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第24話:曇天の下、明かされる事実。私の心は……。

朝が来た。

キャヴィとの決戦の日。

空は、一面の灰色だった。雲の切れ目はどこにもなく、風も吹かない。


でも。


「行きますよ、皆さん!キャヴィを倒し、村に平和を取り戻すのです!」


私の心は燃えていた。


みんなと目が合う。

みんなの目にも、決意の炎が宿っていた。


フイさんの家の玄関先。

囲炉裏の灰の匂いがかすかに漂う中、フイさんが静かに佇んでいた。


「ありがとう」


その声は、まっすぐだった。


「どうか、無事で……」


ゆっくりと、長い年月が枯らした優しい声が、言葉を刻む。

そして、しわの奥から覗く目には、深い感情が――あった。


「どうか、キャヴィを――」


「殺してくれ」


言葉が、空気に刺さった。

フイさんは、ただじっと私たちを見ていた。

どこまでも穏やかなその表情。

しかしその声には、強い決意が滲んでいた。


私は、少し震えて、そしてただうなずいた。

何も言えなかった。

フイさんが、何か私の知らないものを背負っている気がして――ただ「はい」ということが、できなかった。


***


小道を歩き始めてすぐ、背中から声がかかった。


「ちょっと、待ってくれない?」


みんなが、足を止める。

振り返ると、そこにいたのはハニーさん。


灰色の空の下、風は無く、でも草葉がざわりと揺れた気がした。

ハニーさんの表情はいつものようにへらりとした笑みを携えていたが、でも、とても重大なことを――言おうとしている気がした。


「ねえ、あのさ……」


「なんだよ、来たくなったのか?」


兄さんが口を開く。


「あはっ、そんなわけないじゃん、ドルト」


ハニーさんは顔を軽く手で覆いながら笑った。

が、その目の奥には、もっと真剣なものがあった。


「……キャヴィ、殺すのやめてくれない?」


空気がひんやりと冷えた。


「……どうして、ですか?」


わからなかった。

たしかにハニーさんはずっと、「やめなよ」と言っていた。

でも、いま改めて、そんなことを提案される理由がわからなかった。

厚い雲に遮られた日光が、私たちをうっすらと灰色に照らした。


「キャヴィってさ……」


ハニーさんが口を開いた。

聞いちゃ、いけない気がした。


「犬、だったんだ。フイさんが、昔一緒に過ごしてた」


――犬?


心臓が、ぐるんと逆流した気がした。


ハニーさんの言葉は淡々としている。

だけど、音のない鐘のように、胸の内でずっと反響する。


「もう何十年も前の話だけど――だんだんと、変わっていったんだって。最初は、うるさく吠えるだけだった。でも、毛皮が剥げて、牙が伸びて、骨が、曲がって」


ユートさんは、腕を組んでいた。

マチルは、ハニーさんの方を上目遣いでじいっと見つめている。

兄さんは眉をひそめ、うっすらと額にしわを寄せている。


ハニーさんは続ける。


「魔物に、なっていったんだ。家族が」


私は、息をのむ。

キャヴィの巣にあった、カラフルなボールが、頭の中で、とん、と跳ねた。


「でも、最初の方はさ、”犬”でいる時間の方が長くてさ、だから――フイさんにとっては大好きな、大事な”家族”のままだった。わかるよね、ご飯をあげたりさ、一緒に過ごしたりさ、急にやめられるわけないじゃん」


どこかで鳥が一声鳴いた。

誰も、何も言えなかった。


「殺すなんて、絶対無理!フイさんは――家族と――”宝物”みたいな家族と、ずっと一緒にいただけ。その家族が、半分魔物だっただけ」


心が、ずしんと重くなった気がした。

私はハニーさんの、少し悲しげな瞳から目が離せなかった。


「でも。半年くらい前からさ……急に、変わった。ふらりと消えて出会った動物を見境なく襲い、ときには人里を。そして、フイさんまでも……」


半年前、という言葉が、喉の奥を刺激する。

魔王の影響だ。ポンポン森のルクシマルと同じ。

魔王の力が、増しているから。


キャヴィは――魔物になってしまったんだ。


「あたしさ、まあフイさんには一晩泊めてもらうだけのつもりだったんだけどさ――なんか、ヤバい魔物いるじゃん、で、そんな話聞いちゃうじゃん」


ハニーさんが笑う。その笑顔に、いつもの軽さは無かった。


「守りたくなっちゃうよね~!フイさんも、キャヴィも、さ」


「お前……」


兄さんが口を開いた。でも、それ以上何も言わなかった。


「わかってるよ。フイさんが、キャヴィを殺してほしい、って思ってたことも――そして、フイさん自身を……や、これはあたしの邪推。でもさ――でもさ、あたしさ……」


ハニーさんの瞳が揺れる。


「ねえレリィ、やっぱりキャヴィを殺すの、やめてくれないかな。ねえ、わかってくれるよね?」


ハニーさんが、私を見る。

その目は、ただ真剣だった。


ユートさんが、低い声で「そんなの……」と呟いた。でも、その先は言わなかった。


私は、何も言えなかった。


ぽつり、と一滴、肩に雨が落ちて、布地にじんわりと広がった。

やけに、冷たく感じた。

次回→第25話:揺れる心と動かぬ足。それでも、私は。

7月6日(日)更新!

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