第14話:バイトの日々!大丈夫、私たちは社会不適合者じゃありません!
朝。まだ日が昇りきらない灰色の空の下、私は厨房の前で元気よく叫んだ。
「今日も一日、頑張りましょう!!」
沈黙。
振り返ると、そこには死んだ魚のような目をした仲間たちが立っていた。
「こんなの……無理よ……終わってる……人の所業じゃない……」
いつから放置されていたのか分からない汚れたお弁当箱の山の前で完全にフリーズするマチル。
その場から一歩も動かず、ずっと一点を見つめている。まるで精神をどこかに置いてきたみたいに。
ユートさんは、洗い場の蛇口の前で黙って一枚の皿を流していた。こすることすらなく、ただ流す。
「ユートさん!それもうピカピカですよ!」
「……俺、ミスしない主義なんで」
そして、盛り付け担当の兄さんは――。
「あああああああああ!!!!!もう無理!!!!!なんだよこの弁当戦線!!!!!チマチマチマチマ!!!!俺は!働きたくねぇんだよ!!!!」
絶叫したかと思えば、無言で厨房の後ろ口から走り去っていった。配達ボックスだけは手にしていた。
「……あの、配達担当、ってことですよね、うん!」
***
その後も、時間は流れる。
油と汗と焦げの臭いが入り混じった空間で、私は一心不乱にお弁当箱を洗っていた。
皆さんあまり手が進んでいないみたいなので、私が頑張らないといけません!
大丈夫、レモン村での日々を思い出すんです。ガチャのお金を貯めるため、どれだけお弁当箱洗いしたと思っているんですか!
もはやプロですよ、私は!
でも、ちょっと手が冷たかった。
その時。
「大丈夫?」
優しい声がした。振り向くと、エプロン姿の女の子が立っていた。年は、私とあまり変わらないだろうか。茶色の髪を三つ編みにしていて、ちょっとだけ垂れ目の目がやさしい。
「あの、新入りの子たちだよね?私、エル。サポートするよ!この厨房、最初はきついけど――大丈夫、そのうち慣れるから」
「あ、わ!エルさん、ですね!私、レリィです!よろしくおねがいします!」
その後ろから、無口なおじさんが現れた。白い、でも染みだらけのコック服、ゴツい体躯、眉間のシワ。ひとことも喋らず、手には包丁とねぎを握っている。
「この人はゼク。私のおじいちゃん。無口だけど……料理はすごく上手なの!」
料理。と、いえば。
「……あっ、あの鍋、もしかして――」
「あ!昨日おじいちゃんが作ってたやつかな?どうだった?おいしかった?」
ゼクさんは何も言わず、ただ黙々と弁当箱に具材を詰め続けていた。その手つきは無駄がなく、速く、正確で――美しかった。
「ここで働いていたは、私とおじいちゃんの二人だけ。だから、レリィたちが来てくれてとっても嬉しい!すごく忙しかったから……。一緒に頑張ろうね!」
そう言って、にっこりと笑うエルさん。
なんだか私も、頑張れる気がします!
***
バイト開始から、数日。
私の手元の作業効率は、格段に上がっていた。
エルさんは明るく的確にフォローしてくれるし、ゼクさんは言葉なしに流れを作ってくれる。
その影響か、他の3人にも少しずつ、変化が出てきた。
ユートさんは相変わらず一枚の皿を洗っているが、時々、別の皿にも手を出すようになった。信じられない進歩です!
兄さんは「仕方ねぇな……」とぼやきながらも、配達から厨房に戻ったあと、1回材料の運搬を手伝ってくれました!
マチルも、きゅうりを斜めにカットしたんです!
「もう少しで終わりです!皆さん、もう少しだけ頑張りましょう!お金を払って、早く魔王を倒しに行きましょう!」
私がそう声をかけると、気のない返事が――なんと返ってきた。
***
週末の夕方。
厨房はいつもと変わらず、焦げと油の匂いに満ちていた。
「そういえば……」
私はふと、思い立ってエプロンを外した。
ここで働きはじめて、もう一週間以上が経つ。
……でも、お給料の話、一度も聞いていない気がします。
私は事務所の扉をノックした。
「失礼します。あの、レリィです。私たちのお給料って……いついただけるんでしょうか?」
店主のデスネさんは、分厚い帳簿をゆっくり開いた。
「うん。確認するか?ええと――レリィ、レリィ……っと」
指で帳簿をなぞり、ぴたりと止まったところを私に見せた。
「……えっ?」
そこには、赤字でこう書かれていた。
――〈収入:-51,000シル〉
「えっ!?……マイナス?」
私は目をこする。
「あの、でも、働きましたよね!?朝から晩まで、ずっと!?」
私は身を乗り出した。え?どういうことでしょうか???
「ああ、言ってなかったかな。うちは『労働者負担型雇用契約』だ。つまり、制服レンタル代、厨房設備使用料、機器の減価償却負担金、従業員用まかない費、簡易寝具の賃借料、夜間照明費、事務管理手数料……等々が、労働対価から差し引かれる。それに――君たちのしたことは”借金”だ。つまり、”利息”が付くんだよ。」
店主は事もなげに言い、帳簿を閉じる。
その音が、ものすごく冷たく聞こえた。
「このままじゃ……一生ここで働くことに……」
私は青ざめて、重い足を引きずりながら厨房へと戻る。
ああ、このことを皆さんに何て言おう。ショックを受けるだろうな。
――一生、ここから抜け出せないんだから。
私たちは魔王を倒すんです。こんなところで終われない。
でも。
……さすがにちょっと、折れそうです。
次回→第15話:エルの働く理由!つらいのは私たちだけじゃ、ないんです!
6月15日(日)昼すぎ更新!




