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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ
第1章

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04. ヒロイン、登場

 誘われるままに家に上がると、囲炉裏の煙と薪のはぜる音が迎えてくれた。


 差し出された湯呑みを両手で包むと、じんわりと熱が伝わってきた。

 お茶をひと口すする。味も温度も、完璧に本物だ。


「申し遅れました。私、清十郎(せいじゅうろう)と申します」


「お気遣いなく。お茶、ありがとうございます」


「お、お口に合いますでしょうか……。粗末なもので、申し訳ありません」


 清十郎さんが遠慮がちにこちらをうかがってくる。

 隣に座る奥さんは、背筋をピンと伸ばして、きれいなお辞儀つきでお茶菓子を出してきた。


「家内の八重(やえ)でございます。どうぞ、こちらもお召し上がりください」


「ありがとうございます。でも、お気持ちだけいただきますわ。……それより、少し伺いたいことがあるのですが」


 混乱を避けるためにも、丁寧な対応をキープしつつ、情報を聞き出すことにした。


「先ほど、こちらは水無瀬村とおっしゃっていましたわよね」


「は、はい。この北領地では今霊気が弱まっておりまして……神殿から"加護の種"を賜り、満月のときに村人全員で拝礼をすることでなんとかしのいでおります」


「それは……大変なことですね」


「ええ。昔は恋巫女様がいらして、守護神の加護も厚かったのですが……ここしばらくはご不在でして」


 清十郎さんが、少し声を落とした。


「ですから、貴女様のような方がお越しになると……つい、期待してしまいます」


 当たり障りのない返事をしながらも、頭の奥で何かが引っかかった。


 北領地。霊気が弱まっている。恋巫女がしばらく不在。

 ……知っている。この状況、知っている。


「私は──」


 何者なのか、まだ上手く言葉にできないまま、小さな足音がトコトコ近づいてきた。


「ねえねえ、お姉ちゃんの髪、すっごくきれい〜!」


 五歳くらいの女の子が私の横にちょこんと座り、遠慮なしに髪に触れてくる。


「こ、こら、小鈴(こすず)! やめなさい!」


 八重さんが慌てて注意するが、小鈴と呼ばれた少女はめげた様子もなく話しかけ続ける。


「猫ちゃん、だっこする?」


 少女がふわふわの白猫をそっと私の膝に乗せてきた。猫は嫌がるそぶりも見せず、勝手に落ち着いてゴロゴロ言い出す。


「ユキちゃんね、知らない人がいると押し入れに隠れちゃうんだよ。おとうのお友達でもダメなの。なのに……」


 小鈴ちゃんが不思議そうに首を傾げた。


「お姉ちゃんのことは、最初から好きみたい」


 膝の上に乗ったふわふわもこもこの毛玉をおそるおそる撫でる。

 重みも温もりも感触も、全部ある。


 ゴロゴロという振動が膝から伝わってくる中で、頭の奥がじわじわと動き始めていた。


 全ルートをクリアしたあの『コイテン』で、私は毎回、育成を担当する領地は北領地を選んだ。


 加護が届きにくく、霊気が弱く、魔族領にも近い。

 数値的には明らかに不利な選択だった。

 でも、それがよかった。変数が多いほど、やりがいがある。


 霊気推移、治安、人口減少率、交易ルートの断絶。全部が絡み合って、ひとつ動かすと別のどこかが揺れる。

 あの複雑な北領地のデータを、私は今でも覚えている。


 そして今、その“データ”が目の前にある。


 清十郎さんと八重さんの少し沈んだ表情。薪を割る音。お茶の湯気。

 ゲームの画面で見ていた「北領地の現状」が、においも温度も重さも持って、ここに存在している。


 ……本当に、私が青藍澄音なのだろうか。


 まだ確信が持てない。この身体も、この名前も、どこか他人事のような感覚が抜けない。

 でも、北領地の状況が記憶と一致している事実は変えられない。


 答えが出そうになったそのとき、外の空気が急にピリッと変わった。


 猫が膝からピョンと下りて部屋の奥に走り去り、小鈴ちゃんが不安そうに私を見上げた。


