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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第2章

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06. 北領地、最悪のスタート

 空が低い。

 昼だというのに薄暗く、分厚い雲が空一面を覆っている。太陽はどこかにあるはずなのに、存在感がまるでない。


 『コイテン』の世界の最北、水無瀬村の門前に、私は立っていた。


 三領地のうち、桃園彩葉は迷いなく南を選んだ。


 残ったのは中央と北。


 常識的に考えれば中央が妥当だったと思う。

 北は加護が薄く、土地は痩せ、交易も不安定で、魔族領も近い。ゲーム上でも明らかな高難度マップだ。


 それでも、私は北を選んだ。


 脳裏をよぎるのは、森で出会ったあの銀髪の男の言葉だ。


 ――誰かに選ばれるのを待つな。自分の手で、切り拓け。


 門前に集まった領民たちは、揃って顔色が暗かった。挨拶の声もまばらで、小さい。

 歓迎ムードという概念は、この領地には実装されていないらしい。


 厚手の服はどれも擦り切れ、袖や裾に何度も繕った跡がある。

 門扉の木材は乾ききってひびが入り、見張り台には人影がない。

 村から漂う炊煙も少なく、昼どきにしては生活の気配が薄かった。


 貧しい。

 それだけじゃない。疲弊している。

 目の前の人たちの目には、生気より先に諦めが見えた。


 ――愛される努力すらしないお前が、果たして領民に受け入れられるのか――見ものだな。


 うるさい。

 見ものだというなら、結果で返す。


 私はひとつ息をつき、村人たちに向き直った。


「みなさん、はじめまして。わたくしは青藍澄音と申します。このたび、北領地を担当することになった恋巫女候補ですわ」


 ……まだ慣れない。


 内心は完全に「私」なのに、口から出るのは「わたくし」だ。

 異世界転移、妙なところだけ高機能である。


 沈黙のあと、年配の男が低い声で言った。


「……ここは、照国さまの光が薄い」


「そんな土地に来たってことは……あなたも神々に見捨てられたんでしょう」


「どうせ、すぐいなくなる。前に来た神殿の使いも、そうだった」


 なるほど。

 失礼だとは思う。でも、これがこの人たちの防衛なんだろう。期待して、裏切られて、それを何度も繰り返した顔だ。


 私は相手をまっすぐ見た。


「いいえ。ここは、わたくしが自分で選びましたわ」


 ざわ、と空気が揺れた。


「……自分で?」


「ええ。加護が届きにくいから来た。霊気が弱いから来た。それが理由ですわ」


 自分で口にすると、芯が通る。


「すぐに豊かになる、と無責任なことは申しません。ですが、投げ出すつもりも、見て見ぬふりをするつもりもありませんわ」


 私は声の調子を少し変えた。


「まず確認したいことがあります。備蓄蔵を預かっている方、見張りをまとめている方、病人やけが人のことを把握している方はいらっしゃいますか。最近の魔物被害と、使える荷車の数も知りたいのです」


 ざわめきの質が変わった。何人かが顔を見合わせる。

 たぶん彼らは、もっとこう……ふんわりした激励とか、神殿っぽいありがたいお言葉とか、そういうものを想定していたのだと思う。


「……何をする気だ」


「現状を把握します」


 私は門扉の蝶番に目を向けた。片側がわずかに沈み、地面を擦った跡がある。


「この門、開閉に時間がかかりますわね。木が痩せて歪んでいる。夜に慌てて閉めることになれば危険です」


 男たちの表情が変わる。


「それに、見張り台が空です。人手が足りないのですか?」


 貧困。過疎。警戒疲れ。加護の弱さ。

 問題は一つではない。複合的だ。


 そのときだった。


「待って待って待ってぇ~~!」


 張りつめた空気を、鈴みたいな声が切り裂いた。


 白いものがひゅんと視界に飛び込んでくる。

 小さくて、丸くて、もふもふしていて、やけに勢いがある。


「え……なに……」


 私の前で、その白い塊はぴたりと止まり、得意げに胸を張った。

 薄い青の瞳がきらりと光る。


「やあ! やっと会えた!」


 雪みたいに白い長毛。短い手足。まるい耳。

 猫……にしてはずんぐりむっくりしている。


「ぼくは澄音と契約してる神獣だよ!」


 ……神獣?


