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シュリーの予言

※番外編なので多少のおふざけが入ってます






 シュリーはその日、王宮の片隅で貴族達の不満げな声を聞いた。


「隣国の王子が、とうとう婚約するらしいぞ」


「はあ……。我が国の王太子殿下にも、見習って頂きたいものだ」


「アシュラ殿下は聡明で麗しく礼儀正しく文武に優れたお方。どこに出しても恥ずかしくない我が国自慢の王太子だが、どうにも異性に対しての態度が冷たすぎる」


「先日も、王太子妃の座を狙って近付いた令嬢がそれはそれは盛大にフラれたらしい」


「もう成人だというのに、浮いた話の一つもないのは……。いつになったら殿下は妃を娶るのだろうか」


 あーだこーだと喋り続ける貴族達がいなくなったところで物陰から出て来たシュリーは、ふむ……と顎に手を当てた。








「アシュラ、何をしているの」


「母上」


 シュリーは王太子の執務室を訪れると、招待状を火に焚べようとしていた息子を見つけて声を掛けた。


「隣国のポルティアン王国から招待状が届いたのです。聖女のお披露目と王子との婚約発表を行うとか。私は忙しいので行く気はありません。ついでにあの頭の悪い馬鹿王子が嫌いなので燃やしてやろうかと」


 一切悪びれることなく毒を吐くのはいったい誰に似たのやら。


 さっぱり分からないと肩をすくめたシュリーは、息子が今にも火の中に投げ入れようとした招待状を横から奪い取った。


「ふーん? ポルティアン王国、ねぇ……?」


 何を考えたのか。ニンマリと口角を上げた母の笑みに嫌な予感しかしないアシュラは、燃え盛る火を操って母の手元を狙った。


 しかし、最強の名を恣にする母に敵うはずもなく。息子の些細な攻撃に気付いたシュリーによって、アシュラが操った火はあっという間に鎮火されてしまった。


「アシュラ・デイ・アストラダム! この母に勝てるとでも思って? 母である私におイタをした罰として、このポルティアン王国からの招待を受けなさい」


 高らかな母の宣言に、アシュラは頭を抱えた。だから嫌な予感がしたのだ。やはり早々に燃やしておくべきだった。何故こんな忙しい時に隣の小国のアホ王子の顔を見に行かなきゃいけないのか。


 不満ながらも母が言い出したら聞かない性格なのを知っているので、アシュラは諦めて招待状を受け取った。


「行くのは良いですが。……人手が足りなくて困っていることを分かっておいでですか?」


 恨めしげな息子の言葉に、シュリーは大きく頷いた。


「そうね。どこもかしこも人手不足だわ。王都は飽和状態なのにシルクも磁器も魔道具も魔晶石も、世界中から注文が殺到していますもの。新しい都市と人手が欲しいところね」


 ニンマリと笑う母に、アシュラは眉を寄せた。


「……私に何をせよと?」


「あらあら、まあまあ。察しの良い子に育って母は嬉しいわ」


 口角を上げたシュリーは、自分よりも背の高くなった息子の頭に手を伸ばしてポンポンと撫でた。屈辱のアシュラはそれでも抵抗せず母の好きにさせる。抵抗したところで押さえ付けられてより屈辱的な撫で方をされるのは経験済みなのだ。


「ポルティアン王国は、近頃不安定ね。お馬鹿な王族がお馬鹿なことばかりしているのだもの。国が滅びるのも時間の問題だと思わない?」


「ええ。そう思います」


「だったら私達が有効活用してあげましょう」


「……と、言いますと?」


 母の言わんとしていることが分かった気がして、アシュラは目を細めた。


「ポルティアンを奪って来なさい」


 気軽な母の言葉に、息子も息子で軽く頷いた。


「それが目的ですか。確かに、悪くない話です。ポルティアンの民は働く場を欲して困窮している。我が国から直ぐそこにあるポルティアンの王都は新しい商業都市に打ってつけでしょうね」


「そうね。ついでにお嫁さんでも連れて来たら良いわ」


「母上。私は婚姻は……」


 母の言葉に声を落とした息子を、シュリーは鼻で笑う。


「お前が何を考えているのかなどお見通しよ。お前の半分は私の血でできているのだから」


「……」


 やはり、この母にはバレていたのかと。アシュラは最早諦めの境地にいた。


「お前は、お前の子を宿すことになる妃が心配なのでしょう」


「…………そうです」


 どうせこのままではいられないのだと悟り、素直に認めて俯く息子に、シュリーは得意げな顔を向ける。


「莫大な魔力は時に、常人には毒ですもの。私やお前が持つような強大な魔力は特に。お前が私の腹にいる時、どれ程強い魔力を垂れ流していたことか。母体が破裂するとまで言われたのよ。普通の令嬢ではお前の子を宿すことも耐えられず死ぬでしょうね」


