第67話 桜のノイズ
光に包まれた華やかな場所ほど、
心の奥のノイズは隠せない。
思い出してはいけないはずの感覚が、
静かに近づいてくる回です。
フラッシュの光が、何度も瞬いた。
白い閃光が視界を焼く。
拍手。
シャッター音。
名前を呼ぶ声。
現実の音が、少し遠い。
ノアールは微笑みを作ったまま立っていた。
表情筋だけで保つ、仕事の顔。
胸の奥だけが騒がしい。
《思い出して》
声がまた響く。
さっきより近い。
頭の奥を直接叩くような響き。
(違う)
(今じゃない)
呼吸を整える。
指先に力を入れる。
現実へ戻るための小さなアンカー。
「ノアールさん、こちら向いてください!」
記者の声。
視線を向ける。
笑顔を置く。
シャッターが鳴る。
レンが横で自然に角度を調整する。
カメラに映える立ち位置。
計算された距離。
触れないギリギリ。
「大丈夫?」
口は笑ったまま。
声だけ小さい。
「問題ありません」
即答。
「強いね」
レンは視線を前に向けたまま言う。
「無理してる人の方が、綺麗に見える時がある」
褒め言葉なのか分からない。
けれど声は甘い。
毒を溶かした砂糖のように。
フォトセッションが終わる。
拍手がひと区切りする。
司会が次の進行を告げる。
「それでは、キャストの皆さんは一度ご退場ください」
舞台袖へ下がる導線。
歩き出す。
スクリーンの桜がまだ舞っている。
ループ映像。
終わらない春。
その前を通り過ぎた瞬間――
胸が強く締めつけられた。
小さな手。
白い花びら。
笑っている子供。
「――っ」
足がわずかに止まる。
レンが気づく。
足並みを合わせる。
「来た?」
囁き。
「……何がですか」
「ノイズ」
言い方が自然すぎた。
まるで共有している前提の言葉。
ノアールは何も言わない。
言えない。
レンは小さく笑う。
「安心して」
舞台袖の暗がりに入る。
光が背中から消える。
「思い出ってさ」
低い声。
「勝手に戻ってくるから」
スタッフが近づく気配。
レンは即座に距離を取る。
営業用の空気に戻る。
「次もよろしくお願いします」
完璧な声色。
完璧な笑顔。
誰も違和感を持たない。
ノアールだけが知っている。
さっきの声は、
演技ではなかった。
胸の奥で、
闇が静かに笑った。
《もうすぐだよ》
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
表に見える光と、
内側で起きている揺れは、
いつも同じとは限りません。




