リンリンの仕事
※第一部と第二部の間あたりのお話です。
「お誕生日おめでとうございます、陛下」
煌びやかな色とりどりの衣装、重厚な音楽、上品ながら明るい笑顔で交わされる会話の数々。
国王レイモンド二世の二十歳の誕生日を祝う盛大な夜会の最中、その鈴を転がすような声はよく響いた。
レイモンド二世の最愛の妻、セリカ王妃は小柄ながらも人目を引くその美貌で周囲の注目を集めながら、夫である国王に祝辞を述べる。
それに対する国王の返答は、ニコニコととても嬉しそうだった。
「これで少しの間だけは、そなたと同じ歳だな」
国民から絶大な支持を誇る国王夫妻のやり取りに、周囲は会話を止めた。
規格外で驚異的で熱烈で苛烈。その才覚でいつも国民を驚かせてきたセリカ王妃が、最愛の国王にいったいどんなプレゼントを用意したのか。
ここ最近のお茶会の話題はその話で持ち切りだった。故に居並ぶ貴族達は、王妃の動向が気になって仕方ないのだ。
「愛する陛下の特別な日ですもの。何をお贈りしようか、ずっと悩んでいたのですけれど。陛下がこの世で一番好きなものをお贈りすることに致しましたわ」
「この世で一番好きなもの……?」
首を傾げたレイモンド二世は、不思議そうに王妃を見た。
その視線を受けたセリカ王妃は大きな釧の扇子を取り出すと、くるりとその場で回転してみせた。艶やかな黒髪と長い袖が宙を舞い、扇子で口元を隠し強調された黒曜石のような目が色っぽく国王を見上げる。
「うふふ。陛下は、この世の何よりも私が好きでございましょう?」
「……っ!」
自信に満ちた王妃のその声、一瞬で空気を変えるようなその仕草に、国王も貴族達も息を止めて王妃の動きを目で追った。
「これは釧の皇帝ですら酔わせた朝暘公主の舞ですわ。愛する陛下に捧げますので、どうぞ心ゆくまでご堪能下さいまし」
王妃が両手を広げると、釧の軽やかな衣装の袖がふわりと宙を舞う。
同時に聞こえてきた趣ある笛の音。それは弦を弾く軽やかながら品のある音と合わさって、東洋の情緒がアストラダム王国の王宮に漂う。
楽に合わせて身を翻した王妃は、巧みに扇子を扱うと、神秘的な舞を踊り始めた。
翻る衣装、優雅な扇子、軽やかな足運び、舞の最中にも浮かぶ微笑、指先の動き一つから、髪の一本一本に至るまで。
全てが夢のように美しい。
興味津々に王妃の舞を見ていた貴族達は、すっかり心を奪われて口を半開きにしたまま異邦人の王妃にうっとりと見惚れていた。
最後の音色と共にゆっくりと落ちる王妃の衣装の布地。その余韻を残して、アストラダムの王宮に熱を伴った沈黙が落ちる。
次第に夢から醒めたかのように広がり出した拍手の音を浴びる王妃は厳かに微笑んで礼をする。
その仕草や美貌に、貴族達からは感嘆の声が止まない。
中でも一番その魅力にやられているのは、他でもない国王レイモンド二世だ。
呆然と王妃を見つめたまま顔を赤くし、呼吸すらままならないほど打ちのめされた様子の国王へ、するすると近寄る王妃。
「私の可愛いシャオレイったら、いかがなさいましたの? そんなに真っ赤になるほど、貴方様の妻が美しいのかしら?」
閉じた扇子の先で顎を持ち上げられた国王は、ゴクンと喉を鳴らして手を伸ばした。
「シュリー」
「あらあら、まあまあ。陛下、夜会はまだまだこれからですわ。本当の贈り物は夜までお預けですわよ」
周囲など気にも留めていない国王夫妻のイチャつきぶりに呆れながらも、貴族達はいつものことだとそっと目を逸らしたのだった。
セリカ王妃の侍女であるリンリンは、王妃が美しく煌びやかに舞ったその日、それなりに忙しく過ごしていた。
朝からこの日のためにあつらえた特別な王妃の衣装の着付けを手伝って、入念に化粧を施し、髪を整え、夜会では王妃の舞に合わせて釧の弦楽器である二胡を奏でもした。
