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光   作者: 高領 つかさ(TSUKASA・T)


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光 十




 医局で御木が、立ち会った神代と神原の手術の凄さを力説するのを、御茶の入ったマグカップを片手に吉原が聞いている。

「凄かったんですよ、本当!神代先生と神原先生、お知り合いだったんでしょうか?」

興奮していう御木に吉原が不思議そうにいう。

「さあ、どうだろう?手術、そんな凄かったの?僕はみられなかったけど」

「そうなんですって!神代先生はいつも通り凄いですけど、御二人とも殆ど会話しないのに、まるで互いのやることがわかってるみたいっていうか!それで御二人共はやくて、よりはやく終わったんですよ!」

興奮して目が輝いている御木に、一応、吉原がいってみる。

「それはさ、御木くん。きみに先読みが出来てないだけともいわない?看護師さんへの指示とか、バイタル確認とか、他の処置とかも神原先生が手順わかってて、神代先生がやりやすいように、先に必要な処置とかを、神代先生が指示する前にできてるから、はやくなってるっていう?」

「…―――――吉原先生っ!どーしてそんな本当のこというんですかっ、…」

困り顔になっていう御木の肩を、吉原が笑いながら軽く叩く。

「いやさ、本当に、経験だけどね?手順憶えて、どう補助したら相手がやりやすいか考えてやるのって、やっぱり、手術について憶えとかないと無理だからね?がんばるんだね、御木君も」

楽しげにいう吉原を、御木が眉を寄せて見返す。

「そんな困ったブルテリアみたいに眉よせても。手術の手順、地道に憶えるしかないねえ」

にやにやいう吉原を御木が睨んで、背を向けて古い喫茶コーナーに向かう。

「そんなこといってると、この昆布茶、全部呑んじゃいますから!」

やけになってマグカップに昆布茶を沢山入れようとする御木を、慌てて吉原が止める。

「まちなさいって!御木ちゃん!落ち着いて!それは、僕と三槻くんと、きみで大事に呑んでる昆布茶でしょ!せっかく、神代先生にもらった昆布茶なんだからっ、…ていうのもあるけど、そんな入れたら塩辛くて身体によくないよ?」

昆布茶をスプーンに三杯入れた処で御木が我に返って手を留める。

「…――――そうですよねっ、…。神代先生がせっかくお土産に買ってきてくれた昆布茶を、…!僕はっ、…!すみませんっ。…――!」

「仕方ないねえ、…ほら、少しこっちに頂戴」

吉原が御茶を呑んで、空のカップを隣に置いて、御木が昆布茶を一匙別ける。

「…お湯が、おや、もうでないかな」

「すみません、…。このポットも、後一ヶ月位ですね、使うの」

何とかお湯を保温ポットから二人して出してマグカップにいれながら。

 御木の言葉に、しみじみと吉原がうなずく。

「そうだねえ、…。案外はやいね。動いてる病院を新しく建てながら順次移動してくって、考えてたより数百倍大変だったけど」

「書類とか、使える機械の移動とか、何が使えるとか型が合わないとか、色々大変でしたけど、もうすぐ新しい病院に全部移るんですよね」

目を輝かせていう御木に、しんみりと昆布茶をくちにして吉原が古い医局―――物が殆どもう残っていない――を見廻す。

「…寂しい感じもするけどね。おれなんか、ずっとここでやってきたから」

しみじみとしている吉原に、御木が笑顔で背を大きく叩く。

「大丈夫ですって!三槻さんなんかは、もう向こうに移ってますし、すぐに慣れますよ!」

「…―――きみね、いっつも、先輩後輩の順序とか、よくわかってる?御木君?」

「もちろん、わかってますって!いやだなー!」

にこにこ笑顔でいう御木に、昆布茶を呑みながら、こっそり吉原が溜息を吐く。

「きみのその性格は本当にねえ。…研修、後、外科の他にどこ回る予定だっけ?」

「次に産婦人科で、最後が小児科です」

真面目に見返していう御木に吉原が頷く。

「そーか、次産婦人科か、…。てことは、第一に産婦人科は無いから、産婦人科専門病棟いくのか」

「はい、そうです!楽しみにしてます!」

「元気だねえ、…。まあさ、産婦人科、外科、小児科、どれも人材不足だから、きみにできると周囲の評価も合わせて、何とかなりそうな方に進みなさい。外科なんて、特に向いてる向いてないが激しいから。体力と手先の器用さに判断力。外科に向いてなかったら、外科医はできないからね?」

