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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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3/3

見送る春2



 トレック村は緑の豊かな村だった。主な収入源となる果樹は村を囲うように植樹してあり、その周りに大きく森が広がっている。畑もあるが大きくはない。森の入り口からずっと木が多く生えているので、森の中の村といった印象だ。かと言って暗くジメジメした雰囲気は無く、優しく歓迎されているように感じた。


 屋敷と言うにはお粗末な、木と煉瓦で出来たオレンジ色の建物の前で馬車は止まった。

 陰気な、髪の黒い男が頭を下げて私を迎える。


「ようこそいらっしゃいました。執事のハミルと申します」

「出迎えありがとう。……他の使用人は?」

「おりません。村の女が通いで来てくれますが」

「……そう。じゃあ貴方が部屋へ案内してくれる? 荷物を運び込んでしまうわ。お祖父様へのご挨拶はその後でもいいかしら?」

「大丈夫です。こちらへどうぞ」


 使用人が居ないと聞いて動揺してしまったが、ふと違和感が胸を占めた。


(“大丈夫”? 当主への挨拶を後回しにして、本人に確認もせずに執事の判断で大丈夫と言ったの?)


 違和感を抱えて、案内された部屋へと向かった。屋敷の規模から予想していたが、部屋は小さく、荷物が全部入らない。クローゼットルームに仕舞う予定の物は隣りの部屋へと運んでもらった。


 荷運びを手伝ってくれた護衛達にチップを渡し、暗くなる前に送り出してから、襟を正してやっと当主の元へと案内して貰うことになった。




「お祖父様はどんなお方? お元気?」

「いいえ、病床にありもう長くはないでしょう」

「えっ!?」


 お年だからもうすぐ……なんて囁かれてはいたが。

 病気で本当に目前だなんて聞いていない。先ほどの違和感は、だからだったのか。


 案内されてみれば、お祖父様の部屋は私の部屋の真下だった。


「旦那様、エラお嬢様をお連れしました」


 消え入りそうな返事を確認してから、薄くドアを開く。部屋からはツンと鼻をつく臭いがした。ハミルが先に入り暗くなりかけた部屋にランプを灯す。


「失礼いたします」


 ハミルに促されて、ベッドサイドへと足を向けた。

 そこには、痩せ細り骨と皮ばかりの年寄りが横たわっていた。顔に幾つもの傷跡があり、上掛けから出た左手の薬指が欠け爪が無かった。

 私はごくりと息を飲み、背筋を伸ばした。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません、お祖父様。初めてお目にかかります、孫のエラ・ランパードと申します」


 祖父はゆっくりと目を開け、私を見て驚いた顔をした。


「……エ、ラ?」

「? はい、エラです」

「そう、か。話は、聞いてる。よく、来たね」


 祖父はつっかえながらも歓迎の挨拶をくれた。そのまま幾つか言葉を交わしていると祖父が咽せてしまった。世話をハミルに任せて、邪魔にならないよう私は退室することした。

 背を向けた私に、祖父は掠れる声で言った。


「そのリボン、よく似合っているね」

「? ありがとう、ございます……?」





「さて、夕餉とかってどうなっているのかしら」


 馬車の中で軽食を食べていたが、日が落ちお腹が空いて来てしまった。メイドはいないと言っていたので自分で支度をしなければいけないのだろうか。


「……難題だわ」


 祖父の部屋から玄関ホールを挟んで西側に厨房があった。更に奥は使用人用の部屋だろう、ドアが3つ並んでいる。ドアの間隔からして部屋は大きくなさそう。その廊下には窓が並んでいた。掃除が行き届いていない、というレベルではない。ガラスは曇り、桟は欠け、カーテンは汚れて破けている。さながらお化け屋敷かと言わんばかりの有様だ。夕暮れ時だから余計にそう思う。


 祖父の部屋も自分の部屋もそんなことは無かった。


「なんでここだけ? ……執事の趣味かしら。ってそんなわけないか」


 予算が足りないのだろうか。ハウスキーパーを1人くらい雇いたかったけど、帳簿を見てから決めよう。


 厨房に入ると、竈に乗せたままの鍋があった。蓋を開けると冷めたスープが入っている。調理台の上のカゴには黒パンもありホッとした。


「お嬢様」

「あ、ハミル。お祖父様のお世話ご苦労様。これは食べてもいいのかしら」

「ええ。温めますか」

「お願いするわ」


 竈の前から退き、厨房を出ずになんとなく調理台横の椅子に座った。ここ以外にお喋りできる人がいないからかもしれない。ハミルが火打金を打ち鳴らす様子をぼんやり眺めた。


 ガツッ、ガッ、ガッ……。

 ガン、ガチッ、ガツ……。


(……火って意外と直ぐ点かないものなのね)


 ガツ、ガチッ、ガッ……。


(いやでも、メイドだってもっと簡単そうに暖炉に火を点けていたような……? ハミルも慣れてないのかしら)


