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好感度マイナスの恋巫女候補に転移しましたが、領地だけは建て直します  作者: 御堂あゆこ


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01. 年越しと、Super Hardモード

 年末年始の休暇に、特別な予定はない。

 それは不満でも寂しさでもなく、ただの事実だった。


 連休が近づくと、世間はすぐ“誰とどんなふうに過ごすか”の話ばかりになる。私はあれが苦手だ。

 家族や友人と過ごすのが嫌いなわけじゃない。ただ、気力と体力を使う。

 一人でいる方が、ずっと合理的だ。


 暖房の効いたリビングで、私はソファに腰を下ろし、ノイズキャンセリングヘッドホンを装着する。

 一人暮らしだから音に気を遣う必要はない。

 それでも、外界の音を遮断して集中できるこのヘッドホンは手放せなかった。


 画面に表示されたタイトルロゴを見て、少しだけ眉をひそめる。


恋巫女(こいみこ)天瑞星(てんずいせい)の神々☆』


 略してコイテン。――いわゆる乙女ゲームってやつだ。

 恋愛なんて、だいたいどの作品にも入っている。それ自体は珍しくもない。

 けれど、それが主軸になると途端に興味が失せる。


 私はこのゲームのクライアントエンジニアとして開発に関わっていた。

 UI設計、挙動調整、数値表示の最適化。

 恋愛イベントの甘い台詞も、きらびやかな演出も、私にとっては全部“仕様”だった。

 だからこそ、プレイヤーとして遊ぶ気は、今までなかった。


 けれど、やることがない。十連休の三日目にして圧倒的な暇を手に余している。

 本当に、それだけの理由で、私はコントローラーを手に取った。


「……確認のため、ってことで」


 誰に言い訳するでもなく呟いて、ニューゲームを選択する。


 最初は想定どおりだった。

 パラメータ、好感度、会話選択肢。テンプレート化された導線。


 ――はいはい、そういう感じね。


 ところが、領地育成フェーズに入った途端、評価が変わった。


 資源管理、治安、住民満足度、霊気バランス。

 数字がきれいに連動している。UIも過不足なく、ログも見やすい。


「……これ、数値設計した人、かなり信用できる」


 身内びいきがなかったとは言えない。

 それでも、ゲームとして普通に面白かった。


 気づけば私は、恋愛イベントを最短で飛ばし、領地運営に没頭していた。

 効率の悪い選択肢は切る。遠回りに見えても安定するルートを選ぶ。

 数値は着実に積み上がっていった。


 そのまま、全ルートをクリアしていた。


「……やりきった」


 エンドロールを眺めながら、胸の奥に小さな達成感が広がる。


 ――西岡ハツヱ(にしおかはつえ)


 私の名前がエンドロールに流れていく。


 この“ヱ”の字を初見で読めた人間は、ほとんどいない。

 古い、変わってる、どうしてそんな字なの。

 そう言われるたび、自分の名前が少しずつ好きじゃなくなった。


 対して、妹の名前は彩葉と書いて「いろは」と読む。柔らかくて、今の時代にも似合う、誰が見ても女の子らしい名前だ。

 両親がどちらの名前に愛情を込めたか、子どもの頃からなんとなくわかっていた。

 だから、自分の名前を好きになったことは、一度もなかった。


 それでも今回は――少しだけ誇らしかった。


 恋愛要素は最後までピンとこなかったが、仕事として、構造として、この世界は嫌いじゃない。


 コントローラーを置いた瞬間、どっと疲れが押し寄せた。時計を見るともうすぐ午前4時。

 31日の午前中からゲームを始めて、そのまま年を越してしまったようだ。道理で眠いわけだ。


 エンドロールの最後、見覚えのない空白行がひとつだけあった。

 何かの表示崩れかと思ったが、眠気に負けてそのまま目を閉じた。


 ――このままちょっと眠ろう。


 ◇


 次に意識が浮上したとき、目の前には見慣れたゲーム画面があった。

 ただし、現実のテレビではない。夢の中だと、直感的にわかる。


 画面がノイズを走らせ、ゆっくりと文字が浮かび上がる。


△▼△▼△▼△▼△

【Super Hardモード 異界ルートへ進みますか?】

 ▷はい

 ▷いいえ

△▼△▼△▼△▼△


「……聞いてないんだけど」


 思わず呟く。

 こんな仕様、実装した覚えはない。


 脳裏に浮かぶのは、没になった企画書の断片。


 マスターアップまでの揉め方を思い出す。

 今までにない乙女ゲームを作りたいシナリオライターと、売れればいいディレクター。

 あの二人は、最後まで噛み合わなかった。


 没になったはずの何かが、まだ内部に残っていたのだろうか。


 画面の「はい」が、静かに光る。


「……そこまで揉めた理由、見せてもらう」


 全体の進行を遅らせてまで創りたかった作品がどんなものなのか知りたくて、私は迷わず「はい」を選んだ。

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