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とある王子の災難


ゾッとしてください





「セリカ・アストラダム王妃殿下並びにレリア・アストラダム王太子妃殿下にご挨拶申し上げます」


 見慣れない衣服に凝った装飾、褐色の肌に白い歯。優雅な仕草で頭を下げたのは、異国の衣装に身を包んだ凛々しい顔の青年だった。


「遠路はるばるよくお越し下さいましたわ、カーシム王子殿下」


 アストラダムが誇る美貌の王妃と王太子妃の美しさを前に少しも怯むことなく、甘い微笑を浮かべるその男は、とある国の王子だという。


 アストラダムの東に広がる広大なラキアート帝国と、王妃の出身国である東洋の大帝国・釧を隔てる砂漠地域。その一角、南東部に位置するザハルーン王国から来たというこの第四王子は、その顔で数々の女性を虜にしてきたであろうことを隠す気もなく、相手を誘うような雰囲気で意味ありげに目配せをした。


「それで。私も王太子妃も忙しい身なのだけれど、今日はどういったご用向きかしら」


 しかし、その甘いマスクでもって各国の貴婦人達を手玉に取って来た王子は、全く靡く様子のない王妃と王太子妃に内心で興奮が止まらなかった。


 にこやかだが隙がなく、絶対的な美貌で華麗に微笑む王妃。一方、鋭い目付きで見下ろしながら、固く口を引き結び、喋る気などないとでも言うかのような王太子妃。


 常であれば王子の顔面を一目見るだけで落ちない女はいないというのに。すぐに落ちそうにないからこそ余計に燃えてしまう。


「本日は我が国の特産品を、両妃殿下にお見せしたくお持ち致しました」


「ふぅん?」


 扇子を広げて口元を隠した王妃は、黒曜石のように美しい瞳をニンマリと細めて王子を見下ろした。


 まるで獲物を見付けた蛇のように煌めくその瞳を見て、自らが蛙になったかのような心持ちの王子は、ゾクゾクしながら胸を高鳴らせる。


 各国を周るついでに、西洋随一と称される巨万の富をもつアストラダム王国に寄ったのは、美しいと噂の王妃と王太子妃、そして王女に会うためだった。


 遊び人で好色、商売のついでに各国の貴婦人達と火遊びを楽しんできたカーシム王子は、相手に夫がいようと関係なく。王室の女が三人もいれば、どれかを引っ掛けるのは容易だと思いこのアストラダム王宮に乗り込んだ。


 残念ながら王女は不在だったが、異なる魅力を持つ王妃と王太子妃を見上げた王子は、味見するならどちらにするべきか迷いながら手を広げる。


「こちらは我が国の特産品、ザハル絨毯です」


 従者によって広げられた絨毯は、複雑で美しい花の模様と柔らかな触り心地が自慢の逸品だ。


 これを見せれば彼女達の視線も少しは和らぐだろうと思っていた王子だったが、それは誤算だった。


「あらあら。見事な品ですこと」


 とてもそう思っているとは思えないような、品定めをする目を絨毯に向ける王妃と、全く関心の無さそうな無表情の王太子妃。


 しかし、百戦錬磨の王子はこの程度で怯んだりしない。こういうツレない態度の女性を落とすのが王子流の楽しみ方なのだ。


「我がザハルーン王国のザハル絨毯には、少々ロマンチックな逸話がございます。その昔、とある国の聡明で美しい女王が他国の王と密会するため、献上品と称したこの絨毯に隠れ彼の元へ渡ったとか。そうして二人は燃え上がるような夜を過ごしたのです。どうです、興味はございませんか?」


 これは王子の口説きの手段だった。


 この話をした後に絨毯を買う貴婦人は、大抵の場合この絨毯に王子自身が包まれてやってくるのを期待している。


 暗黙の了解で夜にこっそり一時の逢瀬を楽しむのが、カーシム王子のやり方だった。


 察しの良い女性であれば、それらのスリルと快楽を求めて王子ごと絨毯を買い、タンマリと金を出してくれるのだ。


 