「え、契約なんてした覚えが――」


「してるよ! ほら、あのとき!」


「あのときって、いつですの!?」


「澄音がこっちに来る前!」


 その瞬間、脳裏にノイズ混じりの文字列がよみがえった。


 特殊アイテム『万象盤(ばんしょうばん)』付与。

 神獣契約、準備完了。

 中立存在の干渉を許可。


 ……あれか。


 私がまだ混乱している一方で、村人たちの空気ははっきり変わった。


「……神獣様?」


「そう! 神獣でーす!」


 白い毛玉――いや、自称神獣は、くるりと私の足元を回って言った。


「この子はまだ恋巫女候補だけど、ぼくと契約できるくらいには、ちゃんと資格があるってこと!」


 村人たちの視線が私に集まる。拒絶一色だった空気に、わずかに様子見が混じった。


「というわけで、よろしくね。澄音!」


「ええ。よろしくお願いしますわ」


「ねえ澄音。早速だけど、ぼくに名前をつけて!」


「名前?」


「名付けてもらうと、もっとちゃんと繋がれるの」


「……何がですの?」


「澄音とぼく!」


 だめだ、よくわからない。

 でも、白くて丸いその生き物は、期待に満ちた目でこちらを見上げていた。


「……しらたま」


「しらたま!」


 ぱあっと顔を輝かせ、白い毛玉がぴょんと跳ねた。


「うん、いいね! 今日からぼく、しらたまだ!」


 適当すぎる気もしたが、本人がこれだけ嬉しそうなら間違いではないのかもしれない。


 しらたまは満足げに胸を張り、それから少しだけ真面目な顔になった。


「ここは最北の領地だから、照国さまの光が届きにくいんだ。だから霊気の循環も弱くて、みんな元気が出ないの」


「環境が精神に影響している、ということですのね」


「そうそう。あと、魔族領が近いから、みんなずっと警戒してる。休めないんだよ」


 北領地は、単なる不人気エリアじゃない。

 日照不足と交易難に加えて、外敵への緊張が常態化している。村人たちの顔が暗いのも当然だった。


 しらたまは短い足でびしっと地面を踏んだ。


「でも、澄音は逃げないよ! 逃げるなら、ぼくが噛む!」


「噛むんですの!?」


「噛む!」


 村人たちの間に、ほんのわずかに笑いが漏れた。固まっていた空気が少しだけゆるむ。


 私はその変化を見逃さず、言った。


「わたくしの役目は、この地を立て直すことですわ。村長、あるいはまとめ役の方がいらっしゃるなら、備蓄蔵と井戸、見張り台、それから病人のいる家を案内していただきたいのです」


「病人……?」


 ぽつりと、女の声がした。


 振り向くと、子どもを抱いた若い母親が立っていた。頬が赤く、息が少し浅い。熱がありそうだ。


 私は反射的に一歩近づいたが、母親はびくりとして身を引いた。


 ――警戒されている。


 当然だ。

 私はそこで止まり、距離を詰めるのをやめた。


「……あとで、詳しく見せてくださいな」


 静かにそう言うと、母親は迷った末に小さく頷いた。


 その瞬間、ひやりと袖口を冷たい気配が撫でた。

 風ではない。もっと薄くて静かな、意識の輪郭に触れてくるような冷たさ。


 しらたまが、ぴくりと耳を立てた。


「……あ」


「どうしましたの?」


「ううん。なんでもない」


 ぜんぜん、なんでもなさそうじゃない顔で言う。


 直後、私の右手にひやりとした重みが落ちた。


 見下ろすと、いつの間にか薄い板状の道具が手の中にある。手鏡に似ているが鏡面ではない。

 銀とも氷ともつかない質感の表面に、細かな紋様が刻まれていた。


「……何ですの、これ」


「万象盤!」


 その言葉に、記憶がつながる。転移前、適性確認の最後に見た表示。


 特殊アイテム『万象盤』付与。


 使用権だけ先に寄越して、実物は今ここで出す仕様らしい。


「これで、領地の状態が見えるよ。たぶん」


「最後を不安そうに言わないでくださる?」


「だって久しぶりなんだもん……!」


 しらたまが前脚で万象盤をつつく。

 次の瞬間、板の表面に淡い光が走った。


【北領地/水無瀬村】

【霊気:低下】

【治安:不安定】

【領民信用度:極低】

【備蓄:不足】

【隠しイベント:発生予兆】


 ……は?


 見覚えのあるUIだった。

 だが、ゲーム画面で見ていたものよりずっと精密で、生き物みたいに明滅している。


 私は万象盤を凝視する。


 隠しイベント?


 しらたまも覗き込み、あ、と小さく声を上げた。


「出ちゃった」


「何がですの」


「嫌なやつ!」


 嫌なやつ、で済ませるな。


 そのとき、表示が一度ふっと消え、次の文字列が浮かび上がった。


【謎の病の流行(予兆)】

【発生条件:霊気停滞/治安低下/資源不足】

【期限:二日十四時間】


 背筋が冷えた。

 さっきの子どもの赤い頬が脳裏に浮かぶ。


 村人たちは、私の手元の光る板を不安そうに見つめていた。読めてはいないだろう。だが、良くないことが起きたのだとは察している顔だった。


「……しらたま」


「うん」


「のんびり挨拶している場合ではなさそうですわね」


「そうみたい」


 掌の上で、万象盤がひやりと脈打つ。


 恋愛で世界が回る仕組みだろうと関係ない。

 まずは、この村で起きかけていることを止める。それが先だ。

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