病院が潰れそうだの、いろいろ吐かれた嘘は、少し調べればわかる類のことでしたからね。僕が未熟でした」

「確かに、僕が吐いた嘘に易々と引っ掛かるとは」

感情の伺えない視線で見返していう橿原に神原が微笑む。

「否定はされないんですか」

「嘘を吐いたことですか?僕は、いくらでも嘘を吐きますからね。見抜けないきみが、その通り、未熟だったということです」

 青空が気持ち良く窓の外に広がるのを傍らに。

 にっこり、と神原が微笑む。

「確かに、僕が未熟でした」

「自覚があるのはいいことですね」

「はい」

お互いににこやかに微笑んで対峙している神原と橿原。

穏やかな青空と白い雲など意識もしていないと思われる二人共が、その音に視線を振り向けた。

 慌ただしい足音が、廊下から響いてくる。

「―――――神原!来い!おじさんの説教なんか、後にしろっ!」

突然、扉を開けて入って来たのは。

 神代光―――滝岡総合病院に勤務する外科医であり、――。

「あら、別に説教はしてませんけど」

心外ですね、と淡々と云う院長を無視して、神代が神原の手首を掴みながらいう。

 真直ぐに、黒瞳で射るように神原をみて。

「…―――神代先生、別に説教を、…―――」

「救急に患者が運ばれてくる。急性心筋梗塞に左室破裂を起こしている。血流確保しつつ緊急搬送中だ」

「…―――心筋破裂ですか」

表情が硬いものに代わり、真剣に神代をみつめる神原に頷く。

「急げ!患者のデータを先に転送してきている。心膜シート、おまえ経験あるな?俺がサブに入る。おまえが執刀しろ」

「僕が、ですか?」

「そうだ。論文読んだぞ。おまえの方が上手い。やれ。おれが補助する」

歩き出しながら、硬い表情で神原が神代を見る。

「心膜シートの準備はあるんですか」

「ある。手術室も準備に入っている」

「血流保護はどうです?脳血流の確保は?」

早足で歩きながら、神原が真剣に問うのに神代が先をみて空間を切り取るように歩きながら頷く。

「血流確保しながら運んでいる。患者は別の病院の救急を受診、そこで診断されて運ばれてくる。五十四才、男性、――――」

「若いですね。その年齢で心筋梗塞に左心室破裂が?」

「珍しい、―――――」

早足で歩いていた神代が、エレベータ前で神原を振り返る。

「体外循環は準備に入っている。神原、おまえ、できるな」

黒瞳がまっすぐ睨むように見てくるのを。

「…―――――」

無言で。緊張した視線で神原が言葉をすぐに用意できずに見詰め返す。

 エレベータが到着して。

「…――わかりました」

先に、足をすっ、と到着したエレベータに運ぶ神原に。神代が、強い視線でその姿をみて、すぐに後に続くと行く先のボタンを押す。






 神原が、半ば意識を失ったように壁の背に頭を凭れさせて、目を閉じたまま、両手を脚の間に垂らすようにしてベンチに座り。

 手術室の近くにある廊下の壁際に置かれたベンチに腰掛けたまま。

 ―――――…あれは、…――。

脳裏には、手術の映像がある。閉じた瞼に心膜シートを張り付け、破裂した左室を覆うように縫い合わせていく際の映像がみえている。無音の中に、縫い合わせる手順、処置、感染への対抗処置、…―――。

 血流の再開、――――拍動の開始、閉胸、―――――…。

「…――――――、」

何か、遣り残しはなかったか?ミスは?見逃しはないか?

縫合は完全だったか?

 シートの種類の選択は正しかったか、血管の縫合ミスはないか、―――。

 患者の心筋は、心膜は、――――…。

 この手術に耐えられるのか。

 再度、破裂、血管の梗塞、塞栓は起きないのか。

 脳血流は、…―――虚血時間の間に、脳に障害は起きてしまっていないか?

「…――――神代先生」

 人の気配に眸を開けていた。

 厳しいのか、それとも、―――…何もわからない、黒瞳が強く見つめてくるのを見返す。

どこかぼんやりと、虚脱した視線で。いや、…。

「患者をみるか」

「…―――はい」

短い問いに我に返って、背を伸ばし立ち上がる。殆ど自動的に立ち、懸念と茫然とどこか彷徨うような気配が消えない神原を、神代がみる。

「――――…こっちだ」

神代がそれだけいうのに、無言でくちびるを引き結び、神原が後に続く。




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