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妖精の森、時は巡りて  作者: たろんぱす


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見送る春1

〈一章 見送る春〉は全四話です。よろしくお願いします。



 庭園で美しく微笑み合う男女を、離れた生垣の陰から見ていた。一枚の絵のような、あるべくしてあるような、完成された景色に私は入ることが出来なくて。

 まるで自分が色褪せてしまったかのような疎外感があった。

 羨望、妬み、悔しさ、諦めに、虚無。一人でもがいて、一人で完結した。私に選択肢はなかった。




「では、選んでくれ」


 父の声に、私はハッと意識を戻した。


 我が家の応接間で、私と妹のミアが座るソファの、向かいに座った貴公子は父に頷くと、その真っ直ぐな視線を向けた。私の、妹へと。


「私はミアさんを選びます」


 我がカーネス王国は昔から戦の多い国である。

 国境沿いでは今日も取った、取られたと他国との小競り合いが止まず、領土を増やしたり減らしたりを繰り返している。

 孤児は多く、その子達もまた施設で兵士へと育てられる。戦で勝ち抜き、貴族へと成り上がる孤児が多い反面、そのまま亡くなって消えていく成り上がり貴族もまた多い。


 成り上がった孤児には、男爵位と村ひとつ分程の細やかな領地を与えられる。だが元孤児の貴族達はろくに読み書きも出来ず、領地経営など以ての外。他の大貴族の「協力しましょう」などという申し出に言いくるめられて乗っ取られてしまうのが現状だ。


 私の母方の祖父もそうだ。

 孤児から戦果を挙げ、男爵位を得た口だった。隣接する伯爵領から嫁を貰い、ひとり娘が産まれた。

 だが田舎の暮らしが合わなかったのか、祖母は嫁いだ数年後には亡くなってしまった。度々戦への召集が掛かる祖父は、母を祖母の実家へと預けた。

 男爵領の管理も伯爵家から遣わされた執事が代行し、母は伯爵家の従兄である父と結婚した。

 このまま祖父が亡くなれば、男爵領は伯爵領へ合併される手筈になっていた。


 はずだった。


 負けが続き領地が足りなくなっていなければ。

 先日、久々の白星を掴んだ孤児上がりの傭兵が男爵位を賜ることとなった。だが空いた土地がない。そこで、男爵の孫娘の婿という形で土地を与える事になったのだ。


 父としては、目の前で獲物を奪われた気分だろう。しかも政略に使える駒(むすめ)をひとつ失うのだ。損しかない王命に歯軋りしつつも、逆らえはしない。諾々とのみこんだ。


 そこで問題になるのは、二人娘のどちらが婿を取って跡を継ぎ、どちらが嫁に出されるのかということだ。


 父はそれを入婿になる事が決定しているエリオットに選ばせた。「どちらの婿になりたいのか?」と。


 私は選ばれない。わかっていたわ。庭園で二人を見かけたあの時から。


 選ばれたミアは頰を薔薇色に染め、華やかに微笑んだ。


「はい、喜んで」


 子供の頃からどちらかが家を継ぐんだと言われていた。長子だから、次子だからと言う事はなく、実力主義の父は「優秀な方を後継にする」と名言していた。

 その話を聞いた時、年子の妹はきょとんとしていた。私も難しいことはわからなかったけど、努力した方が報われるのだと、幼心に理解した。

 領地の勉強も、マナーも社交も、流行や美術鑑賞だって学んだ。二人共成人して、自画自賛だけれど、それなりに熟ると、妹より優秀だと自負していた、けれど。


 エリオットはミアの喜びに色付いた顔に見惚れてから相好を崩した。頰を染めて見つめ合う二人から目を逸らす。


 そんなものはひとつだって必要じゃなかったみたいだ。


(いいえ。結婚して、領主の仕事を手伝う。対象は伯爵家から男爵家へと変わってしまったけれど、大きくても小さくてもする事は変わらないはずよ。大丈夫、無駄なんかじゃ……ない、はず)