 


「レリア、貴女はどう思って?」


 王子の話を聞いていた王妃が、ふいに隣に座る王太子妃に問い掛ける。


「私は……こういったものはよく分かりません」


「そう? だったらいいわ。ここまで来て下さったカーシム王子の顔を立てて、私が買い取りましょう」


 困ったような嫁の横顔を見て、王妃は気前よくそう言った。


「ほ、本当ですか、王妃様!」


 嬉しそうな王子が、その瞳を輝かせて王妃を見上げる。


「ええ。適当な柄を見繕って頂戴」


 白く細い指で指示をする王妃は、不老不死と噂されるのが納得の美貌を惜しげもなく晒しながら微笑んだ。


 王子の喉が鳴る。


 東から西まで、様々な国の美女を相手にしてきたカーシム王子にとっても、この王妃は別格だった。品格や美貌だけでなく、声や話し方、所作の一つ一つからふと見せる目線の動きまで。全てが目を瞠る程に眩く妖艶で美しい。


 見れば見るほど王妃の虜になっていくような心持ちの王子は、あろうことか王妃に微笑まれて赤面している自分に気付き驚愕した。


「ありがとうございます。アストラダムの王室にご購入頂けたとあらば、他国からも注文が殺到しましょう。心より感謝します」


 胸に手を当て深く礼をしたカーシム王子は、待ちきれないとでも言うかのように王妃に近付き、甘い声音で囁く。


「それでは今宵、王妃殿下の元に至上の品と燃え上がるような一夜をお届けに上がりたく……」


「あらあら、まあまあ。王子は何か勘違いをされているようですわね」


 しかし、王子が言い切る前に鈴の鳴るような軽やかな声でアストラダム王妃は王子の言葉を遮った。王妃の肌に伸びていた王子の手が、扇子に弾かれる。


「夜では間に合わなくてよ。今すぐそれをここに置いて行って頂戴」


「今すぐ……でございますか?」


 困惑した王子が問い掛けると、王妃の赤い唇がニンマリと弧を描く。


「貴方の話を聞いて良いことを思い付きましたの。私が何よりも愛する夫である国王陛下に、今宵は少々ロマンチックな贈り物を差し上げようかと思って」


「えっと……それは……」


「あら、お分かりになりませんこと? 私がその絨毯に包まって陛下の元を訪れたら、陛下はきっと喜んで下さるはずですもの。貴方の国の踊り子の衣装はなかなか刺激的でしたわね。それと一緒に買ってあげますから、今すぐ持ってきて頂戴。準備もあるから夜に納品されると間に合わないのですわ」


「は……?」


 困惑する王子を見ながら、王太子妃レリアは無表情のまま静かに肩を震わせていた。


 絶対に勘違いしていたであろう王子が滑稽で堪らない。誰よりも何よりも夫である国王を愛してやまないこの王妃が、こんなチンケな男に靡くはずがないのに。


 この王妃の前であんな話をすれば、早速夫と試してみようと言い出すのは、王妃を知っている者であれば火を見るより明らかなこと。それほどこの王妃は国王のことが大好きで大好きで、骨の髄まで溶けるほどに愛しているのだ。


