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第8話 気づかれない救い

静かな夜に、

誰にも知られない出来事がありました。

時が止まったような夜。

その静けさの中で、

ソレイユは地上に降り立った。


そこには、

すでにルミエールが待っていた。


言葉を交わさなくても、

二人の目的は同じだった。


――病院の上。


そこだけ、

不自然に黒い雲が滞留している。


雨も風もない。


雲の内側には、

歪んだ闇の魔法陣が浮かんでいた。


誰の目にも映らない。

けれど、

世界は確かに、静かな異変を抱え込んでいる。


「……急がないと」


ソレイユが言う。


「このままじゃ、

ノアールの命が持たない」


ルミエールは、

一瞬だけ目を伏せ、

すぐに頷いた。


「ええ。

放っておけば、

世界の歪みは広がる」


「行きましょう」


二人は、

人の気配のない場所を選び、

病院の近くまで向かった。


誰にも気づかれないように。

監視カメラにも、

記憶にも残らない形で。


病院の上空。


闇の魔法陣は、

ゆっくりと回転しながら、

重たい空気を生み出している。


攻撃ではない。


ただ、

世界が均衡を失いかけている印。


「――ここね」


ソレイユが、

静かに息を吸う。


ルミエールは、

指先をわずかに動かした。


派手な詠唱も、

強い光もない。


ただ――

確かな力が、

静かに放たれる。


青い光が、

細い糸のように伸び、

闇の魔法陣に触れる。


同時に、

金色の光が、

包み込むように広がった。


闇は、

抵抗しない。


音もなく、

崩れるように、

ほどけていく。


魔法陣は歪みを失い、

形を保てなくなって――

空へと溶けた。


黒い雲が、

ゆっくりと流れ出す。


切れ間から、

星が現れる。


月が、

驚くほど澄んだ光を放っていた。


まるで、

最初から何もなかったかのように。


「……これで、空は戻った」


ソレイユが小さく言う。


「でも――

ノアールには、

まだ支えが必要」


ルミエールは、

病院の建物を見つめた。


集中治療室の位置は、

すでに分かっている。


「気づかれないように」


「ええ。

“治療”じゃない」


「ただ、

命の流れを繋ぐだけ」


誰にも見えない場所から。


青い光と、金色の光が、

静かに、

病室へと向かった。


壁も、

距離も、

存在しないかのように。


光は、

ノアールの身体を、

一瞬だけ包む。


まぶしくない。

あたたかい。


それは、

「生きろ」と命じる光ではない。


「戻ってこられるようにする」光。


集中治療室。


心電図の波形が、

ゆっくりと、

整っていく。


看護師は、

モニターを一度見て、

首を傾げるだけだった。


「……数値、落ち着いてますね」


理由は、

誰にも分からない。


奇跡だと、

思う人もいない。


病院の外で。


ソレイユは、

夜空を見上げ、

小さく息を吐いた。


「……もう、大丈夫」


「一命は、

取りとめたわ」


ルミエールは、

月を見つめたまま、

静かに言う。


「ええ」


「目を覚ますかどうかは、

あの子次第」


「でも――

戻る道は、

ちゃんと残した」


二人は、

それ以上何も言わず、

夜に溶けていった。


誰にも、

気づかれないまま。


その様子を、

ひとつの影が見つめていた。


病院の向かいの建物の影。

街灯の届かない場所。


そこに、

黒猫が座っている。


金色の光がほどけ、

青い気配が夜に溶けていくのを、

じっと、目を逸らさずに。


人の気配が戻ると、

黒猫は、静かに尻尾を揺らした。


そして――

何事もなかったように、

夜の街へ消えていった。


病院の上には、

澄んだ星空が広がっている。


何も起きていない。


――そう、思われる夜だった。

読んでいただきありがとうございます。

物語は、静かに次へ進みます。

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