第52話 太陽の孤独、月の祈り
誰かの幸せを願う気持ちと、
自分だけが取り残されるような寂しさ。
そのどちらも「本物の心」だからこそ、
少女たちは今夜、少しだけ大人になる。
休憩時間。
ノアールはルナをそっと抱き上げると、自分の部屋へと向かった。
腕の中の温もりは、いつも通り柔らかくて安心する。
廊下を歩きながら、ふと窓の外が目に入る。
ルナを抱いたまま、何気なく庭へ視線を向けた――その瞬間。
「……あ」
ノアールの足が止まった。
夕闇が迫る庭の隅で、ソレイユと悠斗くんが寄り添い、影を重ねている。
見てはいけないものを見てしまった――
そんな感覚がして、ノアールは慌てて視線を逸らした。
けれど、一度目にした光景は胸の奥にこびりついて離れない。
親友の恋。応援したい、喜ばなきゃ。そう思うのに、なぜか胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
「……取り残されちゃったみたい」
ぽつりとこぼれた独白。
ノアールは自分を抱きしめるように、ルナの柔らかな毛に顔を埋めた。
「私には、ルナがいるもんね。
ルナ、ずっと一緒だよね?」
ルナは「にゃあ」と小さく鳴き、
その温もりが、ノアールの胸を少しだけ落ち着かせた。
夜。
悠斗くんたちが帰り、再び三人でお風呂に入ると、自然と女子トークが始まった。
湯気に包まれた浴室で、ソレイユが頬を赤くして切り出す。
「……ルミエール、ありがとう。
今日、久しぶりにゆうとと二人きりになれて、嬉しかった」
「いいのよ。たまには、ああいう時間も必要だわ」
ルミエールが穏やかに微笑む。
すると、ノアールが少し言いづらそうに口を開いた。
「……あの。私……見てしまったの。
ルナを抱っこして窓の外を見たときに……たまたま」
「えっ、バレちゃった!?」
ソレイユの顔が、さらに真っ赤に染まる。
「……うん。
今日、ゆうとと初めて、キスしたの。
私の、ファーストキス」
ソレイユは湯の水面を見つめ、ゆっくりと言葉を続けた。
「私、あっちの星ではお姫さまだったけど、
生まれてすぐ乳母に預けられたから……
お母様の温もりなんて、知らないの」
「周りにはお手伝いさんやロボットがいつもいた。
みんなから“太陽の象徴”みたいだと言われていたけど……
本当は、ずっと寒くて、寂しかった」
ジャグジーの音だけが、静かに響く。
「お父様も王様として忙しくて会えないし、
会えてもそれは“父親”じゃなく、“王様”だった」
「地球に来ることも、お父様の命令だった。
あっちの星では、結婚相手さえ私の意思とは関係なく決められてしまう」
ソレイユはそっと自分の肩を抱いた。
「こないだショッピングセンターで親子連れを見たとき、
すごく羨ましかったの。
あんなに近くで、手をつないで、笑い合って……」
「だから今日、ゆうとのキスはすごく温かかった。
……もう、離れたくないって思っちゃったんだ」
ルミエールとノアールは言葉を失った。
幼い頃、確かに感じた両親の手の温もり。
当たり前だと思っていたそれが、どれほど幸せなものだったのか。
そして――
それを知らずに生きてきたソレイユの孤独を知り、
二人は改めて彼女を守り、応援したいと強く思った。
けれど同時に、不安がよぎる。
ソレイユは、いつかあの星へ帰らなければならないのだろうか――。
重くなりそうな空気を払うように、
ルミエールが少し冗談めかして笑った。
「……ソレイユ、いいなあ。
私なんて極度のファザコンだから、
お父様以外の男性を好きになれる気がしないのよ。
私、彼氏できるかしら?」
「できるよ!」
ソレイユが即答する。
「お父様より魅力的な人、いつか絶対現れるから!」
ノアールも、小さく息を吸った。
「……私は自分に自信がなくて。
友達を作るのも苦手だったし、
恋なんて遠い世界の話だと思ってた」
「でも最近ね。
ルミエールとソレイユと一緒にいると、
少しずつ自分を取り戻してる気がするの」
「だから……私もいつか……」
その先の言葉は、湯気の中に溶けた。
けれど三人は分かっていた。
今、この時間が、
確かに心をつないでいることを。
湯気の向こうで、
三人の笑い声が静かな家に優しく響いていた。
遠くへ行く未来は、きっと止められない。
それでも――
今ここにある温もりだけは、離したくなかった。