「はい、わかってます。…神代先生みたいに、凄い先生でも、昔は研修で悩まれたことがあるんでしょうか?外科医に向き、不向きがあるっていうのは、すごく良く解ります」

何か脳裏に思い浮かべるのか、真剣に頷いている御木に、吉原が昆布茶を呑む。

「まあ、神代先生は天才だから。でもねえ、天才っていうのは、努力を常に続けていける、地道な訓練を欠かさない人のことをいうんだよ?」

「ですよね、…。何で、神代先生ほどできるのに、――――――…この間、お昼ご飯食べてるときに、論文読みながら、手で糸結びの練習してたのみました。…何で、みてないのにあんなきれいに縫えるんでしょう」

「努力だね。手の練習はしておいて損はないから。休み時間にあやとりみたいに手を動かしてると、結構心が和むし」

昆布茶を呑みながらいう吉原を、御木が信じられないものをみる視線で見詰める。

「…――和むんですか?」

「和まない?こうさ、血管に針通すの想像して、いろんな縫い方あるでしょ?内膜かけるとか、こう合わせ方とかさ。それをこう、片面縫って、それから反対側縫って、最後に両脇閉じて、円完成させるの。心和まない?」

真顔で普通に本気で和むよね、といっている先輩をどう扱ったらいいのかわからなくなって。

「…――ええと、…和まないです。…しかも、血管ですか?縫うときに破れないかとか、もう色々気を使って、――――和む処じゃありませんよ!」

「ふむ」

昆布茶をしみじみ吉原が呑む。

「…和まないかねえ、…。こうほら、無心の手仕事っていうかさ?」

「だから、無心なんて域には達してませんから!」

吉原が、カップを置いて、手にハサミのようにみえる器具を持って、その先に釣り針のようにみえる湾曲をした針をつまむ動作を想い浮かべてしてみて、右手につまんだ針を、左手の器具で支えたり、抜いたりしながら縫っていく仕草をしばらくしてみて。

「…吉原さん?」

「―――うーん、やっぱり和むねえ、…。いまのは、どこを何で縫ってるつもりだったか、当てられる?」

「そんな、エア針とか当てられるわけないですよ!…―――少なくとも、腹腔鏡じゃないです」

「うん、そう其処は当たり、って、手でしてるか、腹腔鏡使ってるかは全然違うじゃないの」

「ですよねえ、…。神代先生、手も、腹腔鏡も凄いんですよね、…」

「努力が並じゃないもんねえ、神代先生。こないだ、子供が遊びに来たときに、模擬の毛糸使って、ちっちゃい編み物作ってあげてたもんね、…。腹腔鏡で。ぽんぽんみたいなの」

「マフラーみたいな、ミサンガっぽいのも作ってました」

「いつだったか、チューブ型の血管みたいなの作ってたよ」

「…それ、もらいました。…5ミリ径の血管が手術用の糸で編んでありました、…」

「ナイロンじゃないよね?」

「ないです。…血管を縫う練習用にもらいました、…」

「…がんばって」

「はい、…」

しみじみと二人が昆布茶を呑む。

 腹腔鏡は、長い棒の手許側にハサミに似た取っ手などの操作する為の手を使って操作する箇所があり、その操作が、棒の先端にある器具を動かすことになる道具で。

 遠隔になる為、手で操作する感覚が先端でどういう動きになるのかは難しくなる。思い通りに動かす為には熟練するしかない。

 さらに、実際にはカメラに映るその先端をみながら動かす為に、カメラに平面に映る画像を立体に捉え直して動かなければならないという問題もある。

 それが喩え、画像をみながらではないにしても。

「…血管編むっていうか、組紐みたいに腹腔鏡で編むなんて、どう考えても超絶器用だよね、神代先生は」

「超絶って、吉原先生使うんですか」

「うちの娘が使うから、かわいーんだ」

「…お幾つでした?お嬢さん」

「五才、もー、かわいいんだー本当、ちょーぜつー、とかいうんだよ」

思い出してうっとりしている吉原に、御木が手許の昆布茶をじっくりとながめて。

「何にしても、精進します」

「まあ、血管は編めなくてもいいけど、縫えるようにはならなくちゃね」

「…―――はいっ!」

「それにしても、後一ヶ月かあ、…」

「新しい病棟、楽しみですね!」

「そうだねえ」

昆布茶を二人それぞれの感慨の中に手にして。

 古い建物と別れる日がもうすぐそこになるのを、互いに異なりながらも、ある種同じ懐かしさと寂しさと。

 新しい場所への期待と。

 そして。



 一ヶ月後。

 新しい病院が総ての機能を移して稼働を始めて、外科チームも総てが新しい施設に移動して。




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