表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/27

第16話:光る岩には爆風を!ブラックバイト終了のお知らせ!

朝。まだ日が昇りきらない薄明の中、私はお弁当箱を洗っていた。


水が冷たい。手が、痛い。

昨日、あれだけ洗ったのに、今朝も山積みだ。

目の前には、油のこびりついた容器。どれもぬるぬる、どれも酸っぱい臭い。

でも、早く洗わないとエルさんが困っちゃう。今日のお弁当もこれに詰めないといけないんだから。


「うおおおおおおお!!!!頑張って稼ぎますよ!!!!!ここを抜ければ、また一歩、魔王城に近づけるんです!!!!!」


私は叫ぶように気合を入れて、洗い場にそびえたつお弁当箱に再び向き直る。


私たちは、魔王を倒さなきゃいけないんです。そのためにはお金が必要で、お金のためには働かないといけないんです。わかってるんです!


……でも、たまに、心がちょっとだけ軋むような気がするのは、気のせいでしょうか。


「おい、レリィ。ドルトは?」


洗い場の後ろから声がした。ユートさんが、洗い場の端っこに腰かけていた。


「えっ?配達ですよ!すごいですよね、毎朝あんなに早くから村中を回って、疲れた顔ひとつせず戻ってくるんですから!」


「……それ、戻ってきてねえだろ……」


ユートさんの言葉にハッとする。そういえば、今日はまだドルト兄さんの姿を見ていません。


……でも、配達って、時間がかかるんです!


「大丈夫です!兄さんはも頑張っているんです!私も頑張らないと!!」


私は笑顔を作る。うん、大丈夫。頑張れるぞ、レリィ!


「マチルも、倉庫の様子はどうですか――」


「”57号”……フフフ……かわいいね。あなたは、ひときわ灰色で……みんなと同じ」


「えっ?」


私は倉庫の方に目をやる。そこには、埃まみれの木箱の隅に蹲り、小さなネズミに何かを話しかけているマチルさんの姿があった。


「フフフ……私も……ここにいる……みんなみんな……ネズミと、同レベル……フフフフフ……ッ」


私はゆっくりと視線を厨房に戻す。


私ががんばればいいんです。大丈夫、すぐに稼げますからね!


