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第70話 開いたページ

流れだけが先へ行って、

気持ちはまだ途中にいた。

発表会場の熱は、外に出るともう残っていなかった。


夜の空気は静かで、少しだけ冷たい。


照明の名残がまぶたの裏に残っている。


スタッフの流れがほどけていく中で、レンが足を止めた。


「連絡先、交換しておこう」


仕事の声だった。


自然で、事務的で、逃げ道がない言い方。


ノアールは一瞬だけ迷ってから、端末を出した。


画面が近づく。


距離も近い。


指先が触れそうで触れない。


登録が終わる。


それだけのはずなのに、呼吸が少しずれた。


「これで現場、楽になる」


レンはいつもの整った声で言う。


それ以上は踏み込まない。


でも視線だけが残った。


別れの動線が分かれる。


振り返らなかったのに、見られている気がした。


歩き出してすぐ、通知が鳴る。


短いメッセージだった。


『今日はお疲れさま』


それだけ。


余計な言葉はない。


なのに、温度だけがあった。


端末を閉じても、余韻が消えない。


帰宅して、上着を脱ぐ。


部屋は静かだった。


封筒がテーブルに置いてある。


今日渡されたものだと、少し遅れて思い出す。


何気なく開けた。


台本だった。


厚くも薄くもない。


普通の重さ。


ページをめくる。


何気なく開いたページで、


手が止まった。


一行、目に入る。


その場面。


その距離。


その感情。


――これを、演じる?


心拍だけが先に上がる。


ページを閉じた。


それ以上、進めなかった。

動き出したはずなのに、

心だけが立ち止まる瞬間があります。

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