第26話:貫け信念、斃せキャヴィ!これがあなたの最期です!
静かだった。
風の音すらなかった。
葉は揺れず、鳥も鳴いていない。
私たちは、あの巣穴の前――黒く抉れた地面の口の前に、立っていた。
時刻は、昼の11時を少し回ったところ。
キャヴィが眠る時間。
残していった魔力の残渣が、教えてくれた時間。
私は、ハニーさんから借りた弓を番えた。
これは、私がやらなきゃいけない気がしたから。
いや、私がやりたかったから。
後ろを見る。
三人――ユートさんも、マチルも、兄さんもいる。
大丈夫。私たちならできる。
弓を引く。狙いを定める。
強化魔法。
筋力を、弓を、視力を、強化する。
集中力を上げ、息を研ぎ澄ます。
矢に、最大の魔法をかける。
真っ直ぐに空を裂き、何をも穿つように。
頭の血管が千切れそうなくらい、指先の爪が全て剝がれそうなくらい、鼻血が喉の奥に流れ込みそうなくらい。
何重にも、何重にも魔法をかける。
キャヴィに一撃をぶち込む。
ユートさんの爆発にも負けないくらい。
最大火力の一撃を。
矢羽が頬を掠める。
髪が逆立つ。
風を感じない。音も感じない。空気も感じない。
巣穴の奥のキャヴィを、見る。
息を止める。
そして。
――放つ。
一瞬の沈黙。
の、後に。
巣穴から、闇が飛び出した。
空に舞う。
一瞬。
雲が晴れる。
太陽が、キャヴィの背中を照らした。
左目に深く突き刺さった銀色の矢。
血の代わりに流れる、黒い瘴気、が、地面に落ちる前に。
キャヴィが消える。
「後ろだッ!」
兄さんが叫ぶ。
即座にバリアを展開。
音の波動。
バリアが砕ける。
弓をしまう。
強化魔法。全員に。
左。黒い影。
キャヴィが、森の地面を滑るように走る。
吠えるたび、木々が音を立てて弾け飛ぶ。
「――ユートさんッ!!!」
キャヴィの躯体が、ユートさんに向かって真っすぐに突っ込んでいく。
剣を構え、剣先をキャヴィに向ける。
爆炎死獄を狙っている。
でも。
キャヴィが前足に地面を付けた、その一瞬。
体をよじり、瞬時に方向を変える。
剣先を向けなおす。
だめだ、魔力の移動が間に合っていない。
キャヴィが唸る。
バリアを展開しようとする。
間に合わない。
キャヴィがユートさんの方を向く。
吠え――。
「こっち向けやクソ犬ッ!!」
槍。
右から走った兄さんがキャヴィを槍で殴る。
キャヴィの顔を掠め、咆哮はさらに左に逸れて大木を弾け飛ばす。
後ろに跳ね退くキャヴィ。
突進。今度は、兄さんの方へ。
真正面から組み合う。柄で喉元を押し返す。
衝突の衝撃が、地面の湿った落ち葉に波紋のように広がった。
「兄さん!」
杖を構える。
物理防御強化、行動速度上昇、微量継続回復。
大気の精霊に耳を澄ませ、空気の流れ道を作る。
三重掛け。今の私の限界。
キャヴィの足を外から弾くように、槍が振るわれる。
再び、掠める。
瘴気が空を舞う。
キャヴィが再び引く。
咆哮。
の、前にバリアを展開。
「爆輪……!」
マチルの声が飛ぶ。
闇の紐がキャヴィに絡まる。
動きが、ほんの少し鈍る。
ユートさんが腕を振り上げる。
剣先を向け、構える。
でも、キャヴィは跳ねた。
蜘蛛のようにぐにゃりと関節を折り、木を蹴って幹を滑り、別の幹へ。
爆発を、撃つことができない。
兄さんが槍を持ち、跳ぶ。
すかさず跳躍魔法。
魔法が四重になる。
息ができない。
兄さんが槍を振るう。
キャヴィに目掛け、一直線に振る。
空振り。
跳躍魔法を解除する。
やっと息ができる。
キャヴィの左目に刺さった銀の矢が、太陽光を反射する。
「レリィ!マチル!もう一段!頼む!」
「……!」
兄さんが叫ぶ。
――もう一段。
つまり――捨て身を、覚悟している。
「……わかりました、兄さん!」
杖を掲げる。
防御魔法を解除する。
空気に漂う精霊の流れを、杖の先に。
「聖山に舞う蚕糸の精霊よ、鉄の意思を彼の身に宿し、闘志を貫く肉体をどうかッ!――”ストレングス”ッッ!!!」
槍を握りしめる手に、力がこもる。
キャヴィを見据える。走り出す。
ほぼ同時に、マチルも続ける。
「感覚の淵に眠る紫の精霊よ、命の輪郭を削ぎ落し、輝きを消せ……“無感領域”……!」
兄さんが駆け出す。速い。
筋肉の限界が消えた。
一直線、キャヴィの方へ。
速い、目で追えない。
キャヴィと組み合う。
槍を繰り出す、避けられる、突く、外す、貫く、掠る。
精霊の流れを追従させるだけで、精一杯だった。
何かと何かがぶつかる音。
キャヴィの咆哮。
爆ぜる瘴気と血。
唸る、瞬間。
兄さんの目が見えた。
槍が、キャヴィをとらえた。
後肢を貫く。
右の太ももに、大きな穴が開く。
瘴気が噴き出す。
キャヴィが叫ぶ。
槍を引く。
跳び退こうとする。
その一瞬を、逃さなかった。
「深き影に囁く断罪の精霊……揺れぬ湖底にすべてを沈めよ……逃れ得ぬ咎の刻印として……“極縛輪”」
漆黒の鎖が、キャヴィの身体を捉える。
食い込む。
同時に。
「爆炎死獄・極」
空気が、変わる。
捻れる。
時間が、止まったかのように。
閃光。
熱風。
爆音。
――大爆発。
炸裂する爆炎、森が光に焼かれる。
キャヴィの影が、一瞬見えて、すぐに粉々になった。
全てが、飲み込まれた。
そして、消えた。
次回→第27話:さよならオロシ村!目指せ、城塞都市ソルト!
7月13日(日)更新!




