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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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見送る春3



 小屋に入ると中も小ぢんまりしていた。暖炉にベッド、収納棚がひとつに大きめのテーブルと椅子。テーブルの上には本が広げてある。


「ここ座れよ」

「あ、ありがとう」


 椅子を勧められて腰掛けると、ホッと体から力が抜けた。

 彼は剣を壁に立てかけると暖炉の中にぶら下げてある鍋からお玉で木のコップに何か注いで、テーブルに置いた。


「木の皮で入れた茶だ。飲むも飲まないも好きにしろ」


 ユーリは部屋の隅にある木箱をテーブルまでずらして来て向かいに腰を下ろした。そのまま広げた本を読み始める。


 喉は乾いていた。ちらとコップの中を覗く。透明度の低い、茶色の水に正直引いた。意を決して、コップに手を伸ばしちょびっとだけ、唇を濡らす程度に口をつけた。

 

(美味しくはない……というか土臭くて慣れない味ね。でも飲めなくはない)


 ちびちび口をつけながら、ユーリが読む本に目を向けた。


(リンデンの童話集?)


 鱗を隠された人魚の話や、宝物を探す少年、伝説の騎士様など、色々な小話が載っている児童書で、エラも子供の頃に読んだことがある。

 その本を眉間に皺を寄せて真剣に読み込んでいる。


「好きなの?」

「あ?」


 勇ましい外見に似合わない物を読んでいるなぁ、とポロリと聞いてしまった。

 素直に「意外だ」と言ってしまうのは失礼過ぎる、と口を噤むと、ユーリは頭を掻きながら苦笑した。


「あー、これか。違うんだ、字が読めなくてな」

「字が?」

「領主になると言っただろう? 流石に字が読めなければいけないからな。これなら子供の頃に聴いたことがある話ばかりだから、なんとなく読めるんじゃないかと思ってな」


 ユーリは紙をペラペラとめくった。


「読めたんですか?」

「……きくなよ」


 それまで難しい顔をしていたのに、途端に弱りきった表情に変わり、自然と笑ってしまった。なんだかかわいい。

 ユーリは口をへの字に曲げた。


「チッ」

「ふふ、ごめんなさい。バカにした訳ではないのよ。そうだ、お詫びに朗読しましょうか?」

「え、いいのか?」

「ええ、こうして助けて頂いてもいるし。お礼にもならないけれど」

「そんなの、十分だ」


 損ねた機嫌をころっと変え、木箱をエラの隣に移動して座った。思いがけない距離の近さにドキッとし、誤魔化す様に本に手を伸ばした。


「い、今読んでるのはどのお話?」

「花の妖精の話」

「ああ」


 花の妖精が好奇心で青年の恋路を応援するのだが、段々と彼を好きになってしまい、青年の恋を見届けた後枯れてしまう。ちょっと悲しいお話だ。

 開げられたページの最初から私は読み始めた。


「“妖精は青年に言いました。「あなたの心はとても美しい。どうか手伝わせて下さいな。わたしは美しいもが大好きなの」そして妖精は「まず花を贈ってはどうかしら? わたしが素敵なお花を選んであげるわ」と言いました”」


 私が滔々と読む横で、ユーリは真剣に紙面を目で追っていった。


(昔はミアにも読んであげてたっけ)


『おねーさま、つぎもよんでぇ!』


 ふと、懐かしい気持ちになった。


 あの子は覚えていないだろうけど。




 ひとつ読み終え、私は顔を上げた。


「解らない単語はあった?」

「エラは、声が綺麗だな」

「はあっ!?」

「解らないところはない。次の話を頼む」


(びっくりした……)


 初めて言われた言葉にドキドキしてしまう。さらりと流した所を見ると、彼的には大した褒め言葉ではないのだろう。


(変に意識してると思われるのも恥ずかしいわ。それに、「声が汚い、続きを読め」と言われるよりよっぽどいいじゃない)


 次は毎日悪口を言っていたら、口が曲がって戻らなくなった男の話。


「これが本当ならこの世から美人は居なくなるんじゃないのか?」

「ぶっ、ちょ、ふふっ……やめてよ! 悪口言わない美人だっているんだから」


 真面目な顔で言われて、吹き出してしまった。口が曲がりそうな御令嬢が数人思い浮かんでしまったからだ。


「エラは?」


 ユーリが揶揄う様に笑う。


「まぁ、私もちょっとは言いますけど? 毎日は言わないわよ。そもそも別に美人でもないしね」

「エラは美人だろ」

「なぁっ……!?」


(ユーリって傭兵よね? なんなの? タラシ? タラシなの!?)


