第24話 夜の境界線
学校から家に戻った、その夜。
ノアールは、ひとりの時間と向き合うことになる。
放課後。
部活が終わると、ノアールはいつものようにルミエールのあの車に乗っていた。
窓の外を流れる夕暮れの街並みは、昨日まで見ていたものと同じはずなのに、どこか遠い世界の出来事のように見える。
マンションの前で車を降りると、ルミエールが窓越しに少しだけ微笑んだ。
「送ってくれて、ありがとう」
ノアールが小さく頭を下げると、ルミエールは静かな、けれど拒めない声で言った。
「また明日。朝、迎えにくるね」
吸い込まれるように車が去っていくと、急に周りが静かになった。
玄関のドアを開ける。
「ただいま……」
返事はない。
ショコラは大学、ブランシュは仕事。
分かっていたはずなのに、部屋の暗さが、いつもより重く感じられた。
手を洗おうとして、鏡を見る。
胸元には、金色の三日月。
学校ではあんなに誇らしかったこのペンダントが、今は少しだけ冷たい。
お腹が空いたな、と思って冷蔵庫を開けた。
……何もない。
昨夜、ブランシュが
「冷蔵庫、何にも入ってない……。買い物、誰か行かないとね」
と、困ったように独り言を言っていたのを思い出した。
(コンビニ、行かなきゃ……)
学校での魔法のような時間は、玄関のドアを閉めた瞬間に消えてしまったみたいだ。
重い足取りで、ノアールは夜の道へ出た。
街灯が等間隔に並ぶ、代わり映えのしない道。
コンビニの明るい光に救われるようにして、自分のパンと、朝食用の飲み物を買い、店を出た。
その帰り道だった。
「……あ」
植え込みの影に、小さな影がうずくまっていた。
黒い毛並み。
自分と同じ、夜の色。
猫だった。
ガリガリに痩せていて、こちらを警戒するように見つめている。
「お腹、空いてるの……?」
ノアールは、買ったばかりのパンを少しだけちぎって差し出した。
猫は一瞬ためらったあと、ひったくるようにしてそれを食べた。
(……一人なんだね)
急に、胸の奥の「闇」が小さく疼いた。
それは悪意ではなく、ひどく純粋な、寂しさの形をしていた。
この猫も、どこにも行けないまま、ここで夜をやり過ごしている。
「……一緒に行く?」
気づけば、口に出していた。
「私とお揃いだよ。……真っ黒だもん」
ノアールは、震える手でその温もりを抱き上げた。
猫は暴れなかった。
ただ、ノアールの心拍を確かめるように、じっと身を預けてきた。
部屋に戻ると、さっきまでの暗さは消えていた。
腕の中にある小さな命の鼓動が、ノアールの胸の奥に、新しい光を灯していた。
……しばらくして、姉たちが帰ってきた。
「あ、ノアール。起きてたの?」
ブランシュがいつものように言う。
ショコラも疲れた顔で笑いかけてくる。
(学校、行けたんだよ。
友達ができたんだよ。
部活も……)
喉元まで出かかった言葉を、ノアールは飲み込んだ。
いつもなら「学校はどうだった?」としつこく聞いてくる姉たちが、今日はなぜか何も聞いてこない。
今日こそ、聞いてほしかったのに。
「おやすみなさい」
ノアールは猫を隠すように抱えて、自分の部屋に逃げ込んだ。
姉たちの優しさが、少しだけ、知らない誰かのもののように感じられた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
夜の静けさの中で、ノアールは小さな選択をしました。
この秘密が、明日へどうつながっていくのか——次回もよろしくお願いします。