でも。


昼過ぎ。


「あ、なんか……ヤバいかも……?」


突然、全身の力が抜けた。 手が滑って、スポンジがシンクに落ちる音がした。ぬるま湯が目の前で揺れている。視界が、ぐらぐら揺れる。音が、遠い。


「働かな……くちゃ……」


どこかで、何かがきしむ音がする。 私は、後ろを見た。


あそこに、誰かが立っている。ああ、よかった。ユートさん……頑張っているんですね……。


「……ユート……さん……」


そのまま、私は視界の端が真っ暗になるのを見た。


そして、意識が――ぷつんと、切れた。


***


――昼過ぎのことだった。

あいつが……レリィが、倒れた。


厨房の奥、静かな洗い場。

水が流れ落ちる音と、食器のぶつかる音が続いていた。

そして、そこに――バシャリ、と何かが落ちる音。


目をやると、レリィが膝から崩れ落ちるのが見えた。

そのまま、音を立てて倒れ込む。

彼女の手から滑り落ちたスポンジが、水の中で沈黙している。


エルとかいうバイトの少女が駆け寄る。

彼女の声が、少し震えている。

揺れるランプの光に照らされて、濡れたタオルがレリィの額に置かれる。


あいつら、マジでバカだろ。

クソみたいな労働環境と、どう考えても胡散臭い店主。

騙されやすいにも程がある。


レリィの横に転がる、汚れた弁当箱。

その先、店の奥にある、一枚の扉を見やる。


……もういい……ダルすぎる。


***


――静かな帳簿の音だけが、部屋に響いていた。


分厚い革表紙。ページをめくるたび、かすかに軋む音がする。

ペンの先で数字をなぞり、口の端で小さく笑うその男――名前は、忘れた。


ゆっくりと、扉を開ける。


「……誰だ?」


店主を名乗る、その男が顔を上げる。

そうだ、デスネとかいうふざけた名前だったか。

七三分けが、ムカつく。


「……ああ、君か。何の用だ?」


答える必要もない。

俺は土足で踏み込む。


「君、君の給与は……マイナス12万か。あの娘、本当にいい子だな。毎日毎日、マイナス分を回収するために一生懸命働いて。君、迷惑をかけているのが――」


「知らねえよ」


デスネの口が止まった。


「俺は……『頑張れば報われる』とか、『全力でやればいいことがある』とか……そういうのが嫌いだ。だって無駄だから。まあ、わかると思うけど……」


「何の話だ」


デスネが睨む。

俺は、なんか言いたい気がした。


「何もかもがダルいし……ここ、俺にとっては異世界だけどさ……ここに来ても、全部ダルいだけ……」


そして、少し、笑ってしまう。


「でもさ……頑張れば報われるって……心の底から信じてるバカがいてさ……」


ゆっくりと腰の剣に手をかける。デスネの顔がわずかにこわばる。


「俺が何より嫌いなのは――」


一歩踏み出す。部屋の空気が、じわりと凍る。


「そういうバカを踏みにじる――クズだ」


デスネと目が合う。ひきつった顔をしている。

窓の外を見る。小さな庭に置かれた、ほのかに光る、黒い石。


「そういえば、『テラコステ』だっけ。あの嘘くさい話……」


剣を抜く。刃が、空気を裂く。

デスネの顔が、さらにこわばる。

なんだよ、強いとかやっぱ嘘じゃん。


「ダルい嘘」


剣を振りかぶる。


「――爆炎死獄(エクスプロージョン)


一閃。

剣先から、弾ける光。


光が庭を包む。

黒い岩が、火柱と共に空中に砕け散り、爆風が建物を揺らす。

帳簿がばさりと宙を舞い、男の目が見開かれる。


剣先を、デスネの眉間に向ける。

――これは、ハッタリだ。

俺は――この技を、連続して打てない。

あいつらには、言ってないけど……。


でも。


「ひ、ひいっ……ま、待て、話せば分かる!そ、そうだ、テラコステは嘘だ!あのガキが何でも信じるから……!」


「で?」


「利息も……利息も、単なる拘束手段だ!“働かせ続ける”仕組み……私が言っているだけで、法的には拘束力のない――払う義務なんて、ない!」


「……」


この噓つきのクズには、これで十分だ。


***


店の前で、風が吹いていた。


夕暮れの空が少しずつ赤く染まり、厨房の油の匂いがかすかに混じった風が、頬を撫でる。

私が寝ていた間に――何かが、あったような気がした。


「本当に……申し訳なかった……!すまなかった!!これはその、ささやかな、いや、当然の報酬ということで……!!」


頭をほぼ90度、下に向けて――デスネさんが、私たちの前に布袋を差し出してきた。


「えっ、えっ……!? なんで急に!? えっ!? 何があったんですか!? お金!? えっ!?!?!?」


状況が飲み込めません!!!

私たちの頑張りがついに認められたんでしょうか!?

でも、なんで急に!?


「……やっぱり世界は……崩壊してる……」


マチルがすっと目を伏せながら呟く。

何が!?何から崩壊を感じ取ったんですか、マチル!!


「え?いや、まあ、もらえるならもらっとこうぜ」


兄さんがいつもの調子で肩をすくめながら布袋をひったくる。すごい自然にポケットに詰めてる!

あ、でもちょっと待ってください、それみんなの報酬では!?


「……???」


エルさんも困惑した表情で、店主と私たちを交互に見ている。

大丈夫ですエルさん、私もです。


そして、ユートさんは。

少しだけこちらから顔を背けて、何も言わない。

でも、その背中が、どこか――いつもより頼もしく見えた、ような気がしました。


***


翌朝。私たちはついに、この労働地獄から解放され、再び旅路へと戻ることになりました。


「エルさん!ゼクさん!ありがとうございました!それでは!!」


私たちの出発を見送るために、食堂の前まで来てくれたエルさんとゼクさん。

二人もこの後、自分たちの故郷の西の村へ帰るそうです。

エルさんは目を潤ませながら笑顔を作り、ゼクさんは無言のまま、帽子の端に手をかけた。


「エルさん、頑張ってくださいね!あと!私たちが魔王を倒すので、えっと……タラコスキ?とかいう魔物も、きっと大丈夫ですよ!」


「うん、ありがとう、レリィ……!でも、デスネさんがテラコステ、壊滅させたみたいなの!だから……もう、大丈夫!」


小さな体をぺこりと折って頭を下げるエルさん。

ゼクさんも静かに頷いた。


「じゃあ、行きましょう、皆さん!次の町へ!そして近づきましょう!魔王城へ!!」


私は杖を掲げて、元気よく宣言する。

オロシ村を目指してあの食堂から遠ざかる、乾いた空気と、広がる大地。


そのとき、後ろで足音が。


「……ありがとうな」


振り返ると、ゼクさんがユートさんの背中に向けて、ぽつりとひとことだけ言った。


ユートさんは、無言で――微笑んだ。


風が吹いた。旅が、また始まる。


私たちは最高です。

私たち、絶対に魔王を倒せます!!


「打倒魔王パーティ、出発です!!!」

次回→第17話:到着しましたオロシ村!誰もいない……って、そんなわけありませんよね!

6月20日(金)朝更新!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