 なんのつもりか知らないけれど、無闇に褒めるのをやめて欲しい。

 赤くなった頬を両手で押さえる。


「俺の嫁さんも、エラみたいな女がいいなぁ」


 ドクっと心臓が高鳴った。


「叙爵の時さ、お姫様にあったんだ。すげー綺麗だったけど、ひでぇ目だった。……浸かり過ぎたピクルスを棄てるか迷う寮母みたいな顔で人を見んのな。貴族の娘を嫁にって言われた時、あんな女は嫌だなぁと思ったわ」


 あ、ああ。そういう意味か。冷たくない女代表名詞的な意味ね。あーもう、びっくりした。

 ふぅ、例えが伝わり難くて冷静になったわ。


「そうね、生涯の伴侶はこうやって楽しくお喋り出来る人がいいわね」


 そう言うと、ユーリは「だな」と優しく笑った。


「そろそろ油が切れるな。寝るか。エラはベッド使いな」

「え、貴方は?」

「テーブルで寝るよ」

「痛いわよ。それに落ちたら大変だわ」

「大丈夫だ。ベッドと変わらん」


 悪戯っぽく笑われて、ベッドを触ってみる。薄い藁の上に麻布を敷いたごわっごわのベッドだった。


「エラがテーブルにするか?」

「えっと……有り難くベッド借りるわ」


 そっと横になるがちくちくして気になる。くくっと忍び笑いしたユーリが収納棚からシャツを一枚出して差し出して来た。


「ほら貸してやるから下に敷いとけ」

「皺になっちゃうわよ。いいの?」


 上体を起こすと、その下にシャツを敷いてくれた。


「ん、ほら」

「あ、ありがとう」

「どーいたしまして。あんたいいとこのお嬢さんっぽいもんなぁ。寝れないだろう。家人が探してんじゃ無いのか?」

「どうかしら。家は……」


 祖父と年配執事のみ。


「お年寄りしかいないのよね」

「そうか。……明かり消すぞ」

「おやすみなさい」

「おう、おやすみ」




「うっ…」


 寝返りを打った身体の軋みで目が覚めた。


「いたたた…」


 起きると薄暗い部屋の暖炉に火が入っているのが見えた。


「おはよう。寝れたか?」

「おはよう。少し寝れたけど、痛い……」


 首を回すとボキリと音を立てた。結い上げた髪が崩れて来たので、リボンを解き軽く手櫛をいれて緩く編み直す。ぼさぼさじゃないかしら? ちょっと恥ずかしい。


「ま、だよな。ほら湯が沸いてるぞ」


 ユーリは鍋からお湯を掬ってコップに注いだ。さらに小鍋に湯を汲み分けてから、火にかけたままの鍋に切った野菜を投げ込んでいく。


「貴方料理も出来るの?」

「出来るって言うのか? これ、ぶっ込んで煮込むだけだぜ」


 十分だと思うのだけれど。

 新居の惨状を思い出すと、スープくらい自分で作れた方がいいのかもしれない。


「いただきます」

「どーぞ」


 あ〜昨日のお茶よりお湯のが進むわぁ……。


 ユーリは取り分けたお湯に縁がギザギザした葉っぱを数枚、千切って入れた。収納棚からブリキ缶を出して、中からビスケットを一枚取り出す。


「貴方のモーニングティー?」

「違う。ほら、口開けな」

「えっ?」


 ビスケットを4分割して、一欠片を私の口に押し込んだ。


(はに)……ぐっ堅っ、バリ、もぐ……っん、マァッズ!!」

「ふっ、凄い顔だ」