 父はエリオットとミアの様子を見て頷き、私の方を見た。


「では、男爵家へはエラが行くように」

「賜りました」

「男はひと月後に男爵領へと来るらしい。お前は出来る限り早く男爵家へ入り、執事から色々教わるがいい。いいか? 決して運営を男に任せるんじゃないぞ。孤児上がりなんぞにやらせたらたちまち傾いてしまう。執事の言う事をよく聞いて、同じ様に務めればいい」

「はい。早速準備を致しますので下がらせていただきます」


 輝く二人に、私の姿は見えていないようだった。




「さて、こうなったら出来るだけ待って行ってしまいましょうか」


 ド田舎の小さな男爵領、しかも領主にコネは無し。社交は無いに等しいだろう。精々が近隣と仲良くやろうぐらいか。いや、あそこ近隣もちょっと遠い隣町くらいしかなかったな。

 たった一ついいところは果物の収穫量が安定しているという事だろうか。祖父が男爵になってからの報告書を見せてもらったが、一度も飢饉に陥ったことがないという。小麦や雑穀などの穀物を大々的に育てているわけではないが、毛皮も一定量出されている。父がこの土地を欲しがる理由はこの安定感だろう。

 

 荷造り用の木箱に今私が持つドレスに装飾品、書籍にと金目の物を詰め込む。父の指示を受けたメイドが手を出す前に。


「お父様が持参金に幾ら用意してくれるか知らないけれども大した額じゃないだろうし、金目のものはありったけ入れましょう。とは言え荷馬車一台分に納めないと負担よね」


 お気に入りのステンドグラスのランプシェードに手を掛ける。ブルーベルに止まる妖精の絵が美しくてお気に入りなのだ。明かりを灯すと優しく壁を彩り、1日の終わりを癒してくれる。これは持っていきたい。

 包む布を手繰り寄せたとこへ、ノックと共にドアが開けられた。


「お姉様、入っていい?」

「もう入ってるじゃない」


 ため息をついて荷物の海から立ち上がる。選別の為に広げた荷物を避けながらドア側へ回った。

 どうやら二人だけの世界から出てきたみたい。


「すごい荷物ね。これ全部持ってっちゃうの?」

「そのつもりよ。それで用事は何?今忙しいのよ」


 素っ気ない私の言い方にミアはぐにゅりと眉を寄せた。


「……そんな言い方ないじゃない。ただ、お姉様にごめんなさいって言いたいだけだったのに。私がエリオット様に選ばれてしまってごめんなさい、って」


 エリオットは隣接する軍事に強い伯爵家の次男だ。うちの領地と戦争中の隣国との間には領地一つ挟んだ分しか距離がなく、万が一攻め込まれた時に援軍をお願いする為だ。うちからは安く武器を提供する事を条件に政略的に結ばれた結婚だ。

 私は彼に恋情は抱いていなかった。例えるなら勲章(ロゼット)のような、努力の結果が具現化したもののように思っていた。頑張った事を認めてもらえた証明書で、そんな未来への憧れを映し出した姿。


「お姉様はいつもうっとりとしたお顔でエリオット様を見ていらしたでしょう?私、知っていたけど、その、私も」


 ミアの恋心は筒抜けだった。わかりやすく頰を染めて、わかりやすくまごついて、察してくれと言わんばかり。そんなミアをエリオットは可愛いと思っていたのだろう。そもそも生真面目と評される私より、柔らかな雰囲気のミアの方が好みなんだろうな。


 胸の前で手を組んで頬を赤くする妹に姉の行先を心配する色は無い。


(まあ、そうよね。そんな思慮深い子だったら、今回ももっと話し合いがあったはずだわ)


