第20話:オロシ村の脅威!魔物キャヴィとレリィの決意!
朝の山道。
少しだけかかっているもやが、太陽光をきらきらと反射している。
「よしっ!今日は最高の調査日和ですね!!」
私は腰に杖を下げ、道の先を指さす。
「レッツゴーです!フイさんを救いましょう!私たちが解決するんです!!」
「山かよ……台の光が恋しい……」
兄さんが何か言ってます。
でも、ちゃんと来ているのでOKです!
「まあ……散歩って思えば、ギリ」
「まぶしいのよ、朝から……。こんなの、終わってる……」
ユートさんは相変わらず生気のない目をしているし、マチルさんはフードを深くかぶって足取りが限界に重い。
でも大丈夫!みんな歩いているし、私たちならきっとやれます!
山道は細く、ところどころで石が転がる。
鳥の声が時折響き、風が葉を揺らして通り抜ける。
「さあ皆さん、気を引き締めて行きましょう!魔物キャヴィの手がかりを見つけるんです!」
私は先頭に立って、枯れ枝を踏み分けながら進んだ。
***
しばらく歩いたところで、ユートさんがぽつりと呟いた。
「なあ……そもそも魔物って、何なんだ?ただの動物と何が違うんだよ」
そうか、そいうえばユートさんは異世界の人。
馴染みすぎていて忘れていましたが、魔物について知らなかったんですね……!
「魔物は、魔王が生み出した存在か、あるいは魔王の影響で変質してしまった生き物です」
「はあ?」
ユートさんが、気だるげに目を向けてくる。
「たとえば、ユートさんが最初に倒したドラゴン。あれは、異常なほど魔力が乱れていて、見るなり襲ってきました。あれは、魔物です」
「えいであ……?」
「ポンポン森のルクシマルも魔物だな」
(珍しく)兄さんが補足する。
「そうですね、あの魔力の流れは異常でした!ユートさんも見たでしょう、無限に沸いてくる猿の魔物。あれは明らかに魔王の影響です!」
「よくわかんねえんだけど」
うーん、説明が難しい!
今度何か本を買うべきでしょうか?
「じゃあさ、あの池のダークネスバス?あれは?」
ユートさんの質問に、マチルが小さく答える。
「……あれは、ただの危険生物……」
「は?違いが全然見えねえよ」
「まあ!だいたい凶暴で人をすぐ襲うやつは魔物ですね!特に、今回のキャヴィみたいに――ここ最近で急に力を増したやつは、ほぼ間違いなく魔物です!」
「……意味わかんねえ」
ユートさんが吐き捨てるように言う。
「てかさ、そもそも……魔王って何なんだよ」
「それは……」
私はしばらく黙った。
魔王の正体――。
「――わかりません。でも、魔物の元凶であることは確かです。だから、私たちはそれを……終わらせなければいけないんです」
「……ふーん」
ユートさんは、興味なさげにそっぽを向く。
魔王。本当に、何なんでしょうか。でも、魔王が魔物を生み出し、凶悪にしているのは確かであり、誰かがそれを止める必要がある。
誰か、つまり私たち。
私たちが魔王を倒し――世界を、救うんだ。
***
枯れた枝がパキ、と折れた。
私たちは深い森の中に足を踏み入れていた。
空は昼の青さをまだ保っていたけれど、木々の影が伸びていて、陽が差す場所はまばらだった。
「……なんか、嫌な感じ、する」
マチルが歩みを止めた。
たしかに。鳥の鳴き声が、聞こえなかった。
風の音すら、遠い気がした。
「……!!……レリィ……前を見るな」
兄さんの、無理やり出したような――声がした。何かを、見ていた。
私は、その視線の先に目線を映した。
落ち葉が、地面をくすんだ緑に染めている。
その上に。
息をのむ。
目が閉じれない。
視界が、震える。
その上には――。
内臓。
引き裂かれた毛皮と、露出した骨。
すぐ隣には、真っ黒に変色した血の染み。
粉微塵の頭蓋。
もうほとんど腐臭はしなかった。でも、それがかえって生々しさを際立たせていた。
無秩序に引き出され、千切られた内臓が、くすんだ緑色の地面の上に、ひっ散りばめられている。
「うっ……」
マチルが口を手で押さえている。
「こんな――ひどい」
口からは、それしか言葉がこぼれない。
明らかに、動物の仕業ではない。
凄惨。
目的のない、破壊。
魔王の影響――魔物の、仕業だ。
「なあ、これ……」
ユートさんが、何かに目を向けている。
その顔面は、いつもに増して、真っ白だった。
その目が向いていたのは。
壊れた靴。
人間のもの。
「……なあ、レリィ」
兄さんが、低い声で言う。いつもの冗談めかした様子は、抜けていた。
「これ、マジでヤバいだろ……関わるべきじゃない」
私は、即座に返事ができなかった。
――キャヴィ。確実に、魔物。
獰猛。そして、そこら中に残された魔力の残渣。
「こんなの、俺らが何とかする問題じゃないだろ……こんなヤバいなら、もっと……国とかが何とかするもんじゃねえの……」
ユートさんが目をそらす。
私は、口から声が出ない。
空はどこまでも青かった。
大地は――赤黒かった。
***
日が落ちる頃、私たちはフイさんの家に戻ってきた。
山の端に太陽が沈みかけ、空は橙色に染まり始めている。
靴の裏には、森の湿気がまだ残っていた。
私は何度も息を吸ったが、それでも胸の中の重さは抜けきらなかった。
家の扉を開けると、囲炉裏の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「おかえりなさい」
火のそばに座っていたのは、フイさん。そしてその横で、鍋を見つめる――ハニーさん。
鍋の蓋がかすかに揺れ、中からくつくつと湯気が立ち上っている。
「冷えたろう。さ、食べなさい」
フイさんが、やさしく声をかけてくれた。
私は何も言えず、ただ頷いて座布団に腰を下ろした。
ユートさんは無言で、だるそうに鍋の方に手を伸ばす。
兄さんは一度ため息をついてから、おたまを取った。
マチルは囲炉裏の炎を見つめている。どこか遠くを見るように。
ハニーさんは、一度ちらりとこちらを見た後、ずっと黙っていた。
視線は、鍋の中。笑いも、軽口もない。
その横顔が、遠くに感じた。
私は、火を見た。
ぼう、と炎が揺れる。
その奥に、今日見たあの痕跡が焼き付いている。こびりついている。
引き裂かれた体。かすかに残る、すえた匂い。黒く固まった、かつての生命の残骸。――誰かの、靴。
――あの魔物は、このままにしてはいけない。
鍋の中には、鴨肉とねぎが煮えている。
鴨は、ハニーさんがとってきたのだろう。
湯気が、目にしみる。
私は少しだけ目をこすり、そして鍋を見つめる。
(絶対に……この人を守らなきゃ)
私の心の中で、誰かが、そっと言った。
(誰かが、やらないと)
炎がぱちりと爆ぜた。
誰も何も言わない。
鍋の中の湯気は、変わらずに立ち上っていた。
(誰か、は、私たちだ。私たちには、その力があるから)
鴨肉を口にする。
フイさんの顔を見る。
深いしわに隠された表情は、わからない。
でも、どこまでも穏やかだった。
(私が、この人を守る)
――魔物キャヴィを、倒します。
次回→第21話:翻弄!襲い来る不気味な影・キャヴィ!
6月29日(日)昼過ぎ更新!




