第21話 おはようの嵐
学校に戻るだけ。
それだけのはずなのに、ノアールにとっては、少しだけ勇気のいる朝でした。
不思議な黒い車は、学校の門の前で止まった。
ノアールは、すぐに降りられなかった。
門をくぐるのが怖い。
ここを通ったら、もう家に戻れない気がした。
でも――もうここまで来てしまった。
ルミエールとソレイユについて行くしかない。
車を降りた瞬間、声が降ってきた。
「ルミエール、おはよう」
「ソレイユも、おはよう!」
次々に挨拶が飛ぶ。
それだけでも不思議なのに、さらに。
「あ、ノアール。おはよう」
「退院して元気になったんだね。よかった」
ノアールは固まった。
こんなふうに、普通に話しかけられたことなんて――今まで一度もない。
(……どうして?)
靴箱でも、廊下でも、すれ違うたびに声がかかる。
「おはよう」
「退院おめでとう」
「心配してたんだよ」
誰も不思議そうにしていない。
まるで、最初からそうだったみたいに。
教室に入ると、もっとはっきりした。
「おはよう!」
「ノアール、戻ってきたんだ」
「心配してた」
ノアールは、机の上に手を置いた。
現実のはずなのに、どこか足元がふわふわしている。
そして、席が変わっていた。
ルミエールの言った通り――隣同士。
荷物を出し、机に黒いペンケースを置いた瞬間。
「あ、それ……ルミエールとお揃い?」
「いいなあ」
同じクラスの女子が、自然に覗き込んでくる。
ノアールは反射的にペンケースを引き寄せそうになって、やめた。
ルミエールが、少しだけ得意げに言う。
「私たち、昔から知り合いで親友なの」
「だから、お揃いしてるの」
“親友”。
その言葉が、教室の空気にすっと染み込んだ。
朝のチャイムが鳴る。
授業が始まった。
数学。
板書を見た瞬間、ノアールは息を詰めた。分からない。
休んでいた分が、まるごと抜け落ちている。
そのとき、隣から小さな声。
「ここ。……この式から繋がるの」
ルミエールは、ノアールのノートを覗き込み、簡単な言葉で説明した。
塾よりも、先生よりも、分かりやすい。
ノアールは、机の上のシャープペンを握り直す。
黒い軸の金色の文字が、静かに光った気がした。
(……不思議)
気づけば、手が止まらない。
ノアールは、今日は眠くならなかった。
「おはよう」という言葉が、こんなに多く降ってくる日が来るなんて。
ノアール自身が、いちばん驚いています。
次は、昼の時間。
学校の“当たり前”が、もう少しだけ姿を変えます。