 火なんて点けたことないな。そう思ったらやってみたくなった。


「ねえハミル、私火を点けたことがないの。やってみたいわ」


 汗の滲んだ額を不快そうに指で拭って、ハミルは振り返った。


「はあ、どうぞ。お気をつけて」

「これをぶつければいいの?」

「そうです。火種を落として、この藁片に着火して竈に入れて下さい。手を打たないようお気をつけ……」


 説明を待たずに火打金と石を見よう見まねで打ち鳴らしてみると、ガキィーンと澄んだ音を上げて、ぽたりと真っ赤な火種が落ちた。


「わっ、わわわ藁、藁っ」

「あ、それは私が」


 驚きで慌てる私に変わってハミルが藁に火を灯し竈へ投げ入れてくれた。びっくりした。まさか一打ちで出来るなんて、ラッキーだわ。当たりが良かったのかしら。


「お嬢様、申し訳ありませんが普段ダイニングを使用しない為掃除が行き届いていないのです。お食事はお部屋でなさいますか?」

「そうね……貴方はいつもどこで?」

「厨房で頂いております」


 部屋に運ぶのも下げるにも人手はいる。なるほど、ハミルの仕事が増えるわけね。


「私もここで頂くわ」

「わかりました。ご用意致します」


 ハミルはマットを敷いて上にスープとパンを配膳してくれた。味は、普通ね。パンも硬め。贅沢は言わないわ。


 食事を終え厨房を出るとすっかり真っ暗になっていた。廊下の明かりも管理する人がいるのだと、改めて思った。ハミルにランタンを貰い廊下へ出る。


 玄関ホールまで戻り2階に上がろうとして、足を止めた。祖父の部屋のその先は何があるのだろう。まさか使用人部屋の辺りの様に荒れ果ててはいないだろうか。


「ちょっと見ておこうかな」


 真っ暗な廊下を奥へ進む。隣の部屋をちょっと開けてみる。布の掛かった大きなテーブルが見えた。


「あ、ここがダイニングね。て、ことはお祖父様の部屋って元々応接間だったのかしら……」


 多分ご病気になってから一階に移られたのだろう。

 ダイニングの扉をそっと閉めて、突き当たりの部屋へと向かった。扉にガラスが使われていて、開放的なその部屋は居間だった。部屋に入るとサンルームの様に窓も広く、昼間に来たらさぞ明るく気持ちいい部屋だろう。窓辺に寄るとテラスがあるのも見え、扉を開けて外へ出てみる。


 テラスには階段が付いていて、そのまま庭に降りる事が出来た。


「信じられない……この辺りは平和なのね」


 戦の多いカーネスではまず見ない作りだ。敵の侵入路を増やすなんてとんでもない。一階は窓にも飾り格子が嵌められている屋敷の方が多いはずだ。

 恐る恐る庭へと降りてみる。ランタンを掲げると、庭から森へと繋がっていた。


「塀も柵もないなんて。なんだか不思議だわ」


 森へと続く小道を見ると、ランタンの灯りに反射して石が光った。近寄り屈んで見てみる。


「何かしら? 石英? にしては色がついてるような….」


 顔を上げると、さらに先にも光る石が落ちていた。


「蛍石? よくあるのかな……特産品になるかしら?」


 点々と落ちる石を追いかけて、ハッとした。


「この森……狼とか、居ないよね? 戻ろ、明日また来よう」


 暗い森の中を歩くなんてどうかしている。余りにも環境が変わって、浮ついていたのかもしれない。

 慌てて振り返ってランタンを掲げてみる。だが。


「……ウソ」


 光る石が無い。光の当たる角度で反射しないのか、全く見えない。


「いやいや、真っ直ぐ来たし。距離もそんなに無いわ。真後ろに真っ直ぐ行けばいいのよ」


 不安に騒ぐ胸を抑えて、足早に進む。すぐに開けた場所に出てホッとしたのも束の間、ランタンに浮かび上がるのは、木で建てられた小屋であった。


「来る時は、気が付かなかった……とか」


 ぐるりと見回すが、入って来た森の入り口はわからない。もう一度小屋を見ると、窓ガラスにゆらりと光が揺らめいて見えた。


「誰か、いるのかしら」


 案内を頼めないだろうか。

 入り口へと近づくと、内側から扉が開いた。息を飲んで身を固くする私の前に現れた人は、黒髪に美しい緑色の目をした男性だった。大柄で、半袖から出た腕は逞しく、刀傷が幾つも付いていた。強面ではないが、背が高く迫力がある。腰に下げた剣がそれに拍車をかける。

 男は驚いた様で、軽く目を見張った。


「こんな時間にここで何してる?」

「えっ、と……迷ってしまって。あの、村まで案内を頼めますか」

「迷う? こんな真夜中に? 村までちょっと距離あるぞ」

「え?」


 真夜中? 距離がある? そんなに長いこと歩いていただろうか。


 困惑する私をどう思ったのか、男はため息をついて少し体をずらした。


「今日は遅い。明日送ってやるから入るか?」

「っ……」


 躊躇った。未婚の男女、しかも私は政略結婚が決まっている。万が一何かがあった場合国王陛下の意思に反する事により実家に害があるかもしれないからだ。


 男はまたため息をついて「何もしないよ」と言った。


「俺の名前はユーリ。今度ここの領主になるらしいんだ」

「え?」

「慣れる為に早めに越して来てこの辺見て回ってるんだ。結婚も決まってるし、何もしないよ」


 “今度ここの領主になる”って事は……もしかしてこの人が私の旦那様になる方? なら、大丈夫かしら?

 ……ああ、きちんとお相手の名前を聞いておけば良かったわ。

 信用するか、一晩森を彷徨うか。

 後者の体力は無い。腹を括ろう。


「わかりました。私はエラです。一晩お世話になります」

「ああ」




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