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第87話 消えた熱

浄化は成功した。


闇は消えた。


それでも――


失うものは、ある。

スタジオの空気は、乾いていた。


昨夜のようなざわめきはない。

奇跡も、熱も、ない。


「本番いきます」


ノアールは息を整える。


演技はできる。


台詞も、感情も、作れる。


カメラが回る。


海斗が近づく。


視線を絡める。


声は震えない。

涙も出る。


抱き寄せられる直前――


ほんのわずかに、身体が引いた。


一瞬。


「……カット」


監督はモニターから目を離さない。


「悪くない」


間。


「前は、もっと踏み込んでたな」


現場が静まる。


ノアールはうなずく。


分かっている。


前回は壊れてもいいと思えた。


凛の彼氏だと知っていても、

踏み込めた。


今は違う。


抱き寄せられた瞬間、

理性が先に立つ。


熱が、削がれる。


「もう一回いこう」


今度は引かない。


胸ぐらを掴み、視線を叩きつける。


完璧だ。


けれど――


燃えていない。


「一度、休憩入ります」


現場がゆるむ。


スタッフが動き出す。


メイク直し。

飲み物。

機材の調整。


ノアールは椅子に座る。


目の前に、海斗。


距離は近い。


けれど、話さない。


前は違った。


休憩中も自然に言葉があった。


台詞の確認。

軽い冗談。

笑い声。


今日は、ない。


ペットボトルの蓋を開ける音だけが響く。


視線が一瞬だけぶつかる。


すぐ逸れる。


レンは少し離れた場所に立っている。


スマホを見ているふり。


指は止まっている。


前なら、声をかけていた。


「次、俺からだよな」


そんな一言が、自然だった。


今日はない。


誰も踏み込まない。


凛だけが台本を閉じる。


「次のカット、感情の流れ変わるから」


静かな声。


私情は混じらない。


それが、いちばん冷たい。


休憩なのに、休まらない。


レンのシーン。


「俺から逃げられると思ってる?」


距離を詰める。


顎に触れそうな指先。


だが――


刺さらない。


甘い毒が、効かない。


ノアールは揺れない。


揺れないから、熱も立たない。


レンの胸に浮かぶのは、


海斗とのキス。


そして一夜。


(俺には、そこまで堕ちなかった)


苦い。


だが同時に、桜の下のベンチがよぎる。


夕暮れ。


泣き崩れていたのは自分だ。


(あの桜の下で、崩れていたのは俺だ)


責める資格はない。


それが、余計に自信を削る。


凛のシーン。


一発OK。


涙は一滴。


完璧。


海斗の揺れも、

レンの迷いも、


凛は見逃していない。


ノアールの隣に立つ。


「私の彼氏だと思わなくていい」


呼吸が止まる。


「ドラマの主人公として、愛しなさい」


責めない。


問い詰めない。


「あなたは主演でしょ?」


それだけ言って去る。


背中は強い。


モニターに映る自分。


綺麗だ。


色気もある。


視線も、仕草も、計算通り。


けれど。


触れたら火傷しそうな、

あの危うい妖艶さがない。


抱き寄せられた瞬間、


理性が勝つ。


胸の奥で理解する。


(凛の彼氏に、もう堕ちられない)


闇が消えた証拠。


正しい。


でも――


主演としては、


武器を失ったのと同じだった。


ライトが落ちる。


誰も崩れない。


それでも確かに、


熱は消えていた。

誰も叫びません。


誰も壊れません。


でも、空気は変わりました。


闇が消えたことは、

正しいこと。


それでも――

“正しさ”は、必ずしも武器にはならない。

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