第40話 はじめての「創る」時間
描くこと、作ること、笑うこと。
放課後の部室で、小さな物語が生まれはじめます。
ノアールは、スケッチブックを開いたまま、ペンを持って止まっていた。
(黒猫を描こうって決めたのに……)
いざ描こうとすると、
どこから手をつけていいのかわからない。
目、耳、しっぽ、体の形。
頭の中には“ルナ”がいるのに、
紙の上には何も生まれない。
(私、やっぱり……)
少しだけ、心が縮こまった。
「最初はね、ノートの隅っこにいる感じでいいのよ」
ルミエールが、いつのまにか隣に立っていた。
「小さく描いて、そこから世界を広げていけばいい。
昨日や今日のルナとの出来事を、そのまま絵にしてもいいじゃない」
ノアールは小さく頷き、
ノートの端に、小さな黒猫を描いてみる。
耳だけ。
丸い目だけ。
……少しずつ線が増える。
(……描けるかも)
一方その頃。
ソレイユは机に向かいながら、
スケッチブックを胸の前でそっと抱え込んでいた。
時々、楽しそうにペンを走らせ、
時々、誰にも見られていないか確認するように周囲をちらりと見る。
描かれているのは――
まだ、誰にも見せない秘密の物語。
(ふふ、これは内緒)
桐谷聖斗は、机に座るより先に、
部室のパソコンでアニメを再生していた。
「まずは研究だなー。
やっぱアニメは観なきゃ始まらん」
呑気な声が部室に響く。
朝倉悠斗は、ソレイユの隣に立つ。
「手伝うことあったら言って」
「今は大丈夫。
あとで見せるから待ってて」
悠斗は小さく笑い、
「じゃあ俺も何か作ってみるか」
そう言って、スマホとパソコンを開き、
動画生成AIの登録画面に向かっていた。
真剣な横顔。
(意外と器用そうだな)
ノアールは少しだけ思う。
ルミエールは部屋全体を見渡しながら、
自分のノートに線を走らせていた。
そこには、完成されたキャラクターデザイン。
まるでプロの漫画家のような完成度だった。
時間は、あっという間に過ぎた。
「そろそろ帰る時間ね」
ルミエールが声をかける。
ノアールのノートには、
小さな黒猫が一匹、描かれていた。
「ノアール、それ……可愛いじゃん」
ソレイユが覗き込む。
「絵、上手いね」
桐谷も机から乗り出す。
悠斗は穏やかに微笑んだ。
「先輩、すごくいいですね」
ノアールの胸が、じんわりあたたかくなる。
(……嬉しい)
ソレイユは、いつもなら
「私のも見て見て!」と言うところだが、
今日はスケッチブックをさっと隠した。
桐谷がにやにやしながら言う。
「えー、何描いたの? 見せろよ」
「いやだってば」
そのとき、悠斗がやさしく止める。
「嫌がってるだろ。無理に聞くなよ。」
ノアールの視線の先には、
ルミエールのノートがあった。
そこには、完璧なアイドルキャラクター。
まるでプロの漫画家のような完成度だった。
「……すごい」
ノアールが、思わず呟いた。
「え……先輩、すごすぎ」
桐谷も悠斗も思わず声を上げる。
ルミエールは少し笑った。
「昔から、こういうのが好きなだけよ」
「なあ、帰りになんか食って帰らない?」
桐谷が楽しそうに言う。
ノアールは一瞬、考える。
(ルナの世話……早く帰らなきゃ)
でも。
(みんなと、こうして寄り道して帰るの、初めてだ)
心が、少しだけ外の世界へ傾いた。
「……私も、行く」
その言葉を聞いて、
ルミエールはそっと微笑んだ。
「じゃあ、行きましょう」
ルミエールはスマホを取り出し、
運転手と執事に予定変更のメッセージを送る。
駅前のファミレス。
ドリンクを持って、
ソレイユが言う。
「アニメ同好会、結成記念に――」
「かんぱーい!」
グラスが軽く触れ合う。
たわいもない話。
笑い声。
ノアールはその光景を見ながら思った。
(……心があたたかい。幸せだな)
部室で始まった小さな創作の時間は、
放課後の寄り道へと続き、
ノアールの日常は、また少しだけ色を増していった。