同僚のランシンも同じく横笛を吹いていたが、主人である王妃が目立つよう、限りなく己の気配を消しながらも舞を引き立てる演奏をするのは、普通ならなかなか骨が折れる作業だ。
それを難なくこなし、シュリーの作戦通り妻の魅力に盛大にやられたらしい国王を見て、リンリンは当然だと鼻を鳴らす。
そもそも人間の男風情に我が主人は勿体無い。と常々思っているリンリン。とは言っても、主人が番として選んだあの国王は、他の男達に比べれば随分マシではあるが。
いつもシュリーを大事にして愛を囁いて、今だってあんなに分かり易く妻への愛しさを垂れ流して。何よりリンリンの大嫌いな浮気の気配があの男からは感じられない。
後宮も愛妾も置かず、シュリーだけを一心に愛し続けるレイモンドはリンリンにとって、これまで出会ったことのないタイプの雄だ。
(娘娘の番ならそれくらいは当然よ)
主人の心を射止めた国王が、それはそれはだらしなく甘い瞳を熱心に主人に向けているのを見て、リンリンはほんの少しだけ、男に対する偏見を和らげたのだった。
「陛下からお前達にと特別に頂いたわ。好きなだけ食べてよくてよ」
香油で入念に支度し、香を焚き染めた薄衣を羽織ったシュリーは、愛する夫と共寝する寝室に向かう前に、夜伽の準備を手伝ったリンリンとランシンに向けて微笑んだ。
シュリーの指すテーブルの上には夜会で供されたのと同じ料理の数々が並んでいる。
正体が巨大な狐なだけあって、見かけによらず大食漢のリンリンは、大量の肉料理を前に目を輝かせた。
「お前達はいつも良くやってくれているわ。ご褒美だと思って好きなだけ食べなさい。それじゃあ私は行くわね、晚安」
褒めるように目を細めてそう言うと、そそくさと部屋を出るシュリー。
その後、時を待たずして国王夫妻の寝室である隣の部屋から何やら激しめの物音が聞こえてきたが、いつものことなのでリンリンは目の前の肉に集中した。
釧の料理と味付けは違っても、肉は肉だ。美味しいに決まっている。
夢中で肉に喰らい付いていたリンリンは、ふと野菜の盛り合わせばかりを食べるランシンに気付いて目を向ける。
肉食のリンリンから見れば野菜は食べ物のうちに入らない。まったくこの子は葉っぱばかり食べて、と呆れるリンリン。
リンリンにとってランシンは、言ってしまえばシュリーのペット仲間だ。彼はリンリンが毛嫌いする男ではあるが、宦官なのでその点は大目に見てやっている。更には幼い頃にシュリーの後ろを泣きながらついて回っていた印象が強く、リンリンの中でランシンはいつまで経っても子供のままだった。
今では人に化けたリンリンより背も高くなったランシンだが、何百年も生きてきたリンリンにとって十七、八歳程度のランシンはまだまだ赤子も同然。自分が面倒を見てやらねば、という謎の使命感すら持っている。
そんなわけでランシンの少食(人間基準で言えば標準)を見かねたリンリンは、自分の分に取り分けていた肉の塊をランシンの皿に乗せてやった。
「吃吧」
「……」
いきなり目前に大きな肉塊を置かれたランシンは少しだけ戸惑ったが、それが彼女なりの優しさだと知っているので素直に箸を伸ばす。
「師姉、謝謝」
ふふん、とリンリンの口角が上がる。ランシンからその呼び方をされるのは随分と久しぶりだ。
大人になったフリをしていても、やっぱりこの子はまだまだ子供なのだ。自分が世話してやらなくては。
主人の役に立って手助けして、褒められて。ついでに弟分の世話も焼く。それもまた、自分の大事な仕事なのだ。
見えない尻尾をふるりと動かして、リンリンは満足げに次の肉に喰らい付いたのだった。
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