第16話 拾われた猫の値段
今回は少し空気が変わります。
ノアールは、嫌な予感がした。
魔女の直感――。
とにかく、嫌なものが近づいてきている。
そう思った瞬間。
ピンポーン。
ガチャ。
インターホンの音とほぼ同時に、鍵が開いた。
ドキッ!!
心臓が一瞬、止まったみたいだった。
玄関の方から、遠慮のない足音が響く。
ためらいもなく、家の中へ入ってくる気配。
「おー、起きてるな」
聞き覚えのある、軽い声。
「一応さ、様子見に来たんだよ。
飼い猫が死んでないかどうか、ってやつ?」
ノアールの喉が、ひくりと鳴った。
姿を現したのは、事務所のマネージャーだった。
スーツ姿のまま、部屋を見回す視線は、まるで点検するみたいに雑だった。
「相変わらず広いな。
まあ、このマンションも、学費も、全部“事務所のおかげ”だけど」
その言葉に、ショコラが反射的に一歩前へ出る。
「……勝手に入らないでください。
連絡もなく――」
「あ? 合鍵あるだろ」
マネージャーは面倒くさそうに言った。
「緊急時用だ。
今回? 十分緊急だよ」
ブランシュが静かに口を開く。
「ノアールは、まだ――」
「まだ? 何が?」
マネージャーは鼻で笑った。
「数日休んで、ミルクティー飲んで、パン食って。
ずいぶん優雅だよな」
ノアールの胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
「なあ、勘違いするなよ」
マネージャーは、はっきりと言った。
「お前たちは“拾われた”んだ。
野良猫三匹を、先代が気まぐれで拾った」
空気が、凍る。
「で、その先代が人情に走りすぎて、事務所は潰れた。
借金抱えて、行方不明。
残ったのは――お前たちと、違約金だ」
ノアールの呼吸が、浅くなる。
「特にノアール。
お前のトラブル処理に、いくらかかったと思う?」
「……っ」
「学校の件も、全部金で黙らせた。
退学にならなかっただけ、ありがたいと思え」
ショコラの声が震える。
「それでも……ノアールは体調が――」
「だからさ」
マネージャーは、あっさり言った。
「立って、笑ってればいいんだよ」
その瞬間、ノアールの胸が、重く押しつぶされた。
「歌? 踊り? いらないいらない。
どうせ口パクだろ。
今どき珍しくもない」
ノアールの指先が、わずかに冷たくなる。
「姉二人は別格だ。
美人でスタイルもいい。
スポンサーの話も山ほど来てる」
「会食の誘い?
断れるわけないだろ。
CM一本、いくらだと思ってる?」
ブランシュが唇を噛む。
「……私たちは、医者や音楽家に――」
「夢?」
マネージャーは笑った。
「夢で飯が食えるか?」
そして、ノアールを見た。
「ノアール。
お前は“値段がつかなくなった猫”だ」
ノアールの心臓が、強く脈打つ。
「でもな。
姉の七光りくらいには、まだ使える」
耳の奥が、じわじわと熱くなる。
胸が苦しくて、息が詰まりそうだった。
「復帰コンサートは決まってる。
最後に三姉妹で、もう一稼ぎだ」
「嫌なら――」
マネージャーは肩をすくめた。
「路頭に迷え。
拾ってもらった恩、ここで返すかどうかだ」
その言葉が落ちた瞬間。
ノアールの足元で、
空気が、わずかに歪んだ。
誰も気づかない。
音も、衝撃もない。
けれど――
ノアールの影だけが、
ほんの一瞬、異様な形に揺れた。
ノアールは、何も言わなかった。
ただ、思った。
(……値段、か)
胸の奥で、
静かに、何かが目を覚ました。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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