表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/46

『本棚のない読書』


ある日ふと気がつくと、部屋から本棚が消えていた。泥棒の仕業かと思ったが、被害届を出そうにも、盗まれたものが物質ではなく概念に近いとなれば、警察も取り合ってはくれないだろう。


電子書籍の登場が告げられたとき、私は便利さよりも、まず最初に「本棚はどうなるのか」と考えた。あの雑然とした背表紙の林は、知識の森などという立派なものではなく、むしろ積み上がった未解決案件の墓標である。買ったきり読まない本、読みかけて放置された本、再読のタイミングを永遠に逃した本たちが、無言でこちらを見返してくる。そのプレッシャーとともに生きることも、読書の一部だったのだ。


しかし今では、スマートフォンの画面をひと撫でして本を消せば、それで済む。読みかけの本も、無かったことにできる。()(どく)の山は、指先一つで雪崩の後始末ができる時代だ。もしかすると、読書そのものが、「読んだ記憶の在庫管理」に変わっているのかもしれない。


本棚は、他人に見せるための人格の立体模型だった。自分という人間が、どんな本に囲まれて生きてきたか、来客にそっと自慢するための家具だ。けれど、電子書籍にはそれがない。本棚のない部屋に、人はどんな知識を宿しているのか。確かめる術もなくなった。


ただ、その不便さをひとつ手放してみると、意外にも空いたスペースは心地よい。読んだ本は部屋を埋めなくなったが、かわりに部屋そのものが、ひとつの余白になった。余白のある生活というのは、案外、悪くない。読書という行為もまた、いつの間にか本を積む行為ではなく、読んで忘れるための儀式に変わったようだ。


私は今日も、ひとつ新しい本をダウンロードして、安心して読む。そして、読み終わるころには、その内容を半分も覚えていない。それでいいのだ。現代の本棚は、記憶の中にだけ並んでいれば、それで十分らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
安部公房 箱男 KoboAbe AI ChatGPT
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