第108話 並んだ現実
同じ場所に並んだだけで、
残酷な差が見えてしまうことがある。
朝からSNSはまだ騒がしかった。
今日は、週刊誌の発売日だった。
「ついに紙で出た」
「朝の四枚そのまま載ってる」
「相手だけぼかし入ってる」
「今さらぼかしても遅いでしょ」
そんな投稿が、朝から次々に流れてくる。
コンビニの雑誌棚を写した写真も、あちこちで上がっていた。
ソレイユが載った週刊誌。
ノアールとレン、凛と海斗のカップル特集第二弾が載ったファッション誌。
ルミエールが載った経済誌。
三冊が、まるで最初からそうなる運命だったみたいに、横並びに置かれていた。
週刊誌には、あの日の朝の四枚の写真がそのまま載っていた。
部屋を出るところ。
エレベーター前。
チェックアウト。
正面玄関を出るところ。
ゆうとの顔だけが、今さらみたいにぼかされている。
見出しはやけに大きかった。
清純派高校生ソレイユ 禁断のお泊まり朝
「こっちのコンビニも隣同士で並んでた」
「近くのコンビニもこれだった」
「ルミソラ天国と地獄すぎる」
「横にルミエールの雑誌まであるの残酷」
そして気づけば、
#ルミソラ天国と地獄
という言葉までトレンドに上がっていた。
祝福される恋。
叩かれる恋。
称賛される知性。
棚の上では、それが当たり前みたいに並んでいた。
⸻
午前。
仕事先の休憩中、ルミエールは近くのコンビニに立ち寄った。
飲み物を取ろうとして、ふと雑誌棚に目が止まる。
その瞬間、足が止まった。
一番目立つ場所に、ソレイユが載った週刊誌。
そのすぐ隣に、大学生やOLに人気のファッション誌。
表紙には、ノアールとレン。
凛と海斗。
カップル特集第二弾。
さらにその横には、経済誌。
期待のロボット産業界を担う美女 ルミエール
三冊が、妙にきれいに並んでいた。
ルミエールは何も言わなかった。
ただ、その棚を静かに見つめる。
ソレイユだけが、明らかに違う意味でそこに置かれていた。
同じグループだったはずなのに。
同じルミソラだったはずなのに。
ルミエールはゆっくり視線を落とし、それから何も買わずに店を出た。
⸻
同じ頃。
ノアールとレン、凛と海斗はロケ中だった。
ファッション誌のカップル特集第三弾。
今回はWデート企画だった。
屋外のカフェ風セット。
春らしい明るい色合い。
スタッフが忙しく動き、カメラマンが立ち位置を確認している。
凛は笑いながら海斗の腕に軽く触れる。
レンは自然にノアールの横に立つ。
撮影そのものは順調だった。
でもノアールの胸の奥は、朝からずっと重いままだった。
休憩に入った時、スタッフの一人がコンビニ袋を持って戻ってきた。
「さっき近くのコンビニ行ったら、これ三冊並んでたんですよ」
悪気のない声だった。
テーブルの上に置かれたのは、その三冊だった。
ソレイユが載った週刊誌。
ノアールたちのファッション誌。
ルミエールが載った経済誌。
その場の空気が、一瞬だけ止まる。
ノアールは何も言えなかった。
凛も、海斗も、レンも、その並びを見る。
あまりにもできすぎていて、笑えなかった。
スタッフはようやく空気に気づいたのか、小さく言う。
「……すみません、なんか話題になってたから」
レンが静かに答える。
「いや、大丈夫」
でも、大丈夫なわけがなかった。
ノアールは誌面の自分を見る。
笑っている。
幸せそうに、ちゃんと“理想の恋”の側にいる。
そのすぐ横に、ソレイユが載った週刊誌。
ノアールは小さく息を吐いた。
「……嫌だな」
凛がそっと聞く。
「見る?」
ノアールは首を振る。
「見なくても分かる」
海斗が低く言う。
「きついな」
その短い一言が、妙に優しかった。
