第7話 祈りは空へ
静かな夜、
想いだけが揺れている時間のお話です。
ノアールは、もう何も知らなかった。
体育館の床の冷たさも、
揺れる天井も、
自分の名前を呼ぶ声も。
すべては、
遠い場所へ沈んでいった。
集中治療室。
白い天井の下で、
ノアールは静かに横たわっている。
身体の状態を示す機械が、
淡々と音を鳴らしていた。
ショコラは、
その音が止まってしまうのではないかと、
気が気ではなかった。
ブランシュは、
一歩後ろで立っている。
表情は落ち着いている。
少なくとも、そう見えた。
医師は、静かな声で言った。
「……意識が戻らない状態です」
「今は、経過を見守るしかありません」
ショコラは、
思わず息を詰めた。
「そんな……」
声にならない言葉が、
喉に引っかかる。
ブランシュは、
黙って頷いた。
その横顔は冷静だったが、
指先は、わずかに強く握られていた。
時間が過ぎる。
昼から夜へ。
夜から、また朝へ。
ノアールは、
一度も目を覚まさない。
ショコラは、
ベッドのそばを離れられなかった。
昨日……。
私が、怒らせた。
そのせいで、
ノアールは晩ごはんを食べなかった。
今朝も――
機嫌が悪いまま、
朝ごはんを食べずに学校へ行った。
(私が……)
(私が、もっと大人だったら……)
そんな考えが、
頭の中を何度も巡る。
理屈じゃない。
ただ、
「私のせいかもしれない」
その思いが、
ショコラを追い詰めていった。
病室の空気が、
耐えられなくなった。
ショコラは、
静かに立ち上がる。
「……少し、外に行ってくる」
ブランシュは、
一瞬だけショコラを見る。
止めることも、
引き留めることもせず、
小さく頷いた。
「……うん」
その声は落ち着いていた。
けれど、
ショコラが扉を閉めたあと、
ブランシュは、
ノアールのほうを見つめ直す。
(……お願い)
声には出さない。
出したら、
自分も壊れてしまいそうだったから。
屋上。
夜の空気は冷たく、
風はほとんどなかった。
空が、低い。
病院の上だけ、
黒い雲が溜まっている。
雨は降らない。
雷も鳴らない。
ただ、
嫌な予感だけが、
胸に残る。
ショコラは、
フェンス越しに空を見上げた。
「……神様……」
声は震えた。
「ノアールを……
助けてください……」
その直後。
遠くの空で、
光が、ゆっくりと動いた。
流れ星にしては遅く、
飛行機にしては静かすぎる。
円を描くように、
夜空を横切って、
消えた。
「……今の……?」
ショコラは、
しばらく空を見つめ、
やがて首を振った。
「……気のせい、だよね……」
集中治療室では、
ブランシュが、
ノアールのそばにいた。
表情は変わらない。
けれど、
その胸の奥では、
同じように祈っていた。
空の黒い雲は、
まだ消えていない。
何も、
変わっていない。
それでも――
この夜、
二つの願いが、
確かに空へ放たれた。
※つづく(第8話へ)
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