 彼は可笑しそうに笑い、一欠片を自身の口にも入れた。指に着いた欠片をぺろりと舐めながら優しげな目で見られて恥ずかしくなる。

 残った二片の片方を暖炉に投げ入れ、もう一片を先ほど葉を入れたお湯と一緒に窓辺に置いた。


「それは何? おまじない?」

「これは妖精の分なんだそうだ」

「妖精? まさか」

「そのまさかさ。ここの領主になる予定だと話しただろう? 村長へ挨拶に行ったら、俺を領主と認めるのは村人ではなく妖精だと言うんだ」


 ユーリは残ったお湯をコップに注いで一口飲む。あの葉入りのやつだ。眉間に皺が寄った。やっぱり不味いのかしら。

 ああ……貰ったお湯を飲み干してしまったわ。まだ口内に苦味が残る。


「この森は村人に妖精の森と呼ばれて、妖精が住んでいると信じられている。妖精は森を豊かに、水を綺麗に、家を護り病を退けると言われている。家の中には家守りの妖精と竈守りの妖精がいるらしく、毎日の感謝としてビスケットを分け合うのさ。更に食糧に余裕があるなら、お茶やミルクを窓辺に置くのがいいそうだ。そうして過ごす事で病からも守ってくれると、村では言い伝えられている」

「ひと昔前の魔女じゃあるまいし……」

「俺なんか傭兵だぜ? 斬った斬られたなんて血生臭い生活から急に妖精なんて言われて、頭がおかしくなったかと思ったさ。だが暮らしていくには受け入れなければならない。この小屋に住み続けられれば大丈夫なんだと。妖精の森を守るに相応しくないと判断されると追い出されるらしい。妖精によってな」


 そんな馬鹿な、と思いかけて、屋敷の使用人部屋付近の荒れ具合を思い出した。確かに人の手によるものではないし、経年劣化だったら直しそうだ。かといって妖精の機嫌を損ねた結果だと言われてもピンとこない。

 いやまさか、でも、と煮え切らない思いで眉間に皺がよる。


「ま、この辺りの風習ってだけさ。守ってれば問題ない」


 ユーリは何でもないように肩をすくめた。

 他人事ではない。自分もここに住むのだ。


「……そうね。教えてくれてありがとう。…………悪口は、止めようかしら」

「ぷっ」


 ユーリは体を震わせて、咽せながらコップを飲み干すと、鍋を掻き回した。失礼ね。




 そのあとは普通に美味しいスープをいただいた。話の種にビスケットに何が入っているのか聞いたら「村長の奥さんが作ったの分けて貰ったんだ。なんかこの辺で取れるハーブや薬草がたっぷり入ってるらしいぞ。妖精の好物だとか言ってた」との事。

 たっぷり……そりゃ癖のあるビスケットになるわぁ。


 片付けを手伝ってから小屋を出た。

 この先を思うと色々勉強になる。


(領主の仕事だけじゃなくて、もっと侍女としての仕事も磨いておくべきだったかもしれない……)


 そうだったなら送ってもらったお礼として、彼に美味しいお茶の一杯でもご馳走出来たかもしれないのに。ビスケットだって、妖精仕様と普通のヤツと。


 結婚後だって、きっと必要なスキルだわ。


(要課題……)




 緑鮮やかな森をしばらく歩く。管理されているのか、長すぎる雑草はなく、可愛らしい草花が目に止まった。息切れでペースが遅くなる頃、やっと人の声が聞こえてきた。


(本当に、結構歩く)