レンはノアールの隣に立つ。
誰にも見えない角度で、そっと腕に触れる。
ノアールは少しだけ目を伏せた。
「私だけ」
少し間。
「ちゃんと幸せな方に並んでる」
凛がすぐに言う。
「ノアールが悪いわけじゃないよ」
海斗も続けた。
「そうだよ」
「そこ背負いすぎるな」
レンは静かに言う。
「お前は、お前の場所で立ってるだけだ」
ノアールはすぐには答えられなかった。
それでも、一人で抱えるよりは少しだけ楽だった。
苦しいことは変わらない。
でも、こうして声をかけてくれる人がいる。
その違いが、今はありがたかった。
⸻
昼過ぎ。
自宅。
ソレイユはソファに座ったまま、動かなかった。
カーテンは半分だけ閉まっている。
テレビはついている。
でも内容は頭に入らない。
スマホは伏せていた。
見ればまた、同じものばかりだからだ。
それでも通知は止まらない。
しばらくして、ロボットのメイドが静かに近づく。
「お昼のお食事をお持ちしますか」
ソレイユは少しだけ顔を上げる。
「……いらない」
メイドは一礼して下がっていく。
また静かになる。
家の中に人はいる。
でも、誰もいないみたいだった。
ノアールはいない。
ルミエールも仕事。
ショコラもブランシュも、それぞれの場所にいる。
結局、また一人だった。
ソレイユはゆっくりスマホを手に取る。
見ない方がいい。
そう思いながら、画面を開いてしまう。
流れてきたのは、コンビニの棚の写真だった。
ソレイユが載った週刊誌。
ノアールとレン、凛と海斗のカップル特集第二弾が載ったファッション誌。
ルミエールが載った経済誌。
三冊が並んでいる。
見出しまで、はっきり写っていた。
清純派高校生ソレイユ 禁断のお泊まり朝
「こっちのコンビニも隣同士で並んでた」
「近くのコンビニもこれだった」
「#ルミソラ天国と地獄」
「ソレイユが載った週刊誌の横に、ノアールとレンのカップル特集が載ったファッション誌あるの残酷すぎ」
「しかも横にルミエールが載った経済誌まであるのえぐい」
ソレイユの指が止まる。
しばらく動かなかった。
小さく笑う。
でも、その笑いはすぐ消えた。
「……ほんとに天国と地獄だね」
誰に言うでもなく、そうつぶやく。
その瞬間、目から涙が落ちた。
止めるつもりだったのに、止まらなかった。
泣いても何も変わらない。
それでも涙だけが勝手に落ちる。
スマホが震える。
ゆうとからだった。
ソレイユは少しだけ息を止める。
開く。
ごめん
それだけで胸が重くなる。
続きが表示される。
正直、今かなり困ってる
学校でも先生に呼ばれて、騒ぎが収まるまで自宅待機って言われた
家にも報道の人が来てる
親にもすごく怒られた
どうしたらいいか分からない
しばらく、画面を見つめたまま動けなかった。
責める言葉ではない。
でも、優しい言葉でもなかった。
ただ、本当に困っているのだと分かる。
ソレイユはスマホを握りしめる。
胸の奥が冷たくなる。
ゆうとも同じように追い詰められている。
でも、今その言葉を受け取る余裕がソレイユにもなかった。
助けてほしいのに。
相手も助けを求めている。
それが、どうしようもなく苦しかった。
ソレイユは返信画面を開く。
文字を打とうとして、止まる。
何を書いても違う気がした。
結局、何も送れなかった。
涙がまた落ちる。
部屋は静かだった。
でも、その静けさが今日はやけに痛かった。
実際に並んだ雑誌棚は、想像よりずっと残酷でした。
祝福される恋。
叩かれる恋。
称賛される才能。
同じ場所に並んだだけで、その差ははっきり見えてしまいます。
ノアールには支えてくれる人がいて、
ソレイユは一人でその現実を受け止めるしかありませんでした。




