05. イケメン神々に、異議あり
布幕が音もなく上がる。
その奥に現れたのは、三つの玉座──そして、そこに座する神々だった。
中央の玉座には、紅の装束を纏った青年。
柔らかく波打つ金髪に、朱金の陽を宿したような瞳。ひとたび微笑めば、空間そのものが明るくなるような強烈な存在感を放つ。
彼が──照国、太陽神だ。
上手の玉座には、淡い藍色の衣をまとった青年。
長く伸ばした銀白の髪は緩やかに流れ、そのまなざしは驚くほどやさしく、どこまでも穏やかだった。
彼が──津々巳、海神だ。
下手の玉座には、深緑の衣を纏った青年。
眼鏡越しの理知的なまなざしに、揺るぎない理性の光がある。
彼が──伊主那、大地神だ。
「……こんなに近くで、神様に……」
隣で、桃園彩葉が息を呑んだ。
「よろしくお願いします、桃園彩葉と申します! 微力ではありますが、この世界のために精一杯頑張りますっ!」
ぺこりと頭を下げると、太陽神・照国が柔らかく微笑んだ。
「……愛らしいな。君には陽を集める器の素質がある。おのずと、民の心もついてくるだろう」
「は、はいっ……!」
彩葉は顔を真っ赤にしてうつむいた。
完全に、ときめいている。
まぁ、そりゃそうだろうな。ゲームの中で「攻略対象」として設計されたイケメン神たちが、目の前で微笑んでいるんだから。
海神・津々巳が、穏やかな声で口を開いた。
「二人の恋巫女候補には、霊気が枯れかけた三領地から、それぞれ一つを選んでほしい。その地を発展させることが、二人に託された使命だよ」
その言葉に、彩葉がこちらを見て、そっと微笑んだ。
「導いてくださる方がいるなら、きっと大丈夫。……澄音さんも、一緒に頑張りましょうね!」
この子、もう完全に目がハートだ。
しばらく照国の微笑みの余韻に浸っていた彩葉が、ふと思い出したように顔を上げた。
「あの……選ばれなかった最後の領地は、どうなるのですか?」
「その時が来てからわかるよ。……今は、自分が選ぶ領地のことだけ考えて」
津々巳が穏やかに答え、それ以上は続けなかった。
彩葉は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
私は内心だけで答えを補う。
——知ってる。残った領地は、最終試験の舞台になる。
恋巫女候補は神々と心を通わせ、恋愛を通じて霊気を生む。それがこの世界の仕組みだ。
だとすれば、私がこの役目を引き受けるのは——お互いにとって、無駄でしかない。
心の中でため息をつきながら、私は一歩前に出る。
「一つ、よろしいでしょうか」
照国の視線が、こちらへ向く。
——聞くなら今しかない。
「恋巫女候補としての役目を、そのまま引き受ける以外の道はありますか」
一瞬の沈黙。
それから、照国が──笑った。先ほど彩葉に向けたような笑みではない。発言の意味が理解できない、という笑いだった。
「引き受ける以外の道、だと? 恋巫女候補は、神と心を通わせ霊気を育む器としてこの場に呼ばれた。愛こそが、霊気の源——それが、この世界の理だ。……我らの役目を、軽んじる気か」
「軽んじるつもりはありません。だからこそ申し上げています。霊気を育む器が、その源を持てないとすれば——従うふりをする方が、よほど無礼ではないでしょうか」
照国の目が細められた。
「……その源を持てない、だと? それはどういう意味だ」
「私は、愛を霊気の源にできる器ではないと自覚しています」
「ならば、なぜこの場にいる?」
「……わかりません」
そう答えてから、私は言葉を継いだ。
「ですが、恋愛という形でしか役目を果たせないと決めつけるには、早すぎるとも思っています。私には、まだ確かめたいことがあります」
照国の目が、さらに細くなった。
「確かめたいこと、だと?」
「はい。……私は、“霊気の発生方法”に疑問があります。恋愛以外の形で霊気を生む可能性は、本当に存在しないのでしょうか?」
瞬間、空気が変わった。
照国の表情から、笑みがすっと消える。
「愛には様々な形がある。だが恋愛だけが、義務でも血縁でもなく、ただ自らの意志で選ぶ愛だ。そしてその感情は、最も激しく揺れ動く。喜びも苦しみも、渇望も喪失も、強く霊気を動かす。……愛に異をとなえるか。君は、恋愛という最も尊い絆を損なう存在だ」
隣で、彩葉が目を見開く。
戸惑いに揺れたまま、小さく口を開いた。
「澄音、さん……?」
「二人とも落ち着いて」
海神・津々巳の声が、ひとしずくの水のように場に落ちた。
「澄音の言い分もわかるよ。心から信じられぬものに無理に従おうとするのは、確かに霊気の乱れを生む。違う可能性を探ろうとすること自体は悪くない。……でも」
穏やかな声だった。怒ってはいない。
けれど、甘くもなかった。
「自分に馴染まないというだけで、多くの者が信じてきた価値を軽んじているように映れば、霊気も民の心も乱れるよ」
その言葉に、胸の奥がかすかに引っかかった。
反論はしようと思えばできた。でも、しなかった。
そのとき、大地神・伊主那が、初めて声を発した。
「確かに、彼女の在り方は奇妙だ。これまでの巫女候補とは、何かが根本的に異なる」
伊主那の言葉に、照国が問う。
「そんな異質なものを領地に出すつもりか?」
「異質だからこそ、観察対象としての価値がある。どの領地を選ぶか——本人に委ねればいい」
観察対象。
——わかっている。むしろ合理的だ。
やがて、照国がため息まじりに言った。
「……よかろう。愛される努力すらしないお前が、果たして領民に受け入れられるのか——見ものだな」
「実力を見せろ。それだけだ」
伊主那が短く付け加えた。
照国の視線が、澄音から離れた。
まるで、もう見る価値もないとでも言うように。
次の瞬間には、その声音は彩葉へ向けたものへと戻っていた。
「君のような娘には、私の加護がふさわしいだろう。陽は陽を引き寄せる。そう思わないか?」
「……照国様に、そう言っていただけるなんて……」
恋に落ちる速度が、乙女ゲーム並みに早い。
いや、乙女ゲームなんだけども。
ヒロインである彩葉は、それを本気で信じている。純粋に、疑うことすらせずに。
だから、彼女は神々に可愛がられる。
そして──私は、違う。
◇
控えの間に戻った瞬間、身体から力が抜ける。
脚が震えていることに気づき、苦笑する。けれど同時に、腹も据わっていた。
照国が彩葉に向けた笑顔が、まぶたの裏にちらつく。
加護を与えられる者と、観察対象。
愛される者と、データとして扱われる者。
やっぱり私は愛される側には、立てないのか。
——愛される努力すらしないお前が。
私は顔に出さなかった。
出し方を、知らなかった。
この世界が私に求めるのは、恋愛か、退場か。どちらかだ。
従うか。諦めるか。
どちらも、選びたくない。
そのとき、目の前にうっすらと文字が浮かんだ気がした。
▶︎それ以外
——これだ。
私は迷わず、その選択肢を選んだ。
小さく、指先に残る冷たい感触。
「孤心の指輪」ってやつが、静かに輝きを返してくる。
そう簡単には、いかないだろうね。なんせ協調性にマイナス補正入っちゃってるらしいから。
私は目を閉じ、深く息を吐いた。
当て馬だろうがバグだろうがコミュ障だろうが関係ない。
選択肢の外に生きる者として──私がこの世界を、選び直してやる。




