02. 適性確認、開始
選択肢を「はい」に合わせた瞬間、画面にノイズが走った。
「……え?」
視界が、白に塗り潰される。
まぶしい、というより、五感すべてが急速に剥ぎ取られていくような喪失感だけが残った。
次に意識が浮上したとき、私は“何もない空間”に立っていた。
背景も、足元もない。視界の端だけが、砂嵐のようにゆらゆらと揺れている。
夢にしては情報量が多い。ゲームのロード画面に似ているが、こんな演出は見たことがない。
そのとき、どこかで聞いたことのある女性の声が響いた。
「Super Hardモードへようこそ。これからあなたの適性を確認します」
……この声、ゲームのナレーションだよね。でも、こんなセリフ、あったっけ?
考える間もなく、視界の中央に選択肢が浮かび上がる。
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【質問1】あなたが信じる“強さ”とは?
▷ A. 努力
▷ B. 優しさ
▷ C. 計画性
▷ D. 愛情
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見慣れたテンプレ構成。乙女ゲームでよくある“性格診断式スタート”だ。
でも、こんな分岐構造、あっただろうか。スキルやルートに影響する仕様は、開発中に一度も聞いた覚えがない。
……とはいえ、立ち止まっていても進まない。選ぶしかなさそうだ。
努力も優しさも否定しない。けれど私にとって強さとは、感情に振り回されず、状況を見極めて最適解を組み立てる力のことだ。
先を読むこと。崩れない手順を作ること。
だから、選ぶならC——計画性。
「『洞察補正』を取得しました。洞察力にプラス補正が入ります」
……洞察補正?
計画性を選んだのに、そこで補正が入るのかと一瞬ひっかかった。
けれど、すぐに腑に落ちる。先を読むには、まず物事の本質を見抜かなければならない。
見当違いの理解の上に、まともな計画なんて立てられない。
なるほど。そういう形式なのね。
淡々と処理しながら、胸の奥にかすかな興奮が灯る。スキル名も取得条件も、私は知らない。
ゲームの全体設計を把握していたつもりだったのに、これは完全に未知のデータだ。
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【質問2】あなたが一番守りたいものは?
▷ A. 矜持
▷ B. 未来
▷ C. 日常
▷ D. 絆
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再び現れた選択肢。今度は“守りたいもの”か。
問われるまでもない。
私はずっと、誰かの期待にも、役割にも、自分に課した義務にも、自分なりの答えを出してきた。
あの子のように誰かに甘えたこともない。愛嬌で乗り越えられたこともない。
私が頼れたのは、自分自身だけだった。
「A、矜持」
やや乾いた声で、答える。
「『不屈の矜持』を取得しました。精神干渉への耐性が上昇します」
不屈の矜持?
一瞬、意味を測りかねる。
その直後、胸の奥に、見えない芯が一本通ったような感覚が走った。
目には見えないのに、自分の内側に薄い壁が一枚増えたような、不思議な手応えが残る。
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【質問3】あなたは困難にどう向き合いますか?
▷ A. 正面から分析して乗り越える
▷ B. 誰かに頼る
▷ C. 気持ちで突き進む
▷ D. 迂回して安全策を取る
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本気で聞いてるの?
思わず苦笑する。
BもCも、私には“判断を他所に預ける”選択に見えた。
Dは嫌いじゃない。でも、まず構造を見なければ対処は決められない。
「Aに決まってる」
「『霊気解析』を取得しました。世界の霊気の歪みが、一部視認可能になりました」
"世界の歪み"——その言葉が、やけに耳に残った。
一瞬、視界が複数の層へ分解された。円、直線、散布図のような構成——見覚えのないデータ構造だ。
次の質問が、すぐに現れた。
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【質問4】あなたの最大の弱点は?
▷ A. 短気
▷ B. 臆病
▷ C. 頑固
▷ D. 悲観的
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「……痛いところを突いてくるな」
思わず声が漏れる。
誰にも頼れなかった自分。甘えようとして叱られた、あの日の記憶。愛嬌のある妹の、あの無邪気さ。
私だって、嫌というほどわかってる。
助けてほしくても言えない。頼れば楽になる場面でも、意地を張ってひとりで抱え込んでしまう。
そういう頑なさが、自分の弱さだ。
「C、頑固」
その瞬間、右手の人差し指にひやりとした感触が走った。
細い銀の指輪が、まるで最初からそこにあったかのように、しっくりと馴染んでいる。
「『孤心の指輪』を取得しました。協調性にマイナス補正が入ります」
ちょっ……! 協調性マイナスって。
図星だった。
図星だからこそ、改めて言語化されるとさすがにちょっと、ぐさっとくる。
――言われなくてもわかってるよ。空気読めないって。
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【質問5】あなたは、この世界で何を望みますか?
▷ A. 自分が愛されること
▷ B. 誰かの笑顔を守ること
▷ C. 世界の平穏を守ること
▷ D. 自分の手で未来を作ること
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考えるまでもない。
誰かに与えられる幸せじゃなくて、自分の足で立って、選び取る未来が一番いいに決まってる。
「Dしかない」
「『分岐逸脱』を取得しました。選択肢から逸脱し、あり得なかった未来を選ぶ権利を付与します」
その瞬間、空間全体が軋んだように揺れた。
足元に幾何学模様の盤面が広がる。幾重にも重なった線と光が、静かに回転を始める。
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特殊アイテム『万象盤』付与
神獣契約、準備完了
中立存在の干渉を許可
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「……ちょっと待って。そのアイテムはいったい……」
思考が最後まで至る前に、視界が閃光に包まれた。
「Super Hardモード、開始します」
床が崩れる感覚。
夢でよくある、重力が反転するような、無音の落下。
あ、これ、夢ならここで目が覚めるやつだ。
けれど、十年かけて積み上げた"私の日常"は、いつまでたっても戻ってこなかった。