 昨日通った道に目印を付けておかなかった事を深く後悔する。

 滲んだ汗に張り付いた髪を耳にかけ、前を見る。少し離れた場所でユーリが立ち止まり、私が追いつくのを待ってくれていた。

 黒髪と緑色の目が深緑に浮かび上がる様に映える。日に焼けた肌は艶があり、狩猟の男神みたいに逞しい。

 纏う空気が清廉で、目を奪われた。


「大丈夫か?」

「え、ええ」


 差し出された手を掴むと力強く引かれて、張り出した木の根を飛び越える。


「ほら着いたぞ」


 既に動き出している村は、水場から洗濯する女達の歌声が聞こえてくる。其方を見れば、離れたところに水車も見えた。小川があるのだ。

 平和な村の様子にホッと息を吐く。


 広場では赤子を背負う少女達に仔豚と遊ぶ元気な少年達が集まっていた。

 1人、男の子が気がついて駆け寄ってくる。


「ユーリおはよう! その女だれ?」

「女性、若しくは女の子と言ってくれ。昨日森に迷い込んできたんだ」

「えー! もしかして森のお客さまか!! おーい皆! 森のお客さまだぞー!」


 男の子の掛け声に、遊んでいた子供達がわらわらと集まって来る。


「ちょ、ちょ、待って! 森のお客さまって何?」

「森に迷い込んで無事に出て来た人は妖精に滞在を歓迎されてるって事らしいぞ。そう言う人は良く持て成されるから心配するな」

「有難いけれども、一先ず帰らせて」

「あ、そうだな。村の誰が知り合いなんだ?」

「知り合いなんていないわよ」

「え? じゃあ何で村に行きたがったんだ?」


 一瞬、間が開いた。これを言ったら、多分彼もそう思うはず。


「き、昨日……領主邸へ越して来たのよ」


 チラッとユーリを見上げると、彼は一拍置いてから耳を赤くした。照れた様に口元を手で隠す。


 私も恥ずかしさが込み上げ、頬を押さえて背を向けた。

 沈黙にはらりとした風が吹き、誰かが「あ」と声をあげた。黄緑色のリボンが解けて髪が靡く。


「エラ、リボン落ちたぞ」

「あ、ありがとう」


 ユーリにリボンを手渡される。触れた指先に気まずさを覚えて、リボンはそのままポケットへと収めた。


「でもさー、領主邸ってずっと使ってねーじゃん? ユーリが住むの決まってから改装するって話じゃなかった?」

「あー、今の小屋結構気に入ってるからなぁ。暫く住み替えるつもりはなかったが……そんなか?」

「うんうん、悪い妖精の溜まり場みたいよね」

「怖くて絶対行きたくない」

「すーっげ、ボロボロだもんなぁ」

「そうか、俺はまだ直接見に行ってないからな」


(そ、そんなにだったかな? 使用人部屋付近を除いてはそこまででもなかった様な気がするんだけど)


「領主邸はあっちだよー! 森沿いに村の端っこ!」

「ありがとう、行ってみるわ」


 子供達と手を振って別れて、言われた通りに森に沿って進んだ。そんなに遠くはなく、それはすぐに姿を見せた。


「なんだこりゃあ……」


 ボロボロだった。

 よく落ちないなと思える横木、薄汚れた煉瓦、窓は割れカーテンは布切れがぶら下がっているだけだ。全体的に雰囲気が暗く、子供達が怖いと言うのがわかる。

 2人で呆気にとられて見上げる。


「エラ、本当にここに来たのか?」

「こんなにボロボロじゃなかったわ……何があったの?」


 玄関に向かわずに、外をぐるりと見回す。庭側に周って、違和感に気がついた。


「テラスがない」

「テラス?」

「そうよ、外と繋がる階段付きのテラス。素敵だなと思ってて、私、昨日はそこから庭に降りて」


 私達の混乱に拍車をかける様に、早馬の足音が近づいて来る。


「何事だ!?」


 ユーリが素早く動き、私と馬との間に入り腰の剣に手をかける。


「ユーリ、俺だ! マーヴだ!」

「マーヴ!? どうした!」


 マーヴと呼ばれた男は馬から降りず、汗だくのまま叫ぶ様に言った。


「傭兵団へ出動要請だ! ヴァンプリッチ領に十日前襲撃があったそうだ! 穀倉に次々と放火されてるらしい! 急げ!! このままだと冬を越せない人が出てくる!」

「はあ!? ヴァンプリッチなんて馬とばしても一週間もかかるじゃねーか! 他の救援は行ってないのか!?」

「行ってるが、消火に人手を取られて潜伏する間者を捕まえられねんだと! 今出撃準備進めてるから、早く馬に乗れ」


(ヴァンプリッチ領!? あそこは45年前の襲撃で堅牢な長城が築かれた筈! 整備されて、放火にも強い作りになってるのに……どうして!?)


「クソっ」


 悪態をついて、ユーリは振り返り私を見た。切なげに細まった緑色の目と視線が絡まる。


 昨日まで触れたことのない緊迫した空気。

 ユーリが戦いに行く。


 永いような、一瞬の、ひと呼吸。


 胸が苦しくて、伸ばしたその手は。




ーーーバツンッッ。




 空をかいた。




浸かりすぎたピクルスはまだ利用出来るのか、それともやはりゴミなのか、見極める目(눈_눈)ジーッ

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