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第10話:脈打つ森の謎!そんなお話があるなんて!

「う……うーん……」


重いまぶたをゆっくりと開けると、香木の煙の臭いが鼻をくすぐる。


「おうレリィ……起きたか」


兄さんの声が聞こえた。


私は……確か……。


そうだ、魔物!たしか、魔物の大群に囲まれて、それで兄さんが戦って、私は倒れたんだ――!!


私はがばっと起き上がる。


「兄さん!無事でしたか!!」


「まあ、俺はな」


木造りの小屋、兄さんは私の枕元に座っている。

窓の外には、木々の間にぽつりぽつりと並ぶ家。


「ここは――?」


「城塞の裏の集落。なんかハニーが言ってたような気がして……だから逃げてきた。で、回復してもらった」


兄さんの方の後ろに、何人かの人が集まっている。

皆、どことなく疲れた顔をしている。


「あんたら、森の魔物を倒そうとしてくれたんだって?」

「危ないわよぉ、若いんだからわざわざこんな所のために頑張らなくていいの」

「無理しちゃだめよ、命は1個しかないんだから」


「皆さん……。あの!本当にありがとうございます!助けていただいて……!」


すると、人ごみの奥から白髪の老婆が現れた。

回復術師、だろうか。年季の入った杖を持ち、顔には大きな傷がある。


「気にするな、お嬢さん方。私たちのために頑張ってくれたんだ、助けるのは当然さ……」


「いえ、そんなこと……!」


「いいんだ、気になさるな。それより、あんた。魔王を倒そうとしてるんだってね。そこの兄さんから聞いたよ。すごいねえ、本気で目指して本気で行動する。なかなかできることじゃないよ」


