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アシュラの記憶



「ドーラ? 相談があると聞いたのだけれど」


 リンリンとランシンを引き連れ、愛するレイモンドと共に生後間もない息子のもとを訪れたシュリーは、目の下にクマを作ったドーラに声をかけた。


「それが、アシュラ様の夜泣きがひどくて全く寝付いて下さらないのです。陛下を始めとして多くの赤子をお世話してきましたが、ここまでの子は初めてで……」


 困ったように眉を下げるドーラに、シュリーは顎に手を当てた。


 確かにドーラの言う通り、アシュラは今この瞬間もよく泣いている。


 シュリーの横ではレイモンドが息子を心配そうに見下ろしていた。


「見たところ体に問題はなさそうだけれど。ドーラ、ここは私達に任せて貴女は暫く休んでいらっしゃい。代わりにジーニーとドラドを呼んでくれるかしら?」


「ありがとうございます。承知いたしました」


 老体で無理をしてくれたドーラを労り、シュリーは改めて泣き続ける息子を見下ろした。


「シュリー。アシュラに何かよくないことがあるのだろうか?」


「問題ありませんわ。たとえ何かあったとしても、この私が必ず解決してみせますもの」


 心強い妻の一言で安心したレイモンドは、優しくアシュラを抱き上げてあやし続けた。




「お師匠様、お呼びと伺いまいりました」


「よく来たわね。実はアシュラのことなのだけれど……」


 やって来たドラドとジーニーに向けて事情を説明するシュリー。


「……ということよ。ジーニー、どうかしら?」


 シュリーの話を聞いていなかったのか、視線がドラドに釘付けだったジーニーは興味なさそうに頭を掻く。


「うーん?」


「……貴方達を呼んだのはアシュラを診てもらうためよ。当然分かっているのでしょうね?」


「も、勿論だよ! ちょっと待ってくれ!」


 シュリーの無言の圧に冷や汗を垂らしたジーニーは、仕方なくベビーベッドまでやってくると小さな王子の顔を覗き込んだ。


「やっぱりすごい霊力だなぁ。これは力が有り余って体内で暴れているんじゃないかい?」


「私も同意見です。王子殿下の魔力は常人とは比べものになりません。まだご自身でコントロールができないのでしょう」


 ジーニーの横からアシュラを覗き込んだドラドも大きく頷く。


「対策はあるかしら?」


「ちゃんと眠りに就けば気の巡りも安定すると思うけどな」


「ですが、そもそも魔力が暴れているせいで寝付きが悪く悪循環になっているのでは?」


 優秀な道士と魔法使いである二人の意見を聞いたシュリーは、成程と頷いた。


「要は眠らせれば良いということね」


「しかしシュリー、長年乳母として働いてきたドーラでさえ手こずっていたというのに、どうやって眠らせるのだ?」


 不安げなレイモンドと目を合わせたシュリーはニヤリと口角を上げた。


「私が、この子に子守唄を歌ってあげますわ」


「「「!!!???」」」


 その言葉を聞いた途端、国王夫妻の背後で跳び上がるリンリン、ランシン、ジーニー。


 背後の異変に気づかぬレイモンドは、目を輝かせて愛する妻を見つめ返した。


「ほう。それはいい。私もそなたの歌を聴くのは初めてだ。ぜひ聴いてみたい」


 期待の目を向ける夫に、ますますやる気に満ち溢れるシュリー。


「お任せ下さいまし。私、歌にも多少の心得がございますの」


 いつもの傲慢な微笑を披露し、シュリーは胸に手を当てて大きく息を吸い込む。


 その横では期待に頰を緩めるレイモンド。


 しかし、古くからシュリーのことを知っているリンリン、ランシン、ジーニーの反応は予想外のものだった。


「ニャ、娘娘!!」


「どうかそれだけは……ッ!」


 普段は冷静で表情すら動かないリンリンとランシンが、同時に顔を青くしてシュリーを止めようとする。


「まずい! ドラド、今すぐここから逃げよう!」


「は? おい、ジーニー? いったい何を……」


 対するジーニーは、隣にいたドラドの手を取ると真っ先に出口へと駆け出した。


「いいから! ここにいたら命が危ない! 早く……ぐっっつ!!??」


 しかし脱出の途中で、大きく開かれたシュリーの口から音が発せられる。


 その瞬間。


 城が揺れた。


 慌てて懐から護符を取り出したジーニーは、急いで自分とドラドを覆う結界を張る。


 普段は隠している狐の耳と尻尾を露わにしたリンリンは地面に蹲って体を丸め、ランシンは苦悶の表情を浮かべて膝を突き耳を塞いだ。


