第21話:翻弄!襲い来る不気味な影・キャヴィ!
囲炉裏の火は、今日も穏やかに燃えていた。
キャヴィの痕跡を見つけてから、もう3日。
あの日の山での光景は、今でも私の目の裏から離れない。
――でも。
だからこそ、必ずキャヴィを倒さなければならない。
そして、私たちにはその力がある。
だって、打倒魔王パーティなんですからね!
だから私たちは、調査を続けていた。
キャヴィはどこにいるのか。
それを探るために。
同時に、ここでの生活はどこか緩やかで、静かだった。
朝は鳥の声で目を覚まし、昼は調査に出かけて(ついでに山菜や木の実を取ってきて)、夜は囲炉裏を囲んでご飯を食べる。
「うま……これ、何のだし?」
「鳥と山菜だよ~♡!あっ、あとさっきもらったキノコ♡!」
「キノコぉ?……誰が採ったんだよ、それ。本当に大丈夫なやつ?」
「私……フフフ、大丈夫なやつ、ね……フフフフフ……ッ」
「マチル!?何だよその笑い!!!」
「俺らが意味を聞いてもわからない笑いだ……たぶん……」
フイさんが、静かにスープをすする。
穏やかな時間。
鍋から立ち上る湯気のいい匂い。火の優しい光と温もり。誰かと交わす、他愛のない会話。
本当に、穏やか。
ふと。
ハニーさんが、私の方をじいっと見ていることに気づく。
「ね~……レリィ~。もうさ、やめない?キャヴィとか退治するの。だってさ、この村、もう誰もいないしさ、おばあちゃんも元気そうだし、何かあったらあたしが守るし~」
頬杖を突きながら、ハニーさんが酒をあおる。
顔がほんのり赤い。
「もうっ、やめませんってば!困ってる人がいたら、助けるのが私たちの役目ですから!!!」
「ふふっ、レリィ……変わらないね、そういうとこほんと大好き♡」
ハニーさんに抱き着かれた。
うっ……酒臭い!!!
***
その日の晩。
私は毛布にくるまり、キャヴィのことを考えていた。
この3日間の間でも、確実に力を増している。
獣の死体。抉られた木。
早く倒さないと、被害は――この村では収まらないかもしれない。
そんなことを考えていた。
その時。
――ドンッ!!
「……!?」
重い音が、家の外壁を揺らした。
乾いた木の軋む音に続いて――。
――バン!バンバンッ!!
今度は扉だ。何かがぶつかっている。激しく、荒く、規則性のない衝撃。
「……ッ!!」
私は飛び起きる。
兄さんもユートさんもマチルも、目を覚ます。
手探りで枕元の杖を掴む。
「兄さんはフイさんのそばへ!ユートさん、マチル、行きますよ!」
キャヴィ。森に残されたものと同じ、魔物の波動を感じる。
間違いない、絶対にキャヴィだ。
兄さんが床を蹴って奥の間へ駆け出す。
私たちは玄関へ向かって走る。
戸を開ける。
月明かりが、地面を照らす。
ひんやりとした夜気の中。
そこに、”それ”はいた。
「キャヴィ」
黒く、細いシルエット。
四肢の関節は異様な方向に折れ曲がり、猟犬のような体躯でありながら、どこか蜘蛛のようだった。
目が合う。
キャヴィが、ふ、と揺れた。
地を滑るように走る。
一瞬、見失う。
「レリィさん、左っ!」
マチルが叫ぶ。
「黄昏の精霊、刹那の煌き、瞬きの盾をッ!!”シールド”ッッ!!!」
バリアを展開する。キャヴィが吠えた。
空気が震えた。
瞬間。
――衝撃。
バリアが、粉々に砕けた。
左を見る。キャヴィがいない。
「爆炎!」
ユートさんが叫ぶ。
頭上で爆発が起こる。
キャヴィの姿は。
そこには、なかった。
「ッち、外した」
遥か前方、キャヴィが佇む。
目が合う。
瞬きをする。
もう、いない。
「深き沼地に遊ぶ眠れる精霊、踏みし者に刻まれよ、“暗沼印”」