「それとも王子は何か別の使い道をお考えだったのかしら?」


 王妃の笑んだままの目が、異様な光を宿しながらカーシム王子を見遣る。


「そ、それは……」


「まさか、そんなわけがないわよね。たかが砂漠の小国の第四王子如きが、陛下の妻である私を口説こうだなんて。思い上がりもよいところですもの」


「……っ!」


 言葉を詰まらせ絶句する王子に向けて、王妃は傲慢な態度で更なる追い討ちをかける。


「言い方が曖昧すぎたかしら。百万年早いと言ったのよ。私の愛する陛下の足元にも及ばぬ若造の分際で、この私に触れられるとでも思って? なんと不愉快だこと」


 ケラケラケラ、と。楽しそうに笑う王妃。


 恐ろしい魔物を相手にしているが如く体が動かなくなった王子は、羞恥なのか恐怖なのか分からない震えに苛まれ、床に膝を突いた。


「レリア、貴女は本当に要らないの? アシュラも喜ぶと思うけれど」


 王妃が隣の王太子妃に問い掛けると、無表情だった彼女はほんのり頰を赤らめる。


「……後でお義母様の感想を聞かせて下さいますか?」


 婚姻式を済ませて王太子妃となったばかりのレリアもまた、燃え上がる夜に興味があったのだ。













「アシュラ様、カーシム王子が乗っていたザハルーン王国の商船が沈没したと聞きました。まさか、アシュラ様が関わっていたりしませんよね?」


 レリアはその日、夫であるアストラダムの王太子、アシュラに詰め寄っていた。


 数日前に国王と王太子が不在の間を狙い、王妃と王太子妃に怪しげな商売を持ち掛けた異国の王子。


 苛烈なアシュラの母である王妃によって無様に追い返されたその王子の船が難破した。


 嫉妬深いこの夫は、レリアに近付く男には容赦がない。まさか他国の王子が乗った商船一隻を沈没させるような暴挙はしないだろうが、この男ならやりかねないと思っているレリアは鋭い目でアシュラを問い詰める。


「確かに、母上と君を口説こうとした不届き者の王子の話は聞いたし、それを聞いた後に商船を追い掛けたのは事実だ」


 悪びれることもなく堂々とそう言ったアシュラに、レリアは眉を顰めた。


「じゃあ、やっぱり……」


 しかし、アシュラは残念そうに首を横に振る。


「だが、私は不要なものを()()()()()()としただけで、私が追い付いた時既に船は海の底で王子の姿は見当たらなかった。実に口惜しい」


 ナニを切り落とすつもりだったのかは不明だが、アシュラは本当に悔しそうだった。


「では、本当にアシュラ様の仕業ではないのですね?」


 注意深く問い掛けたレリアに、アシュラは頷く。


「ああ。残念なことに、私がやったわけではない」


 アシュラがやったのであれば、得意げに自慢するはず。夫がこんなことでいちいち嘘を吐くことはないと知っているレリアは、肩の力を抜いた。


「それなら、ただの偶然でしょうか?」


「さあ? どうだろうな」


 肩をすくめたアシュラは、首を傾げ続ける妻を促して座らせる。


「そんなことより、海に出たついでに海鮮を獲ってきたんだ。君は食事が好きだから、喜ぶと思ってね」


「本当ですか!?」


 食べることが好きなレリアは声を弾ませて目を輝かせた。


 晩餐が楽しみだと鼻唄を歌う妻の愛しい横顔を見ながら、アシュラは母譲りの黒髪を束ねていた髪留めを解き、レリアに聞こえないくらいの声で小さく呟いた。










「まったく、敵わないな。……父上には」













読んで頂きありがとうございました!


お知らせです!


両親を差し置いて、なんとアシュラ様がコミカライズされました!


アシュラとレリアの短編、【どうやら私が聖女なのですが、望み通り追放されてあげようと思います。】が、一迅社様より4/28発売の「偽聖女だと言われましたが、どうやら私が本物のようですよ? アンソロジーコミック」に収録されます!


作画はあの、おだやか先生です!


詳細は活動報告に記載してますので、是非よろしくお願い致します!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 番外編まで読破しました! あの虚無な青年が!穏やかで公正な王様が! まさに狂王!!苛烈なところを簡単に国民へ見せないところも好き! [気になる点] 以前拝見していたアシュラと聖女の話を…
[良い点] 狂王、たしかに、まさしく狂っておいでですね。 その笑顔は愛狂たっぷり、その愛が国と民にも向けられていたことだけがこの物語最大の救いでしょう。 とても質の高いお話、堪能させていただきました…
[良い点] ラストに爆笑しました。 流石レイちゃん! アシュラに関して言えば、この母にしてこの子ありなのか、この父にしてこの子ありなのか、どちらか分からなくなってしまいましたね。
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