 直後、玄関のほうから妙な気配が押し寄せた。

 戸口が開き、白装束の男たちが数人、無言で入ってくる。


「青藍澄音。なぜ、こんな場所にいる」


 その中のひとりが前に出て、淡々と告げる。


「貴女は神殿の正式な召喚対象。無断行動は重大な秩序違反と見なされます」


「お、お待ちを! この方は、今ようやく落ち着かれたばかりで──」


「下がれ」


 清十郎さんがあわてて立ち上がるけど、白づくめ男の一言でピタッと動きを止められた。


 私は立ち上がって言った。


「状況を説明していただけるかしら?」


「説明は神殿で行われます」


 はい、問答無用。なんなのその高圧的な態度。


 文句を言おうと思ったけれど、そんな暇もなく、男の手元にパッと光が走ったと思ったら、何かに全身を包まれるような感覚が広がった。


「きゃ、何ですのこれ──」


 身体がふわっと浮く。

 視界が白く塗り潰され、耳がキーンと鳴る。

 思考が、途切れた。


 白装束の男たちとともに、私は完全に別の場所へと一瞬で移動したのだった。


 ◇


 案内されたのは、広くて静かな空間だった。

 高い天井、布の垂れ下がる壁、磨かれた床。音の反響すらない、張り詰めた空気。


 ──ここ、見覚えある。


 ゲーム『恋巫女と天瑞星の神々☆』。

 ヒロインが神様たちと初めて対面する、あのイベントシーンの舞台だ。


 ということは──ここは、やっぱり『コイテン』の世界なのか?


 頭が追いつく前に、もう一人の存在に気づいた。

 赤茶のゆる巻き髪に、淡い珊瑚色の瞳。ふんわりした笑顔が、まさにヒロインそのものだった。


「はじめまして。私、桃園彩葉(ももぞのいろは)です」


 ──来た。答えが。


 桃園彩葉。コイテンのヒロイン。恋巫女候補として神々と恋愛しながら世界を救う、物語の中心にいる人物だ。


 彼女がここにいるなら、私の立ち位置は決まった。

 恋巫女候補はふたり。ヒロイン枠はもう埋まっている。


 つまり私は──青藍澄音。ヒロインの"ライバル"だ。

 彩葉の恋路を脅かす、もう一人の恋巫女候補。ルート分岐にスパイスを入れる当て馬ポジション。


 ……やっぱりそっちか。よりによって。


 それにしても。

 恋巫女候補の召喚が、有無を言わさない連行スタイルだなんて、ゲームのどこにも書いてなかった。


「……あなたが、青藍澄音さん……?」


 彩葉が少し戸惑ったようにこっちを見る。


 うっ……こうやって生で見ると、ヒロインの輝きが眩しすぎて直視できない。


 ──恋巫女候補は、二人。

 でも、物語の中心に立つのは、私じゃない。


 彩葉。──妹も、同じ名前だった。

 明るくて素直で、周りに愛される子。私はその隣で、ただ黙って努力してた。

 比べられて、負けて、何も言えなかった。

 最初にヒロインの名前を知った時は、何とも言えない気分になったっけ。


「あの、澄音さん……?」


「え、あ、失礼しました。はい、私が青藍澄音ですわ。よろしく、桃園さん」


「よかった! 一人で心細かったから……」


 彩葉が安堵したように笑う。その瞳が、ほんのり潤んでいる。


 ……心細い、か。


 そうやって素直に言える人間が、私はずっと羨ましかった。

 心細いと口に出して、誰かに受け取ってもらえると当たり前のように信じられる人間が。


 私はその言葉を、上手く飲み込めないまま、「ええ、よろしくお願いいたしますわ」とだけ答えた。


 ──そのときだった。


 視線を感じた。重くて、鋭くて、全身に刺さるような視線。


 気づけば、空気が変わっていた。

 正面の幕の奥から、言葉も音もないのに"圧"が降りてくる。


 太陽。海。大地。

 この世界の三柱の神が、こっちを見ている。


「……恋巫女候補、桃園彩葉、青藍澄音。よく参られた」


 名前を呼ばれた。


 え、私?


 ──いや、そうだよね。

 私も一応"もうひとりの恋巫女候補"ってことになってるんだよね。


 でも、嘆いている暇はない。

 主役が誰かなんてどうでもいい。

 生き残るためにも、この世界の仕様を、まずは把握しなければ。

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