地面が、私たちの周りが、ほんのり黒い影を立ち上らせる。
「呪詛をかけた……踏んだら、スピードが低下する……」
でも。
キャヴィが、再び左にいて。
吠える。
バリアを展開。
だめだ、間に合わない。
砕け散る。
鋭い音波が耳を貫く。
何かの波動が体に届く。
左腕の肉が抉れる。
「ぐ……っ!!!」
血が噴き出す前に、すぐにヒールをかける。
回復する。
腕が、じんじんと痛む。
キャヴィは遠巻きに私たちを囲むように動き、音波を飛ばしながら、時折突進を仕掛けてくる。
不規則。
捉えられない。
「ユートさん、ここらへん一帯を爆発させられませんか!?」
私はキャヴィから目を離さず、そう言った。
「無理……そんな広範囲、できない。それに、さっき使ったから……次使うまで、まだかかる」
私は前方のキャヴィを睨む。
が、いない。
右から音波。
バリア。
また姿を消す。
左腕が、まだ痛い。
――どうすれば。
決定打が無い。
兄さんを呼んだとしても、遠くから攻撃してくるキャヴィには槍が届かない。
ジリ貧。
どうする?どうすればいい?
胸の中に、冷たい何かがじわりと広がる。
――その時、だった。
ヒュッ……。
右耳の、すぐそばで。
音が、風を裂いた。
キャヴィの右前脚の前に突き立つ、銀の閃光。
「……矢?」
後ろに跳ね退くキャヴィ。
すかさず――二矢目。
またも、キャヴィの進行方向わずか前方に、銀の矢が突き立つ。
ユートさんが、かすかに息をのむ。
そのまま、三、四、五矢。
正確に、キャヴィを追い払うように、一筋の線を描くように矢が打ち込まれていく。
息をのむ。
六、七、八。
一瞬のうちに、矢が何本も放たれる。
全て、キャヴィの一歩先へ、正確に。
まるで――「進むな」「退け」と告げるように。
キャヴィが跳ね退く。
私は、後ろを――矢が飛んでくる方向を、振り向く。
後ろ――私たちの遥か後ろにいたのは――。
「ハニーさん」
フイさんの家の中。
土間に佇む一人の女。
何も言わず、弓を構え、視線は一直線にキャヴィを突き刺す。
九、十、十一、十二――十三/十四/十五。
矢がキャヴィの前に何本も突き立つ。
月明かりを受けて銀色に輝く一筋の線。
キャヴィは一歩、そして二歩と後ろに下がり――そして、身を翻して山の影へと消えた。
残されたのは、静まり返った空気と矢が突き刺さった地面。
私は、気付かぬうちに息を止めていた。
「……」
ハニーさんが、弓を降ろし、何か言おうとする。
「……あはっ……。あぶな~!も~みんな、死ぬところだったじゃん!だめだよ~、あんな危ないのと戦ったらさ!」
ハニーさんがへらっと笑い、私の手に肩を置く。
「別に、深い意味なんて無いよ。あたし、レリィの泣き顔が見たくなかっただけだから♡」
私の顔から疑問が漏れていたのか、ハニーさんは答えた。
「ありがとう、ございます……。ありがとうございますっ!ハニーさんっっ!!!」
ハニーさんはひらりと手を振って土間から上がり、奥の間へ消える。
――今日、私たちは、生き延びることができた。
でも、倒せていない。
この村を脅かす存在は、まだ生きている。
握っていた杖を強く握りなおす。
絶対に、何とかしてキャヴィを倒す方法を考えなければいけない。
今の私たちじゃ、厳しいかもしれない。
作戦を立てて、また挑む。
私たちなら、絶対にできます。
月光が地面に突き立った銀の矢と、私たちを優しく包む。
夜風が痛む左腕をそっと撫でる。
――この村を、絶対に救う。
次回→第22話:打倒魔王パーティ、作戦会議です!つかめ!キャヴィのしっぽ!
7月2日(水)夕方更新!




