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第81話 「覚えている側」
覚えている側と、忘れている側。
同じ夜を見ていても、
背負う重さは違う。
雨は止んだ。
でも、あの夜は終わっていない。
眠れなかった。
目を閉じるたび、雨の音が戻る。
人工のはずなのに、冷たい。
ノアールの指が海斗の襟を掴んだ瞬間。
自分から、踏み込んだ瞬間。
あの目。
あの温度。
レンはベッドに座ったまま、息を吐く。
「……またか」
声は小さい。
誰もいない部屋。
スマホを見る。
既読はつかない。
かけ直さない。
分かっている。
今は届かない。
雨の中のあの顔。
あのときと同じだった。
小さな手。
震えながら、本を開いた夜。
「会わせてあげる」
泣いていたのは、自分だ。
ノアールは覚えていない。
自分だけが覚えている。
白い花の匂い。
冷たい風。
あのとき、何かが返ってきた。
優しさじゃなかった。
レンは拳を握る。
「俺のせいだ」
止めなかった。
止められなかった。
だから今も。
ノアールが強く感情を動かすたび、
あれは目を覚ます。
海斗を責める気はない。
ノアールも責められない。
責めるなら、自分だ。
窓の外は白い朝。
レンは目を閉じる。
次に会ったら。
今度こそ。
逃げない。
忘れていることは、罪ですか。
覚えていることは、罰ですか。
優しさで始めた魔法は、
今も静かに息をしている。
次に壊れるのは、
誰の理性でしょうか。




