第27話:さよならオロシ村!目指せ、城塞都市ソルト!
――朝。
かすかに冷えた空気の中、私たちはフイさんの家の前に立っていた。
地面の草はうっすらと朝露に濡れ、まばらな薄い雲の隙間から届く太陽光をきらきらと反射する。
風が屋根の上を撫で、スカートを揺らす。
キャヴィは――私たちが、殺した。
私がそれを選んだから。
今、私たちは、フイさんの家の前に立っていた。
目の前には、フイさんとハニーさん。
フイさんはしわだらけのまあるい手を体の前で重ね、いつものように少し腰を曲げて立っている。
その目は、まっすぐに私たちを見ていた。
「ありがとう――本当に、ありがとう」
その声は、温かかった。
火鉢のそばで聞く、いつもの温かい声。
フイさんの目に、涙はなかった。
深いしわの奥、その目は――いつものようにうっすらと濁っていた。
そして、触れられない何かを、見ているような気がした。
「私たち、行きますね。魔王を、倒しに行くんです。いっぱい泊めてくれて、ありがとうございました!」
フイさんが一歩前に出て、私の手をそっと握る。
しわしわで、ざらざらの、温かい手。
「レリィさんたちの旅が――どうか、幸せにつながりますように。魔王も――レリィさんたちなら、きっと倒せるよ」
私は、ただ強くうなずく。
フイさんの後ろにいるハニーさんの口元が、ふっと目を閉じて笑う。
肩が、少し震えていた。
「お世話になりました、フイさん!お元気で!フイさんのお味噌汁、大好きです!」
「……じゃあ……まあ、元気で」
「一緒に料理ができて……楽し、かった。その……ありがとう、ございました……」
「じゃあなフイさん!寒くなったらもっと厚い布団で寝ろよ!」
手を振って別れを告げ、道を進む。
向かうは、城塞都市ソルト。
行ったことのない大都市だ。
振り向くと、遠くの小さなフイさんが、まだこちらを見つめている。
私は再び手を振る。
鳥のさえずりが、心を弾ませた。
***
村の道を下る。
小さな畑、閉じた井戸、崩れかけた策。
誰もいない村に、かすかな朝日が差し込む。
その光が、私たちの肩を温かく照らす。
「どうして、フイさんは村に残るんでしょうか。ご家族や村の方たちは――ソルトにいらっしゃるんですよね」
私はふと呟く。
「さあ……。ばあさんの思考なんて、考えるだけ無駄……俺らにはわかんねえ理由があるんだよ、たぶん」
ユートさんが空を見上げながら返す。
ちょっと口が悪いですよ、ユートさん!
でも、言いたいことはわかる気がした。
そのときだった。
「――わっ!!!」
私を、ふわりと何かが包んだ。
腕。
そして、酒の匂い。
振り返ると、そこには金髪の――。
「ハニーさん!?」
「えへっ♡!ハニーです♡!やっぱレリィってかわいい~!」
「なんでここに!?」
ハニーさんは腕を外して自分の後ろに組みなおし、にっと笑った。
「ん~、城塞都市で一儲けしようかな?みたいな?」
「な、なるほど……!」
「うわあ、じゃあソルトまでついてくんのかよ……!」
兄さんが眉をひそめる。
「え~、いいじゃん♡ お金あるよ♡ あたし♡」
「俺には貸さないだろ、それ」
「あはっ、正解♡」
「コイツには貸さなくて正解だ……」
けらけら笑うハニーさん。
でも、ふっと、真剣な声になった。
「で……レリィ、フイさんが村に残ってる理由――だっけ」
「聞いてたんですか……!」
「ん~、聞こえちゃった♡」
ハニーさんの口元はあいかわらずへらっと笑っているが、目はまっすぐだった。
「あのさ、フイさんってめちゃめちゃいい人じゃん。急に来たあたしみたいな胡散臭いやつにご飯とかくれてさ、泊めてくれてさ」
ハニーさんは一度空を見上げて、それから話す。
「フイさんさ、ずっと思ってたと思うよ。キャヴィを殺すべきだって。で、それをするべきだったのは自分だって。まだ、完全に魔物になる前だったらフイさんの手で、きっと終わらせられたからね」
風がわずかに吹き、髪を揺らす。
誰も、何も言わなかった。
「でも気づいたときには遅すぎて――まあ、でもそんなの当然でしょ!ってあたしは思っちゃうんだけどさ」
ハニーさんの笑い声が、空気の中で行き場を失う。
「だから、フイさんはきっと、自分が逃げて、助かって、のうのうと生きて――その裏で、自分がかわいがっていた”あの子”が誰かを殺して、誰かに殺されるのが……きっと、許せなかったんだ。だから、フイさんは――」
声は穏やかだった。でも、その言葉は、私の胸をたしかに刺した。
そして、その続きはわかる気がした。
「……待っていたんですね。キャヴィが、殺しに来るのを」
唇の裏を噛む。
眉と瞼を、どこに置けばいいのかが分からなかった。
胸の中が、ただざわめく。
ハニーさんが、くるりと後ろを向いた。
「やっぱさ、あたし、フイさんといることにするわ」
そして、顔をわずかにこちらに向ける。
「だってさ、まだもらってないからね。”宝物”♡」
ハニーさんはウィンクをすると、手をひらっと振ったあと、フイさんの家の方に駆けだしていった。
「何だったんだ、アイツ」
兄さんがその背中を見ながら呟いた。
でも、その答えは何となく――わかる気がした。
「ハニーさんって、やっぱいい人ですね、うん!」
私は前を向く。
後ろには、ユートさん、マチル、兄さん。
――やはり、魔王は倒さねばならない。
魔物の元凶。悲しみの元凶。
誰かが――私たちが、止めなければならない。
杖を前方に振り上げる。
「さて、行きましょうか!魔王城に向かって――まずは、城塞都市ソルトへ!」
***
お昼の日差しが、柔らかに大地を照らす。
空をかすめて飛ぶ鳥の影。
新しく始まった旅路の、はじまり。
「冷静に考えて――私たちってやっぱ最強ですよね!!!」
「は……何急に……って、いつもか」
「最強って……何でしょうね……フフ……」
「知らねえけどさぁ、早くソルトに行きてえな!街だぜ!街!」
「お前さ、さすがに学んでるよな?……まあ俺の金じゃないなら別にいいけどさ」
「学んでるから!!!学ぶ男だぜ!!俺は!!!」
「二度目は……無い……」
「ほらっ!やっぱり最強です!」
「今の会話のどこから感じたんだよ、それ……」
笑い交じりの声が、風になって森を抜けていく。
目指すは、城塞都市ソルト。
魔王城へ、着実に近づいています。
「さあ!レッツゴーです、打倒魔王パーティ!私たちなら、魔王なんてドッカーンです!!!」
次回→第28話:発見、剣術道場!これは行くしかありません!
更新日時未定




