表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

03. ライバル恋巫女候補、北領地で目覚める

 冷たい空気が、肌に触れた。

 しんと静まり返った森の気配の中、私はゆっくりと目を開ける。


 空は薄曇り。吐いた息がうっすら白くなる。凍てつくほどではないが、身体の奥にじわりと冷えが染み込んでいた。


 頭が重い。寝起きの倦怠感とは違う、何かを深く消耗したあとのような、妙な鈍さが残っている。


 身体を起こすと、背に当たったのは柔らかいソファではなく、湿った土と落ち葉の感触だった。


 ……あれ? 私、昨日は自宅のリビングで、ソファに座ったまま──


 記憶にアクセスするたびに、妙なラグがある——まるでクラウドストレージの同期が終わっていないみたいな感じだ。


 ゆっくりと顔を上げると、木立のすき間から淡い光が差し込んでいる。風のざわめき、小鳥のさえずり、落ち葉と土のにおい。どれもが、あまりに生々しくて。


 完全に、森の中だった。


 混乱のまま立ち上がると、違和感が一気に押し寄せた。

 視界が鮮明すぎる。風の音が立体的に響く。匂いが濃密で、空気に重みがある。


 思考がまとまる前に、背後から微かな気配がした。


「……想定外だな。最初にここへ落ちてくるのが、君だとは」


 低く静かな声が、背後に響いた。

 振り返った先に、ひとりの青年が立っていた。


 銀の髪。氷を溶かした水のような薄青の瞳。儚いほど整った顔立ちに、まっすぐに伸びた長身。

 彼は微動だにせず、ただそこにいるだけで、空間ごと静止させるような存在感を放っていた。


「……どなた?」


 声が自然と出ていた。


「名乗る必要はない。私は観測者にすぎない」


 彼は視線をこちらには向けず、空の一点を見つめたまま、言葉を継いだ。


「ここは、強く望んだ者だけが辿り着く場所だ。誰かに選ばれるのを待つな——自分の手で、切り拓け」


 薄く、笑っていた。

 何かを返そうと口を開いた瞬間、視界の端で銀の影が揺れた。

 反射的に目を瞑って、開いたときにはもう誰もいない。

 足音も、気配も、あの冷気さえも——跡形もなく、消えていた。


 ……何、今の人。いや、人?


 明らかに"ゲームに出てくるイケメンキャラ"の造形だけど──それにしてもリアルすぎる。


 記憶をたぐる。あんなキャラ、実装予定にも、没データにもいなかった。

 それにあのセリフの言い回し。ライター陣の誰とも文体が違う。


 そのとき、冷たい風が一吹き、私の髪をさらった。


「っ……」


 首元に何かが当たる。手をやると、指先に絡んだのは、絹糸のように柔らかな髪。


 ……え?


 胸まである、薄い銀髪。しかも、さらさら。


 水色がかった着物風の服。控えめな刺繍と異国風の意匠。身体は細く、肌は白く、顔は……顔は……


 顔に触れると、明らかに私の骨格ではなかった。

 頬骨も顎のラインも、目元の感覚も違う。指先の皮膚も、声の出し方すらも、別人のようだ。


 苔むした石にわずかに溜まった水面が、鏡のように揺れていた。

 そこに映っていたのは、見知らぬ女だった。


 ──誰よ、これ。


 整いすぎてて、感情が読み取れない。

 不気味だ――と、まず思った。それと同時に、どこかで見た気がした。


 ここまで質感のあるVRなんて、現実世界に存在しない。

 夢にしては精密すぎる。記憶の再構成じゃない。これは、完全に"別の現実"だ。


 そのとき、枝の揺れる音がした。反射的に顔を上げると、一軒の民家が見えた。わらぶき屋根、薪を割るオジサン、畑の匂い。


 状況を把握しきれないまま、一歩踏み出すと、オジサンがこちらに気づいて目を見張った。


「お、お嬢さん!? こんなところでどうされたんですか……! お怪我は……?」


「……いえ。大丈夫ですわ。ここは、どちらでしょうか?」


 え、と内心で息を呑む。


 なんで私、今……こんな喋り方──


「申し遅れました。私、青藍澄音(せいらんすみね)と申します」


 ……え。


 咄嗟に名乗ろうとして出てきたのは、自分の名前ではなかった。

 私は西岡ハツヱだ。なのに口が、勝手に——


 青藍澄音。

 この名前、知っている。ついさっきまで確かに知っていた。なのに、どこで知ったのかが、靄の中にある。


「は、はい! ここは北領地にある水無瀬村(みなせむら)でして……もしや、貴女様は神殿からのお方で……?」


 北領地。水無瀬村。

 その言葉が、記憶の端をかすめた。


 思考の整理が追いついていない。変数が多すぎる。どこから手をつけるべきか——


 男が、なおも不安げに言った。


「よろしければ、うちへお越しください。お茶ぐらいしか出せませんが……」


「……ありがとうございます。少しだけ、お邪魔いたしますわ」


 違和感はあるのに、なぜかスムーズに喋れてしまう。

 まるで"この身体"に、台詞が染みついているみたいだった。


 民家へと歩き出しながら、頭の中で情報を並べる。

 青藍澄音、という名前。北領地。水無瀬村。「神殿からのお方」。

 それから、自動的に出てきた言葉遣い、「ですわ」。


 記憶の引き出しが、ゆっくりと開いた。


 乙女ゲーム『恋巫女と天瑞星の神々☆』。

 略してコイテン。私が開発に携わった、あのゲームだ。


 そこに登場する、ヒロインのライバル恋巫女候補。

 水色がかった銀髪。青い瞳。整いすぎて何を考えているのかわからない顔。

 ——さっき水面に映った、あの顔だ。


 青藍澄音。


 ……私が、その青藍澄音に、なっている?


 ラグがかかったままの頭で、もう一度確かめる。

 "青藍澄音"という名前が、"私"という感覚に、まだ馴染んでいない。

 まだここが本当にコイテンの世界かどうかは断言できない。この身体が私のものだとも、まだわからない。


 でも、『青藍澄音』と『北領地』と『恋巫女候補』は、確かに繋がった。


 まずは、観察だ。

 わからないことは今すぐ断定しない。それが、私のやり方だから。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

本日は3話まとめて投稿しましたが、今後はゆっくりペース(できれば週1目標)での更新になります。

感想やブックマークをいただけると、続きを書く大きな励みになります。

引き続き、澄音(中身はハツヱ)の領地経営を見守っていただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