第15話:エルの働く理由!つらいのは私たちだけじゃ、ないんです!
「あ……皆さん、ちょっといいですか」
厨房に戻り、声をかける。
頑張って働いていたのに、お給料がマイナス。
伝えにくい――でも、伝えないと。
ユートさんは洗い場の桶の水の中で(無意味に)お弁当箱を動かしていた手を止めた。マチルさんはすでに作業を放棄して椅子に座っている。兄さんは裏口の階段で空を見ていた。
私は……さっきの帳簿のことを話した。
「収入が……マイナス、なんです。全部引かれてて……しかも利息もあって……もしかしたら……一生、このままかも……しれません……」
言葉を選びながら話していると、先に口を開いたのはユートさんだった。
「詐欺じゃん……」
即答だった。
「ダルいと思ってたけどさ……もう働く意味とか完全に無いのわかっただろ……」
「レリィ、もうバックレようぜ」
兄さんが階段で頬杖をつく。
マチルは、暗い厨房の隅っこで完全に動かなくなっていた。
「ゴキブリ……がいますよ……フフフ、店主の方……が引き寄せてるんでしょうね、きっと」
そう……ですよね、皆さんが絶望するのも当然です。
だって、こんなに働いたのにお給料がマイナスなんてあんまりです。
ユートさんなんて、今日は3枚もお弁当箱を洗ったんですよ。
「いや、だからそうじゃなくて……この店おかしいから働かなくていいって言ってんだよ……おい……聞いてないな」
***
私はみんなから離れて、裏口の前でしゃがみこむ。
さすがにちょっと……いや、正直に言うとけっこう……落ち込んでいます。
「レリィ?どうしたの?」
後から、優しい声がした。
「エルさん――!」
振り返ると、そこにはエルさんの姿。手にはまかない用の野菜を入れたザル。柔らかな三つ編みが風に揺れていた。
「こんなところで……大丈夫?」
私は、何も言えなかった。心が――折れそう、なんて言ってしまったら、本当に折れてしまう気がしたから。
でも顔に出ていたのか、エルさんは私を安心させるようにふっと笑う。
「私の村ね。山の向こうの小さな村なの。何もないけど、静かで……ほんとにいいところだったよ。でもある日、不思議な石を見つけてね。ほんのり、光るの。あれを、店主さんが見て言ったの。“テラコステが目を覚ますかもしれない”って」
「テラコステ……?」
聞きなじみのない単語を、思わず聞き返す。
「そう、テラコステ。魔物の名前。私は見たことないけど、すごい強いらしくて、デスネさん――店主さんが、昔戦ったことがあるらしくて……」
エルさんは遠くを見るような目で話す。私は何も言わずに聞いていた。
「ある日の夜ね……私が寝ているとき、襲われそうなところを助けてくれたみたいなの」
「えっ!襲われたんですか!?」
「ううん!寝ている間に、デスネさんが全部きれいさっぱり片づけてくれたらしくて!だから、私はどんな魔物だかもよくわからないんだけど」
「あ、そうなんですね……!無事でよかったです……!」
「でも、急なことだったから謝礼も払えなくて――。だから、ここで働いて返してるの。ちゃんと返し終わるまでは、って」
エルさんは、空を見上げる。
「あの石、見えるでしょ?あれが、”光る石”。デスネさんがここに持ってきて、魔物が現れたら倒してくれるって」
私は少しだけ視線を横にずらす。裏手の窓の向こう、小さな庭に黒く光る石が見えた。
「おじいちゃんも……黙ってついてきてくれてる。無口だけど、ずっと支えてくれてて……」
その視線の先では、ゼクさんが包丁を握ったまま、何かを感じ取ったようにこちらに目をやって、それからまた魚に向き直った。
「利息のこと――聞いたんだよね。……わかるよ、私も最初――すごく……つらかった。希望なんて、ないのかもって、思った」
「エルさん……」
「でも、今はもう大丈夫!毎日一生懸命働いてるよ!大丈夫、レリィたちもすぐに慣れるから!」
エルさんは私の肩に手を置いて元気に微笑む。
……そうだったんだ。エルさんも、私たちと同じなんだ。でも、希望をもって働き続けている。
「すごいです。そんな大変な理由で……それでも、めげずに働き続けて……私、まだまだですね」
私は立ち上がった。心のどこかが少しだけ軽くなっていた。
「私も……もっと頑張らないと。こんなことでへこんでられませんよね!」
「うん!その意気だよ、レリィ!」
「ありがとうございます、エルさん!」
手を振ってエルさんを井戸の方へ見送ると、不意に背中から声がした。
「お前らさ……本当にバカなんだな」
ユートさんが、裏口から覗いていた。
「あの話……詐欺臭しすぎ。何で見てない魔物を信じられるんだよ……バカすぎ」
「わっ!?ユートさん、いたんですか……!」
「最初からいたっつの……お前らがそんなところで話してて、ジャマだから」
ユートさんはダルそうに裏口から出ると、そのまますぐ脇の壁に寄りかかって空を眺める。
私はもう一度、拳を握りしめた。
「大丈夫。私たちならできます。頑張ってもっと働けば、もっと稼げば――必ず、支払いを済ませられます!」
私は決意を新たに、洗い場に戻ろうとする。
「頑張れば報われるって――お前、よく言うけどさ」
ユートさんが、呟く。
「頑張っても報われなかったら、どうすんの?」
少しだけ間が空いた。
「何やってもダメで、全部ムダだったら、それは”無価値”ってことになるだろ……よく”頑張る”とか言い続けられるな」
ユートさんはわずかに息を吐き、笑う。
でも。私は。
「できると信じて、できるまでやるだけです!」
前を向く。だって、私たちなら絶対できるから!
「……お前、本当にバカだな」
ユートさんは私の方をちらりと見て、そして再び空を見上げた。
私は、やるんです。
とりあえず、お弁当箱を洗う。まずはそこから!
ファイト、レリィ!努力は裏切りません!
次回→第16話:光る岩には爆風を!ブラックバイト終了のお知らせ!
6月18日(水)朝更新!