「分かっているのなら、その話はもう止めて下さい。どうしたって私は世継ぎを望めないでしょう。母上のような規格外な女性があちこちにいるのなら別ですが」


 達観したアシュラが溜息混じりの皮肉を言うと、シュリーは相変わらずニコニコと微笑んで息子を見上げた。


「確かに私のような美しく聡明で魔力と才能に満ち溢れた頑強な女は世界広しと言えど何処にもいないでしょう。でも、神の加護を受ける聖女ならどうかしら」


「……聖女?」


「高い神聖力を持つ聖女であれば、お前の子をその腹で育み、産み落としてくれるのではなくて?」


「それは……」


「ちょうど良いのがいるじゃない」


 シュリーは、アシュラの持つ招待状を指差した。招待状に書かれている内容が目に入ったアシュラは狼狽える。


「母上。私はいくらなんでも他人のものに手を出す趣味はありません。それも、あのポルティアンの馬鹿王子と婚姻しようなどと考えるような愚かな女は願い下げです」


 本当に嫌そうな顔をした息子へ、シュリーは首を振り胸を張った。



「この母が、特別に予言してあげましてよ。アシュラ・デイ・アストラダム。お前は必ず運命の聖女を連れ帰って来るわ」



 有り得ない予言をする母のお巫山戯に呆れながらも、アシュラは母に胸を張り返す。


「ポルティアンを奪う件については賛成ですので私にお任せ下さい。ですが、母上のその予言は外れると思いますよ」


 頑固にそう言い張ったアシュラを、シュリーはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら見遣る。


 いつもいつも、四六時中美しい微笑を浮かべる母。その穏やかな笑顔の裏にどれだけ黒いものを隠していることか。散々見てきたアシュラは眉を寄せる。父は何故、この母を可愛いと言うのか。


 もし本当に母の言う通り、自分に運命の相手がいるのなら。母とは違い、滅多に笑わないような……それでいて、たまに見せる笑顔が花のように愛らしいような、本当に嬉しい時にだけ溢れる笑顔が宝物のように輝くような、そんな人なら良いのに。


 叶うはずのない願いを人知れず胸の内で呟いたアシュラは、こうして隣国へ向かうことになった。













「まさか、シュリーの予言通りになるとは」


 アストラダム王国の国王、アシュラ王太子の父、レイモンド二世は、隣国から聖女を連れ帰って来た息子を見て苦笑を漏らした。


「私、予言には多少の心得がございますもの。外すようなヘマは致しませんわ」


 ケラケラケラ、と笑うシュリーは、これでもかと言うほど甘い顔で運命の相手を見詰める息子を指差した。


「見て下さいまし、あのアシュラの締まりのない顔。よほどあの娘が気に入ったのでしょう。あれだけ女性を遠ざけていたのが嘘のようですわ。私に反対されたらどのような反応を見せますかしら」


 面白いものを見つけた時の顔をした妻に、レイモンドがそっと手を伸ばす。


「折角アシュラが見つけて来た女性なのだ、あまり虐めるな。歓迎してやろう」


 愛する夫に優しい手付きで頭を撫でられた王妃は、悪戯心を遥か遠くに飛ばして従順に頷いた。


「陛下がそう仰るのなら、勿論そう致しますわ」


 そうして手を取り合った夫婦は、息子が連れて来た嫁候補の前に出て自己紹介をした。


 緊張した面持ちの聖女は、シュリーの挨拶を聞いて小さな悲鳴を上げた。


「えっ……! あ、申し訳ございません。まさか王妃殿下だったなんて。あまりにも若くて美しいものですから、アシュラ様の妹君かと思いました。本当に噂通り目が焼けてしまいそうです」


「……あら、まあ。」


 それを聞いたレイモンドとアシュラは、同時に天を仰いだ。アシュラの連れて来た隣国の聖女レリアが発したその言葉は、ある意味禁句なのだ。


「これはこれは……とっても可愛らしいお嬢さんだこと!」


 手を叩いたシュリーの頰が薔薇色に染まる。


 国王であるレイモンドより一つ年上の王妃は、時が止まったかのように美しく若々しい美貌を保っているので不老不死の噂を立てられる程だった。


 しかし、本人は微々たる老化を自覚しているようで、愛する夫であるレイモンドがどんなに言葉を尽くそうと、『どうせ陛下は私であれば何だってよろしいのでしょう?』と斜め上な拗ね方をする始末。


 そんな中で王妃が最も喜ぶのが、アシュラの妹であり国王夫妻の娘である王女と間違われることだった。


 初対面の相手にこれを言われると死ぬほど喜ぶシュリーは、気を良くして相手に大金を渡そうとした前科があるのだ。


 ジーニーなんかはこれで王妃の機嫌がすこぶる良くなることを知ってからは、問題を起こす度にこの技を多用して許しをもらっている。


 一瞬にして王妃様のお気に入りに昇格したアシュラの嫁候補は、こうしてアストラダム王国に大歓迎されたのだった。









隣国で何があったかはシリーズ短編をご覧下さい!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 『どうせ陛下は私であれば何だってよろしいのでしょう?』 何ちゅう拗ねかたをする女帝なんでしょうか。 シュリーとレイちゃんしかできないやりとりですね。 [気になる点] アシュラのとこに行くま…
[一言] やった〜! アシュラのお話だ〜!!!!! おや…いつのまにか娘もできてたとは!
[気になる点] 魔力常人レイちゃん+魔力測定不能シュリーから魔力桁違いアシュラくん で、魔力桁違いアシュラくん+魔力常人以上聖女ちゃん こっちも子供がやばくない?アストラダムは今後嫁探し婿探しに苦労し…
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