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第65話 祝福の檻

祝福は、必ずしも救いとは限らない。

拍手の音が、大きいほど逃げ道は消えていく。

社長室は整っていた。

余計な物が一つもない、冷たい秩序の空間だった。


ノアールは姿勢を正して座る。

社長はタブレットを閉じた。


「結論から言う」


視線がまっすぐ向く。


「次回作映画のヒロインに、君の名前が上がっている」


一瞬、意味が届かなかった。


「……私、ですか」


「そうだ。主演はレン君」


胸の奥がわずかに硬くなる。


「先方からの指名に近い推薦だ」


ノアールは言葉を探す。


「どうして……私が」


「彼が強く推した」


それだけだった。


「理由は聞いていない。だが結果を出す俳優だ。制作側も乗った」


逃げ場のない決定だった。


社長は指を組む。


「確認しておく」


「君には以前、恋愛禁止だと言ったな」


ノアールはうなずく。


「はい」


社長は小さく笑った。


「建前だ」


はっきり言い切る。


「この業界は結果がすべてだ」


「作品価値が上がる関係性なら、許容される」


空気がさらに冷える。


「レン君となら問題ない」


それは許可だった。

同時に、囲い込みでもあった。


「噂も話題も武器になる」


「これはチャンスだ。逃すな」


沈黙。


喉が乾く。


「……頑張ります」


声は小さかった。


「以上だ」


もう会話は終わっていた。


廊下に出る。

冬の空気が静かだった。


(どうして私なんだろう)


答えは分かっている。


レン。


子役の頃、一緒だったと言った。

追いついたと言った。


あの距離。

あの視線。


胸にざらつきが残る。


その時――


《ほら》


知らない感情が揺れた。


《選ばれたんだ》


自分の声ではない。


《正しい選択だよ》


ノアールは足を止める。


息を整える。


今のは、何。


スマホが震える。


事務所受付からの通知だった。


「レンさんからお預かりしています」


小さなカード付きの封筒。


表には整った文字。


「共演、よろしく」


ほのかに桜の香りがした。


裏を見る。


そこには短く書かれていた。


N7R8


意味は分からない。


なのに胸がざわついた。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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