「過ぎたことだからもういいわ」

「そんなの嘘! お姉様一生懸命勉強してたもの。私のことが憎くても仕方がないわ。私、それでもお姉様が大切だって伝えに来たの」


 私がヤケになって暴れ回るとでも思っているのかしら。心の中でため息をついた。


「それより後を頼むわね。しっかり勉強もするのよ」

「ええ、任せて! お父様もお母様も伯爵家も、全部私が大切にするわ。え、ねぇそのランプシェード持ってっちゃうの?」

「ええ。気に入っているし」

「ええ〜、私もコレ好き」


 仕舞おうと思っていた妖精のランプシェードを、ミアは指差す。


「私は同じの貰えなかったのよね」

「貴女は違う柄を貰ったじゃない」

「そうだけど〜。私も欲しいからお父様にお願いしようかなぁ」


 その言葉にぎくりと身を固める。ミアがお父様に「お姉様と同じランプシェードが欲しい」なんて言ったら、譲っていけ、他もミアの欲しい物を置いて行けとどんどん荷物が減ってしまう。荷造りを父に介入されたくない。


「仕方ないわね。大切にするのよ」

「えっ! いいの? ありがとう〜! もちろん大切にするわ」


 幸せそうににっこり笑って、差し出した両手にランプシェードを手渡した。


 なにが、嫌なわけじゃない。

 どの家でも下の子は可愛いって言うし、極端な姉妹差別があるわけでもない。ずっと満たされていたわけじゃないけど、足りなかったわけでもない。

 でもこういう時(ああ、相容れないなぁ)と感じてしまう私は狭量なのだろうか。


「じゃ、貴女はお幸せにね」


 そう言ってミアの背を押して部屋から追い出した。




 諸々の支度を済ませて一週間後には屋敷を出た。

 結局馬車は三台になり、高価な物もあるからと護衛も付けてもらえた。荷物の量に関しては母が言い添えてくれて、父が許可したようだ。

 村に宿泊施設はないので、送ってくれる彼らは荷物を下ろしたら蜻蛉帰りだ。もたもたせずに馬車へ向かう。


「エラ、元気でね」

「はい、お母様もお元気で。それと、見送りありがとうございます。荷物の件も感謝しています」

「ええ、貴女に何か出来るのはきっと最後になるから」


 ぎゅっと母と抱擁を交わす。

 一応母の故郷だが、母は一切覚えていないそうだ。祖父についての話も聞いたことがない。

 体を離して、執事の方を向く。


「さよならランドン。貴方に教わった事を活かせるように頑張るわ」

「お嬢様ならご立派にこなされる事と思います。新しい場所でもどうぞお健やかにお過ごし下さいませ」


 出発は朝が早かったせいで、見送りは母と執事のランドンの二人だけだった。車窓から遠ざかる屋敷を見えなくなるまで見送った。

 男爵家は飢饉こそ無いが、実入の大きい特産品があるわけでも無い。経済状況自体は芳しくない報告を受けているので、雇えるかわからないメイドを連れて行けない。先行きの不安や別れの寂しさを感じながらも、屋敷から離れてどこかホッとした気持ちもある自分は、随分薄情だったのだと思う。

 こういう淡白なところが、エリオットに好まれなかったのかもしれない。


 夕方前には着くだろう。


 揺れる馬車の中で窓の外を見続ける。


(お祖父様とお会いするのは初めてね。武勇伝は人伝に聞いた事があるけれど)


 祖父、トレック男爵の武勇伝は多い。特に有名なのは爵位を賜る事に繋がったアバータウンの戦いだろうか。それからヴァンプリッチ伯爵領襲撃戦やロージリアン山岳戦、と枚挙に暇がない。


 ヴァンプリッチ伯爵は穀倉地帯の領で、間者に次々と放火されて終わりかと覚悟を決めていた所をトレック男爵に助けられたと、孫の私達にも社交場で会うと良くしてくれる。


(お祖父様は厳つい大柄のイメージだわ。怖い人かしら……そういえば結婚する方も同じような経歴のお人なのよね)


 ひとり考える時間が長いというのも問題だ。私はネガティブな思考を振り払った。

 




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