第61話 幸せの記憶、音に乗せて
舞台袖の暗闇。
聞こえてくるのは、自分たちの鼓動と、遊園地の喧騒。
「いつか、私も――」
胸に抱いた願いを、今日は歌に変える。
遊園地の特設ステージ袖。
冬の空気は澄んでいて、遠くのジェットコースターの歓声が風に混ざって届く。
ソレイユは衣装の裾を、白くなるほど握りしめていた。
幸せそうな恋人たち。
笑い合う家族。
寄り添う背中。
胸の奥が、少しだけ痛くなる。
(……いいな)
(いつか、私も)
でも、目は逸らさなかった。
誰かの幸せをちゃんと願えたなら、
その光は、いつか自分にも届くかもしれない。
その気持ちで作った歌だった。
「……よし。やるよ、二人とも」
ソレイユが言う。
ノアールはマイクを握る。
ルミエールは鍵盤に手を置く。
三人の呼吸がそろう。
一歩、光の中へ出た。
客席には、カップルと家族連れがぎっしり並んでいた。
子どもが風船を振り回し、親が笑って止めている。
日常の、幸福の塊。
イントロが鳴る。
ロボットバンドのビート。
ルミエールのキーボード。
ソレイユのギター。
音が立ち上がる。
「笑顔が回る、この空の下で――今日の夢を、明日の光に!」
ノアールの声が放たれた。
空気の温度が変わった。
透き通っているのに、逃げない声。
柔らかいのに、真っ直ぐ刺さる音。
耳ではなく、胸の奥に届く。
騒いでいた子どもが止まる。
話していた大人が、言葉を切る。
笑っていた人の表情が、静かにほどける。
ステージに、音の重力が生まれていた。
ソレイユは笑っていた。
自分の願いを隠さない笑顔だった。
諦めない笑顔だった。
夢を歌にして、誰かの背中を押す。
それが巡り巡って、自分の未来につながると信じて。
曲が終わる。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
拍手が爆発した。
波のように広がる。
止まらない。
名前を呼ぶ声が混ざる。
「もう一回!」
「アンコール!」
手拍子がそろう。
足音が鳴る。
ステージが揺れて見えた。
「……届いたね」
楽屋へ戻る通路で、ノアールが息を弾ませて言った。
そこへ男が現れる。
遊園地の責任者。
その後ろに、スーツ姿の中年の男。
目だけが鋭い。
「素晴らしいステージだった。
……君たちが、LUMISORA☽だね?」
名刺が差し出される。
『広告代理店 クリエイティブディレクター』
ルミエールの視線が変わる。
「正式なオファーは事務所を通すが……」
「君たちの歌とロボット演出。
来期の春夏キャンペーンのイメージキャラクターとして起用したい」
「ローカルCMと園内広告が中心だ。
まずはSNS告知から始めたい」
「……イメージキャラクター?」
ソレイユが息をのむ。
言葉が出ない。
一歩前へ出たのは――ルミエールだった。
「ありがとうございます」
ルミエールは視線を外さなかった。
「事務所を通して正式にお返事します。
ですが――」
言葉を選ぶように、間を置いた。
「私たちで役に立てるなら、前向きに検討します」
ソレイユは息を吐く。
ノアールがうなずく。
遊園地の空気が変わっていた。
次の仕事の匂いがしていた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。