 シュリーの歌はそれはそれはひどいものだった。


「な、なんだこのノコギリを爪で引っ掻いたような不快音は……っ! 頭が割れそうだ!」


 結界すら貫通してくる音圧に顔を歪ませたドラドが耳を塞ぎながら呻き声を上げ、同じく耳を塞いだジーニーは声を張り上げて解説した。


「あの王妃様、他のことなら本当に何でもできる超人なんだけど、歌だけは……っ! 歌だけは壊滅的に死ぬほど超絶音痴なんだ!!」


「はあ!?」


 敬愛する師匠のまさかの欠点に驚愕するドラド。


 地震のように地割れが起き、シュリーの発する超音波に合わせるように揺れる王宮。


 まさに悲惨としか言いようのないその光景の中、ジーニーはあるものを見てしまい目を疑った。


「嘘だろ……」


 ジーニーが結界越しに目にしたのは、ニコニコと嬉しそうに。破滅的な子守唄に聴き惚れる国王レイモンドの姿だった。


「あの距離であの歌に聴き入ってるなんて、あの国王陛下やっぱりどっかイカれてるんじゃないか……?」


 ジーニーの呟きはシュリーの発するこの世の終わりのような不協和音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。





 やがて文字通り城中を揺るがしたシュリーの大熱唱が終わると、室内にはレイモンドの拍手だけが鳴り響いた。


「素晴らしい歌声だった! シュリー、そなたは本当に何をやっても最高だ」


「まあ、陛下ったら。いつもいつも褒めすぎですわ」


「何を言う! 毎晩でもそなたの子守唄を聴きたいくらいだ」


 その場にいた誰もがそれだけはやめてくれと心の中で叫んだが、国王夫妻が知る由もない。


「うふふふ。あらあら、まあまあ。アシュラもこの母の歌声でちゃんと眠りに就いたようね」


 夫から褒められてご満悦のシュリーは、すっかり泣き止み大人しく目を閉じているアシュラを満足げな表情で見下ろした。


「眠りに就いたというか……あまりの音痴ぶりに気絶したんじゃないのかい?」


「あらジーニー、何か言いまして? まだ私の歌が聞き足りないのかしら?」


 笑顔のシュリーに声をかけられたジーニーは慌てて首を横に振った。


「い、いやいや! なんでもないよ! 王子が寝たんだからもう充分! これで一安心だ、うんうん」


 咄嗟に結界を張ったジーニーとドラドでさえ数時間頭痛に悩まされたが、リンリンとランシンの被害はもっとひどかった。


 人間よりも聴覚の発達しているリンリンはその後暫く動くことすらできず、ランシンも珍しく休ませてほしいと申し出るほどダメージを受けたのだが、一番近くでシュリーの歌を聴いていたレイモンドだけは、四人の不調の理由が分からず不思議そうにするのだった。









「アシュラ様? どうしたのですか?」


 我が子に子守唄を歌ってやっていたレリアは、隣で訝しげな顔をしているアシュラを見て首を傾げた。


「いや、その……。君の歌声は素晴らしいんだが、子守唄を聴くとこう……何か途轍もなく嫌な記憶を思い出しそうな気が……」


「? 子守唄にトラウマでもあるのですか?」


 冗談のつもりで言ったレリアだが、アシュラは真顔で額に手を当てた。


「どうだろうか。よく分からないのだが、とにかく思い出さない方が良さそうだ。時には永遠に封印した方が良い記憶もあるからな」






読んで頂きありがとうございます!

久しぶりの番外編でした。

比翼連理夫婦のことを熱く語って下さる方がいたので、嬉しくて書いちゃいました!

楽しんで頂けると幸いです。


お知らせです!

『その王妃は異邦人 〜東方妃婚姻譚〜』のコミカライズが開始&書籍2巻発売が決まりました!

詳細は本日の活動報告に上げてますので、気になる方はチェックしてみて下さい!


コミカライズはコミックシーモアさんで先行配信中、今なら期間限定5/6まで1話無料で読めちゃいます!!


ぜひぜひ、漫画版のシュリーとレイモンドを見にいってあげて下さい!


書籍2巻は6月発売予定です!

よろしくお願いします〜

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― 新着の感想 ―
何回読んでも何回読んでも大好きな物語です。 もっとシュリーを見たいなと思ってしまいます
[良い点] コミカライズおめでとうございます [気になる点] 音痴はいいとして、なんで寝かしつけるための子守歌が城中に響くんや…絶唱するなや!音痴なんてレベルじゃねーぞ [一言] 多少の心得:歌←NE…
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