老婆の目の奥に、ふっと優しい光が宿る。


「ゆっくりしておいき。それと、老婆心ながら一言――。見知らぬ人のために命を懸けるのは、美徳じゃないよ。自分を大切にするんだ」


鋭くも、温かみのある眼差し。


「私のこの顔の傷は――もう2年も前のことだ。私の息子は、その時、死んだ」


老婆は私を見て、それから目を伏せ、外に出て行った。


私は……。


老婆の言葉を聞いても、やめようとは思えない。

あの魔物たちを何とかしたい。

皆に平和に過ごしてもらいたい。

世界を、救いたい。

私は、私たちなら全部できると、確信しているから。

これは、できる人がやらなきゃいけないことなんだ。


「行きましょう……兄さん。聞き込みをして、魔物の弱点を探るんです。そうすれば、倒せるから」


***


「うーん、魔物の狂暴化の原因や弱点……はっきりしたことは誰も知らないみたいですね……」


「そうだな、まあ『襲われて命からがら逃げた』とか『畑がやられた』とか……最近ヤバくなってることは確かなんだけどな」


私は集落の人から集めた情報を兄さんと一緒に整理していた。

あたりはすっかり夜で、雲の隙間からほんのり月光が差している。


調査によって明らかになったのは、大量に出現した魔物によって傷ついた人たち、ダメになった野菜、破壊された家。

被害は、やっぱり深刻。

そして。核心的な原因は分からないけれど、気になったことはある。


「でも、感じませんでしたか?この村、なんか変だって……ほら、今だって。なんだか少し、地面が動いている気がするんです。何かが、”流れて”いるような……」


「ああ、俺も『気のせいかもしれないけど地面が時々脈を打つ』って、何人かに聞いた」


わずかな、確信。


「調べてみませんか」


***


集落のはずれ。

森へと続くぬかるんだ道。

星がちかちかとまたたく。

城塞の中から漏れる光が、別世界みたいに感じる。


「なあレリィ」


背中の方から、兄さんの声が聞こえる。


「世界を救うってお前よく言うけどさ。たぶん、それ、お前が思っている以上に……危険だとしても、お前はやろうと思うのか?」


兄さんの疑問。そんなの、考えるまでもない。


「はい。私は、世界を救います。そう決めたんです。私たちにはそれができるから、やらなきゃいけないんです」


「そっか……。ついて行かせてくれよ」


夜風がそっと私たちを包む。

……ところで、私さっきからずっと気になっていたことがあるのですが。


「ねえ兄さん」


私は振り返る。


「なんか兄さん、今日真面目すぎませんか!?不気味です!!」


兄さんは少し驚いたような顔をする。


「別に、俺はいつだって真面目だよ。だって……それに、本当にやったなって思ってるし」


「それはそうですね!みんなのお金に手を付けるなんて……!!!」


「ほんとごめん……。なんかいけるって思ってさ……」


兄さんがしょぼくれるなんて珍しい。


「魔王を倒しに行く前に警察に捕まるところでしたよ!ハニーさんが来てくれてよかったです!まあ、お金もらえないとしてもこの魔物の件が知れてよかったですが……!」


「そうだよな、ほんと……ごめん、マジで……」


私はにやりと笑う。


「いいですよ、別に。間違ったことより、今わかったことの方が重要ですから!!」


「レリィ……」


「兄さんが魔王討伐の重要性をようやくわかってくれて本当に嬉しいです!!!さ、調査調査!!!」


「……お前のそういうところ、本当にすごいと思うよ。ありがとな、ガチで。……なあ、俺ってそんな不真面目だったかな?」


「ええ不真面目でしたよ、ザ・不真面目!!!昔からず~っとでしたが、ここ最近は特に!!!……でも、本当は真面目だって私知ってましたよ」


「そっか……」


風が髪を揺らす。

でも、本当に良かった。ようやく兄さんもやる気を取り戻した。

打倒魔王パーティ、本当にいい感じに進んでますよ!!!

この調子でユートさんもマチルさんも燃えてくれれば……!!!

――ん?


「兄さん、どうしたんですか?」


「あの草――レリィ、わかるか?」


風が頬を撫でる。

兄さんの視線の先を見る。

ただの草むら。でも。


「変です」


その一帯の草は、まるで動かない。

風が吹いているというのに、揺れない。

まるで、地面に縫い付けられているように。


「……地面の下、見てみようぜ」


兄さんが泥を槍の柄でかき分ける。


――ぐにゅり。


なにか、柔らかいものにあたったのが、わかった。


「……根?」


いや。違う。

木の根よりも明らかに柔らかいし、黒いし――何より。


脈打っている。


じわりじわりと微かに震え、呼吸するようにうごめいている。


それに。


生命(エイデア)の流れがおかしい……植物や動物とも、それに魔物とも違います……!何……!?」


”それ”に土をかぶせ、集落へ戻る。

あれが何なのか。

それを探るため、そしてざわめく心を落ち着かせようとランプの光と人の気配を求めて……。


私たちは、酒場に入った。


***


ガヤガヤと響く日との声、木製のテーブルを打つジョッキの音、かすかな酒の匂い。


「……ああ、あれか――。あれは、”ルクシマル”さ」


あの根のような何かについて酒場の人たちに聞いていると、奥の老人がふいにそう言った。


「”ルクシマル”?懐かしい、ガキの頃よく聞かされたな」

「はは、そうさ、このポンポン森の昔話。旦那、あんな話よく覚えてたな!」

「火と音が大好きな森の主、”ルクシマル”。それがどうしたんだって言うんだよ」


酒場の人々が、口々に言う。


「なに、俺もガキの頃に爺さんから聞いただけさ。ルクシマルはこの森の地中に根を張って植物の生命(エイデア)を吸い上げる――魔王の落とし子だ、ってな」


――魔王。


その言葉が出た瞬間、背筋がすっと冷えた。


この森に根を張る”あれ”――ルクシマルは、魔王と関連している何か。

絶対に悪いもの。


そして魔王の力が強まった今、ルクシマルの力が強まって、魔物の様子がおかしくなったとすれば――いや、そもそも、あの様子のおかしい魔物がルクシマルの一部なのかもしれないが――。


すべて、合点がいく。


「兄さん。やはり、元凶は魔王。そして私たちは、魔王の脅威から皆さんを救わなければならない――ルクシマルを、倒さなければなりません」


「……わかった」


兄さんが私を見た気がした。私は、前だけを見ている。


「皆さん、情報ありがとうございます!私たち、”ルクシマル”を何とかして――必ず、魔物の問題を解決します!!」


酒場の人たちが私を見る。

ざわめきと共に数々の見送りと軽い応援の言葉が投げかけられ、そしてざわめきの中に溶けていく。

私は、酒場を後にした。夜風が心地いい。胸が弾む。


「じゃあ、あの地面の中のやつをとにかくぶった切るとか?」


兄さんが首をかしげる。

でもね、兄さん。

私、それよりもっといい作戦思いついてます。


「酒場の人たちが言っていました。ルクシマルは”火と音”が好きって。好きなものを使えば、簡単におびき出せると思いませんか?――ルクシマルの本体」


火と音。


この二つの単語を聞いて連想する、一つの答え。


あの日、リンゴ畑の奥でドラゴンを吹き飛ばした、あれ。


――”爆発”だ。

次回→第11話:呼び起こされた闇!激闘、魔獣ルクシマル!

6月6日(金)夕方更新!

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